Thursday, September 30, 2010

ブログと twitter

やはり公私は分けた方がいいであろうというご忠告を頂いたので、とりあえず twitter の方はプライベートモードにして、比較的ちゃんと考えたことのメモは必ずブログに書こうかなと。

あと、頂いた論文とか本に対する御礼もこっちにちゃんと書こうと思っています。

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Saturday, April 24, 2010

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2010年キサラギ後半の抄録。

2010年2月15日(月)

  • 今度は「テニュアをひっぱたきたい」か……。
  • ネオリベな現状を追認して、一服の清涼剤だけを求めるという発想はぼくにはわからんです。
  • テレビはもはや、何かの知名度を上げるものではなく、既に知名度の高いものに頼るしかないということなんだろうか。まあ、面白ければいいんだけど。「名作文学をドラマ化 短編私小説で文豪を身近に」 http://j.mp/91D4bj
  • ハイジのロッテンマイヤーさんの年齢ってどのぐらいだったんだろうか。一応、30代半ばという説にはたどり着いたのだが……。
  • ひとは対処できる問題にしか、対処できない。対処できないとわかっているのなら、問題が発生しないように努力するしかない。だから、大学院への進学は絶対に勧めない。院試を受ける前に、指導教員に「まず確実に就職はない」と何度も釘を刺されたし、「就職できなくても文句を言わない」「35歳までには身の振り方を考える」という言質もとられた。大学院志望者の相談には同じように対応している。だからぼくのところに院生は来ない。たくさん院生を抱えている先生方は、大学院に進学することに伴うデメリットについて、学生にどのぐらいちゃんと説明したのだろうかとときどき思う。教員が説明しないと、学生にはわからないことだろうし。院生をとらないとその分野の学問に明日はないというひともいる。しかし、ぼくの友人は生活に追われた末に「この分野って、結局、どんなに勉強しても不幸になるだけで、何も得るものないんだよね。騙されたよ」と恨み言を遺して博士課程を去っていった。なんなんだよ学問の明日って?
  • 研究者としての充実よりも、生活の安定を求めるのなら、なぜ憲法とか民法を専攻しないんだYO!
  • わたしとしたことが、とりみだしてしまいました。乱射事件、どう考えればいいんでしょうね。
  • 乱射して他人を殺した時点で、犯人を擁護する理由は何もなくなったと思うのですが。

2010年2月16日(火)

  • 漱石が大学を辞めるに際して、知的充実を求める貪欲さゆえに、生活の安定を求める計算高さを発揮する、みたいな場面が関川&谷口『「坊ちゃん」の時代』の何巻だったかにあります。文学やるならまずはお金…と自分の収入が円単位でどうなるか、勘定で頭は一杯。共感をもって描かれた感動的な場面。
  • 季節ものを渡すからと連絡があったので日曜日は家族に会いに京都へ。京都駅ビルの最上階に連れて行かれ、空中径路を歩かされた。ぼくは高いところが苦手なのだが、これは何かのプレイなのか。ただ、伊勢丹の上に佐世保バーガーの店を発見したのは収穫だった。次の京都出張が楽しみである。
  • 白井黒子の物真似を試みる配偶者に「それはロッテンマイヤーさんだよ」と言うと、ロッテンマイヤーさんは既に年下で、リアルにいえば『女王の教室』の天海祐希だという衝撃の事実を明かされる。なんてこった、ストライクゾーンのど真ん中ではないか。これからどうやって生きていけばいいのだ。
  • (早朝のダジャレ合戦に目を奪われている。)
  • 週刊文春の対談で安めぐみ曰く「落ち込んでも、お酒飲んで焼き肉食べれば「ま、いっか」」。食べ物は偉大だ。空腹の状態で食べ物のことを考えると、よけいなことを考えないで済む。薄揚げをちょっとあぶってネギとショウガをのせたものを、ポン酢で食べたい。お金かからないし、明日の夕食は決定。
  • 本日最も重要な業務は学部広報用のDVDのチェック作業。受験生だけでなく、保護者の方々、進路指導の先生方にも好感を持ってもらえるよう、感性を調整してじっくり視聴しなければならない。よくありがちな、組織の詳細を丁寧に説明するだけのモノローグ的なDVDになることだけは避けたい。
  • ケンブリッジ版の英訳カント全集も、英独対訳にすればいいのに。シラーのカリアス書簡は定評のある英独対訳があったと思うのだけど(持っているはずなのだが、腐海のどこかに埋もれている)。
  • 実定法学の研究教育において、実務家教員と研究者教員の融合をはかるというような話が当初はあったような気がするのだけど、結果的に研究者教員の育成システムが事実上なくなって、実務家教員ばかりになりそうな予感が。できれば研究者マインドのあるひととが多い職場の方がありがたいんだけど。しかし、当事者が何を望んでいるかが一番大事かなと。以前紹介した『書斎の窓』591の佐久間修&毅の対談「今求められる教科書とは?」を再読すべきか。
  • 所属先のロゴ入りクリアファイルはダメだと指導を受ける。無地のやつと同じ値段なのに。

