講義と演習@20090428
生活習慣は変わってないはずなのに突如アトピーが悪化する四月最終週。この季節特有の現象か。あまり使わなかったのでだぶついていた軟膏が一気になくなってしまう。ステロイドの副作用に苦しめられるが、まずは炎症を抑えないと生活に支障が。(この日記を読んでくれている受講生のみなさん、「せんせい、目が真っ赤ですけど、何かあったんですか」とか、いちいちきかないように。しょうがないんですよ、直らないんだし。)
2(3・4)限 政治学II ヒューイ・ロング後半。講堂のような大教室なので反応が読みにくい。ようやくテキストが入荷した模様。「友達からもらった旧版があるのですが、第三版も買わないとだめでしょうか」という問い合わせ。「こればっかりは自己責任でお願いします」と返答。
移動の途上、某ホテル一階の喫茶でコーヒーを飲みながら予習。実に快適♪
全学パンフと学部パンフの編集作業もほぼ最終段階。某先生のファイルは久しぶりに見る一太郎形式。キャッチコピーの件で某先生とメールで相談。受験生向けの文章の中で「ナントカ的思考」という言葉を説明抜きで使うべきかどうか。受験生や関係者からは「なるほど、思考の方法まで教えてくれるのか」という評価を受けるのか、それとも「いかにも大学関係者が好んで使いたがる内輪の言葉だな」と言われてしまうのか……。改組のとき、いろいろ文章をひねり出そうと関係者の作文を読みあさっていた中で、この「ナントカ的思考」とか「ナントカ的教養」という言葉を――しかも、かなり我田引水的な用法で――ずいぶんたくさん目にしたせいか、正直なところ、この「ナントカ的思考」という言葉にはあまり好い印象がない。
でも、大学関係者ならば、きっと生涯に一度は「ナントカ的思考を身につけて、立派な社会人に」みたいなことを作文しないわけにはいかない時代なんだろうなとか、あれこれ考えた末に、まあ使ってもいいのではないかと考えるに至る。(もしも「政治学的教養」とか「政治学的思考」なんてことばを一度も使わないで定年を迎えることができた政治学者がいたとすれば、それはとっても幸せなことなのではないかと思う。)。
現在、パンフで使っている学部の教育目標的な文章に「地球市民の育成」ということばが盛り込まれているのですが(というか、ぼくが盛り込んだのですが)、たとえばこれを「地球的コミュニタリアンを育成します」に変えたとしたら……どうなんでしょうね。
4限 特殊講義 ジョン・ミルの生涯、後半。ベンサムとコールリッジ。
15:50までの講義なんですが、いつも15:40頃になると、次の講義(16:00-)の受講者が入室してくるので非常に気分を害していたのですが、今度は15:50に某せんせいが「odgさん、もう入ってもいい、プリント配りたいんだよ、プリント」と入ってくる。なんだかもうどうでもよくなってきたというか、来週から自分的には講義終了時間を15:40に変更しようかと。
5限 ゼミ ヴェニスの商人。シェイクスピアの意図はともかく、後代の解釈が反映されていて、自由な共和国ヴェニスにおいても「シャイロックの悲劇」は起こりえたわけであり、更にいえば同性愛者は、ヴェニスのみならず、プラトン的な愛の世界ベルモントにおいてすら、居場所を与えられないのだというような話を。
終了後、研究室で一息ついたら、喘息の発作とアトピーの発作(全身の激しい痒み)に襲われる。あまり効かない飲み薬ももうすぐなくなりそうだし、気管支拡張剤(半年とか一年ぐらいはもつので、残量がほとんどないことを忘れること多し)も新調する必要あり。連休中は病院も休みなので要注意。忘れるなよ、俺。
「地デジカ」よりも「アナログマ」の方がかわいいと思います。


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