2010年2月17日(水)

  • 学部広報用のDVDについては、出演する学生の氏名を記載するかどうかが問題となった。一般に、広報用資料(パンフ&動画)における学生の個人情報の扱いはルーズであるような気がする。受験生へのアピールのためなのか出身校まで記載することが多い。しかしウェブで公開することを考えると……。
  • 某先生退官記念号の論文の初校done。結局デューイ学会での報告に加筆。わずか13頁の短いもの。何とか10本ぐらい集まったらしく、政治学講座からも四本(A先生、T先生、K先生、odg)提出があったとか。公募の面接官だった先生の退官記念号はこれで三回目。今のところ義理は果たせている。
  • 聖学院大の川添美央子さんから『ホッブズ 人為と自然――自由意志論争から政治思想へ』(創文社、2010)を頂きました。ありがとうございます。哲学者ホッブズの核心に迫ろうという迫力満点のご本のようです。ソレルとザルカのホッブズ研究を扱った「補論」辺りから読もうかと思ってます。
  • (とか言いながら早速「あとがき」から読んで、知識社会学的な背景をガン読みしながら、やっぱりちゃんとした思想史研究は大都市圏の有名大学の大学院でないとやれないなと愚痴っているのは秘密。)
  • 関大の安武真隆さんから『グローバル・ガバナンスの歴史と思想』 http://bit.ly/bSl9n3 を頂きました。ありがとうございます。「「人道的介入」の政治的ディレンマ」(2001)以来続けてらっしゃる思想史研究を踏まえた現代的な問題提起。国際政治思想史研究のお手本ですね。
  • (とか言いながら、やっぱり九大の政治思想史研究の層の厚さって羨ましいよなとか愚痴っているのは秘密。スキナーもポーコックも院ゼミで読んだらしいし。)
  • (ゼミに入った学部三回生ぐらいから、研究書のあとがきとか奥付を本文よりも熱心に読む習慣が付いた。田舎にいたので、思想史研究がどのような知的背景の下で成り立っているのか知りたかった。どこで誰のどのような指導を受けたのか、何を読んだのか……そして何歳でその本を書き上げたのか。)
  • 某学会の仕事が回ってきた。公募論文に応募できる雑誌が一つ減ることになるが、査読論文がないことの言い訳にもなる。実はルソー研究者とヒューム研究者を対決させる「悪魔と裏切者」セッションをやりたいと思っている。悪魔役と裏切者役を引き受けてくれるひとが見つからない可能性もあるのだが。社会有機体説の国際比較なんてのもやってみたい。誰も聴きに来ないだろうけど。あと、「蘇る王権神授説」(たぶん蘇らない……)とか「多元主義社会論の復権」(これは復権しそう……)とか。
  • 社会有機体説と進化論と観念論の交錯を解きほぐしながら、ヴィクトリア期ブリテンにおける「社会的なもの」の発生を探る……(具体的過ぎるか?)とか、日本イギリス哲学会のシンポでやって欲しい。
  • 美学・芸術学とか文学が弱いので難しいのだけど、プレ・ラファエロ派とかアーツ&クラフツのシンポも日本イギリス哲学会でやるべきだよなと思う。「芸術と社会主義の接点は社会主義リアリズムだけぢゃないんだ」とか叫ぶ奴連れてきて(誰?)。
  • まあ学会の研究大会も、ひとつぐらいは笑える企画があった方がいいと思う。
  • @KTetsuro フォロー恐縮です。ライドバック読むためにIKKI買ってました。スコペロも読んでます。共に既刊は全巻買いました。「タンデムLOVER」は…………『つぼみ』、amazonで買います。どのようなお仕事をなさるか、同世代として興味津々です。頑張って下さい。
  • 「ぼくらの」の鬼頭莫宏さんもほぼ同い年なので「のりりん」には注目している。
  • 文科系と書くか文化系と書くかは大問題。前者の対義語は理科系だが、後者のそれは体育会系。現代思想には "cultural left" という語があってしばしば「文化系左翼」と訳される。いつもこの訳語を見ると、やはり対義語は「体育会系右翼」なんだろうかと邪推してしまう。リアルすぐる。付言の必要はないと思うが、「文化系右翼」とか「体育会系左翼」も存在すると思う。

2010年2月18日(木)

  • 昨日の『相棒』、犯人の准教授(鳥居かほり――みゆきではない)が「槙子先生」と呼ばれていたが、女性教員が「ファーストネーム+先生」で呼ばれることに違和感が少ないのは何故か…。記憶の糸を辿った先に浮かび上がったのは「ヨシコ先生」であった(『ど根性ガエル』)。梅さんの声による刷り込み。
  • 昨日は林達夫のシラバスを探すだけで結構な時間を潰してしまった(著作集ではなく、関係者の回想録に出てたはず)。結局見つからなかったが、ポイントは、やる気まんまんで書かれたものなのか、それとも生半可な気持ちでの受講を拒絶するために書かれたものであったのかという一点。
  • そういえば生前に出た『林達夫著作集』と山口昌男編・解説の近代日本思想大系26は持ってなかった。読める余裕ができたら古書で探してみよう。最近出た文芸文庫版『林達夫芸術論集』は当然購入したが、高橋英夫編のつまらん選集だった。ただ、年譜とかは最新の情報に依拠しているかもしれない。
  • (めりさん @davidsbundler のひとりのりつっこみはネ申……)
  • かの小林秀雄も「めりさんののりつっこみは疾走する。笑いは追いつかない」と書いています(嘘)。
  • これはすごい。「ノート・ブック・スケッチブック・メモを晒しますの会」 http://togetter.com/li/6165
  • さて、また腐海へ。

2010年2月19日(金)

  • 誤報の可能性があるらしいので、ラム関係を削除。藤田まことの訃報はショックでした。亡父よりひとつ年上かーとか。必殺の主水にはアムロ・レイなんかよりも心にぐっとくる名台詞があったような気が。
  • @pankyokouron 高校時代(80年代前半)に読んで非常に強く記憶に残ってるものだけ列挙します。どれも名作です。山岸凉子『日出処の天子』萩尾望都『半神』竹宮惠子『イズァローン伝説』。森川久美『南京路に花吹雪』木原敏江『とりかえばや異聞』三原順『ムーン・ライティング』吉田秋生『吉祥天女』内田善美『星の時計のLiddell』川原由美子『前略・ミルクハウス』清原なつの『未来より愛をこめて』渡辺多恵子『ファミリー!』内田美奈子『百万人の数学変格活用』坂田靖子『バジル氏の優雅な生活』……ぐらいが記憶に残ってます。ただし、一作家一作に限った話。『風と木の詩』『綿の国星』『はみだしっ子』『ポーの一族』『摩利と新吾』は70年代ということになりそうなので外しました。大学に入ってから読まなくなった(供給源がなくなった)ので80年代後半はカヴァーできてません(だから岡崎京子を同時代で読んでない)。まあ正確な情報が欲しければ、当時の『ぱふ』の年間ランキングが有益ではないかと。
  • 漫画を読んでしまったことがその後のテクストの読みに影響を与えてしまうということは結構あるような気がする。萩尾望都『恐るべき子どもたち』森川久美『十二夜』聖悠紀『ハムレット』萩尾望都『ウは宇宙船のウ』は(今手元にないが)学部生のぼくに原作の深い読み方を教えてくれたような気がする。ますむらひろしの『銀河鉄道の夜』 http://bit.ly/7RM4IR 『イーハトーブ乱入記』 http://bit.ly/6PUYEU は、ますむら版『銀河鉄道』が如何に緻密な原作の読みを基にしているかが描かれている。テクストの解釈とはどういう営みかを知る上で必読だと思う。
  • 教材用の『三酔人経綸問答』と『TN君の伝記』(中江兆民伝)を丁寧に読んでたときに心動かされたのはカサハラテツロー『ライドバック』であった。〈人間の可能性の自由な探求〉が政治とどのように関わるかを描いた作品である。主人公尾形琳は、兆民と同様に、自由を求めた結果、政治に巻き込まれる。〈学園紛争期の大学での、人間の可能性についての自由な語らい〉という政治と、〈自由の探求をどうしようもなく押し潰す〉政治という二つの政治――アーレントの読者なら誰でも知っている区別――を『TN君の伝記』と『ライドバック』は見事に描いている。同時に読んでいたので当然シンクロした。『ライドバック』でときおり描かれる居酒屋での語らいは当然『三酔人経綸問答』での三人の酔っぱらいトークとオーヴァーラップした。ひょっとすると、『三酔人経綸問答』のコミカライズは可能なのかもしれないとも思った。岩波文庫版の現代語訳はとても読みやすいのだけど漫画版の「超訳」があれば…。〈自由民権期や学園紛争下での、人間の可能性についての自由な探求〉という設定は、「イコン」としての兆民や尾形琳の魅力を描き出す上で不可欠のものだと思うのだけど、アニメ版では省かれていた。諸事情もあったのだろうし、面白かったし、それなりに興奮してみていたのだけど、ちょっと残念だった。まあでも、思わぬかたちで兆民についての理解が深まったような気がする。『ライドバック』という作品を読まなかったら、分からなかったことだと思う。
  • しかし今日の業務は、自由な探求とは無縁の世界の事柄である。頑張ろう。
  • @KTetsuro マリアナ海溝よりも深く恐縮しています。適当なこと書いてすいません。
  • ううむ、『海街』第三巻、先に読まれてしまった。 http://d.hatena.ne.jp/Shigeki/20100218 ぼくはまだ買ってすらいないというのに。
  • @KTetsuro それはどうも。子供向けの伝記ですが『TN君』もお勧めです。ちょっとだけ紹介を日記に書いたことがあります。 http://j.mp/deMqt4 中江兆民は尾形光琳っぽいって……これも意味不明ですね。
  • さて今日も自由を求めて頑張ろう。
  • うわっ、『日出処の天子』の厩戸王子botに補足された。
  • ぼくも誰かの授業を聴いてちゃんと勉強したくなった。余裕ができたらオンラインで視聴できるものを聴いてみよう。

2010年2月20日(土)

  • 某くんから少女漫画の話をどこかでやらないかというお誘いが。しかし、ぼくにとって80年代前半の少女漫画とかファースト・ガンダムというのは、猥談と受験以外に話題のなかった三年間の男子校生活からの避難所だったので、何かしゃべろうとすると醜悪な実存が出てきそうな悪寒が。難しいものである。
  • 昔、いかにも団塊世代な先生に「odgくん、実定法学は実生活に豊かさを与える。政治思想史は精神生活に豊かさを与える。それでいいじゃないか」と言われたことがある。しかしぼくは、実生活と精神生活をスパッと切り分け、思想史研究が影響を及ぼすのは専ら後者だけだと言い切る発想が苦手である。団塊世代の方がときどき口にする「難しい問題であり、いろんなことを考えなければならないが、最終的には本人の決断の問題だと思う」という台詞が苦手である。本人の決断でことたりるのなら、いろんなことを考える必要はないし、難しいことは何一つないような気がする。決断ってそんなにいいものか?比較不能 incommensurable な価値の迷宮の中では決断主義(無からの決断)しかないというような話をよく目にするのだけど、なされた決断を比べてみると、よい決断とだめな決断を見分けることは難しくないような気がする。というか、本当に「無からの決断」なんてあるんだろうか。
  • 「自己責任」とか決断主義って、それを言ってる人の自分の責任感への自負というか、自己陶酔みたいなものの匂いがぷんぷんするのだけど。「お前たちがどうかは知らんけど、おれは自己責任を重んじているし、責任感のある決断を日々下しているぞ(キリッ」みたいな感じ。
  • さて今日は何に流されよう(決断放棄)。
  • @gonoi @mori_tatsuya 『鋼の錬金術師』なるテクストを読むには、コミックスを揃えて読めばいいのか、アニメの全放送分&映画版を見る必要があるのか、関連するゲームもやらないといけないのか教えて下さい。最近のサブカルというのは、作品なるものを同定するだけで一苦労です。たとえばガンダムとかウルトラマンがそうなのだけど、メディアの多元化、原作と二次創作の交錯で、作品なるものを同定して、検証可能なかたちで論じることがとても困難になってしまっているような気が。現代文化研究における史料批判の困難というか。まあ、昔からあった問題なんだけど。放送の数年後にDVDがまとまったかたちで出れば、それが事実上のクリティカル・エディションということになるのだろうか。(あるいはクリティカル・エディションという発想がもはや成り立たないのか。)漫画の研究者は原画と雑誌掲載分と単行本と文庫版と愛蔵版の異同をどう処理しているのだろう。
  • 王様のブランチで市川真人は東浩紀のことを「この人にかかると、エヴァンゲリオンでも仮面ライダーでも何でも文学になってしまう凄い人」と紹介していた。正確ではないが、巧みな説明だと思うし、そこに市川の東に対する評価も込められているのかもしれない。しかも短すぎて深読みができない。
  • @mori_tatsuya ハガレンとかブラプラって「子供向けの時間帯に全国放送されるアニメとしては……」という評価が多かったような気がするのです。漫画版だけが読まれたのであれば受容のされ方は全く変わってたと思います。バーリンも、もしも渡部昇一が率先して紹介してたら……。
  • 情けないことに、ニコニコ生放送なるものの存在をいまはじめて知る。

2010年2月21日(日)

  • 今朝のボクらの時代は、仲代達矢×十朱幸代×大空眞弓。『ジョン・ガブリエルと呼ばれた男』関係だろう。仲代は亡父と、十朱、大空は亡母とほぼ同じ年齢。話題の中心は健康(「身体が資本」)。曰く、「俳優業と家庭は両立不可能」。そして「わが人生に悔い無し」。「頑張ったね」と言ってくれと仲代。若い人たちへのメッセージを発信するというのではなく、互いに(そして同世代に)言い聞かせている感じの鼎談だった。こういう語りもあるのだな。
  • 今週のWのポイントは歌だな。ライアー・ドーパントはちょっと黄金仮面っぽかった(フィリップは小林少年?)。
  • RT @rupinasrupinas: 寺島しのぶベルリン映画祭最優秀女優賞受賞、のニュースにどんな映画なのだろうと検索してみる。…これって、江戸川乱歩の「芋虫」じゃないか…。http://www.wakamatsukoji.org/
  • まだ続く採点。マーサ・ヌスバウムを男性だと思っている答案多数。女性だと何度も説明したし、引用文献にも「彼女」とあるし、名前もマーサじゃないか……と思ったが、かつて阪神にいた大リーガーはセシルというかわいい女の子のような名前だった。名前と性別を偏見で結びつける悪癖はやめるべきだな。そういえば仮面ライダーWでラスボスを演じている寺田農の「農」は「みのり」と読むらしい。
  • 採点は終了。BGMとしての「君の知らない物語」の力は偉大である。いまから入力のために出校すべきかどうか……。
  • 成績処理終了。明日からちょっとだけ本業に集中できそう。しかし本業って何だっけ。

2010年2月22日(月)

  • なかなか切り替えがうまくいかない。採点した答案のこととかに気をとられる。ぼくの頭は目下の課題以外のことがらに向かいやすく作られている。〆切がなければ関心は野放図に走らせておくのだけど。

2010年2月23日(火)

  • 『海街diary3 陽のあたる坂道』 http://bit.ly/bTzf1P をようやく読む。漫画コーナーでは迷ったが、店員さんに「吉田秋生…」と言うと持ってきてくれた。幸(アラサー)とすず(中学生)の不思議な世代間対話。ぼくも切り通しを歩きたくなった。また宝物がひとつ増えた。幸は〈自分ではどうにもならない状況〉中で〈それでも自分で何とかなること〉(例えば緩和ケア)を探していく、すずは(おそらく自由気ままな両親の影響下で形成された)〈だいたいのことは自分でなんとかできる〉という確信を次第に失い〈自分ではどうにもならないこと〉をひとつひとつ体験していく。ひょっとすると『海街diary』というのは、再帰的近代化を踏まえた上での、吉田秋生なりのライフ・ポリティクスの試みなのかもしれない。
  • ついでに、話題作『モテキ』の一、二巻も読んだ。『海街diary3』と同じく(?)アラサーの心もようを描いた作品ということになると思うが、この違いはいったい何だって感じ。ひょっとすると、これが「個人化」ということの本質なのかもしれない。しかし、だとすると吉田秋生の試みは……。
  • BIって、「働かざる者食うべからず」原則がどうとかいう問題ではなくて、政府としては、安定した雇用と社会保障を制度として維持するよりは、直接配った方が安上がりだって話だと思ってたんですが……。つまり、〈ちゃんと働いて、給料をもらって、それで生活する〉という生き方が可能な環境を整備するのに必要な予算が結構な額になるのであれば、その予算を直接均等に配分した方が安上がりだし、効率もいいという発想。

2010年2月24日(水)

  • 昨日はメールを六通書いて、某会議に出て、論文コピーして、また会議出て、体調が悪くなったので中座して病院で診てもらって帰宅したら一日が終わってしまった。夕食にとタリーズでベジピッツァなるものを買って帰ったが、これが全く口に合わなかった。特に溶けてないピザ用チーズがぼくは全くダメ。別に安っぽいピザが嫌いというわけではない。その昔ファーストキッチンで食べたのは悪くなかった。というよりは、カフェ系の店のサンドウィッチにどうもいい思い出がない。値段の高さはこだわりの証拠だと思うが、どうしてああいう味なんだろうか。サブウェイのサンドウィッチはあんなに美味しいのに。
  • 今日の大仕事は学部広報用DVDのチェック。業者に立ち会ってもらって最終調整ということになる。納品と支払いを年度内に済まさなければならないので、いろんなことがこの時期に集中する。刊行されるはずの学内論集関連の報告会のスケジュールも決定。 http://j.mp/dfzWxJ

2010年2月25日(木)

  • 「これは酒じゃなくて、健康飲料だよねー」とか思ってしまう辺りが非常に危険。 RT @IAmemiya: レッドアイを飲むととても健康的な気分になる。
  • 昨日は某自由論題の報告書の初校を済ませ返送した。「近代国学」(しかもかなり独特のくくり方)報告、トマス・ペイン報告、ケンブリッジ・プラトン派報告の概要と質疑応答の様子を一頁でまとめたもの。隣の頁のSさんの原稿をのぞき見。各報告についての評価が記されている。そこまではやれなかった。
  • 焼酎とかウォッカをポカリスエットで割って、あまりの飲みやすさに「これは健康によさそうだ」と思い込むのもただの錯覚。バーボン・ウィスキーを何かで割って飲むのも危険。口当たりがいいのでブレーキがかからない。ジャックコークとか最悪。ちょっとのどにひっかかるぐらいの方がストップがかかるかなと、ストレートで飲むようにしていたが、舌とのどがそれに慣れてしまって、だんだんひっかからなくなりつつある。蒸留酒は突然足にくるので、自分の量を正確に把握し、自制しよう……と思う。
  • 肝臓への負担も怖いが、依存症は本当に大変である。脳が萎縮して、記憶力と判断力が低下し、抑制が効かなくなったら、完全な断酒以外に選択肢がなくなってしまう(だけど、自制が効かなくなった者には無理な相談であることが多い)。肝臓と脳の状態はときどきチェックしないといけないなと。
  • 配偶者から青春、朱夏、白秋、玄冬という言葉を教わる。青春は16~30代前半、朱夏は~50代後半、白秋は~60代後半、玄冬はそれ以降。ぼくは朱夏の真っ盛り。しかしこの時期を実り多きものにするのはなかなか大変。白秋とか玄冬はもっと大変になるだろうから、いまのうちに頑張っておこう。
  • 『スコペロ』第三巻読了。女の子たちはカプセルボールが大好きなはずだし、在原文平先生は文学が大好きなはずなんだけど、一、二巻とはちょっと違う感じが。『坊っちゃん』設定も、予想しなかった結末に。在原文平をそんなに偽悪的に描かなくても……(ep.18)というのが正直な感想。一、二巻を読んだかぎりでいえば、このひとはもっと何か持ってるひとだと思う。
  • さて、今日も人間火力発電所で頑張るぞ。 http://j.mp/8ZNIX7
  • 携帯やWebと、HootSuiteやTweeDeckでは議論のスピード感が全然違うというか、後二者でディスプレイに表示される情報量に慣れてしまうと、様々なウェブページを見る際にも妙な効率の悪さを感じてしまう。
  • @natsukifune そういえば六甲には、すてきなご主人のいる朱夏という珈琲屋がありました。
  • 配偶者から謝恩会なるイベントについて教わる。学部卒業時以来、様々な勤務先で参加する機会があったらしいが、こちらは謝恩した経験も、された経験も皆無だし、今後経験する可能性もなさそう。
  • ある文脈で「花沢さん」という名前がたくさん出てきたことがあって「どうしてサザエさんの花沢花子さんが……?」というのが長年の疑問だったのだが、『化物語』の千石撫子役の声優の花澤香菜というひとのことらしい。 http://j.mp/f2lBR
  • ウォルツァー的な逆説( http://j.mp/d4A2cE )に親しんだことのある者にとって、エマーソン的な民主的個人性論というのは、それほど理解不能なものではないと思うのだが、文学部の哲学なひとたちから突っ込まれる可能性は想定しておくべきか。
  • また同じことかと言われそうだけど、どうして中学とか高校じゃないて、大学・短大で義務化なんだYO! 「学生への「職業指導」、大学・短大に義務化へ 文科省」 http://j.mp/cQ70SB
  • 昨日のDVDのチェック、パンフのように内容ごとに章分けをきっちりやるよりは、講義風景→教員談話→ゼミ風景→学生談話→ゼミ風景→卒業生談話→…→エンディングでは関係者の談話をたたみかけるように、という感じで流れとテンポを重視した構成の方がいいみたい。あと時間は長くても20分まで。
  • 『孤独のグルメ』には孤立と区別されるべき孤独があるという話を http://j.mp/dr2I5i を根拠に展開しようと試みたと日記には書いておこう。
  • さて問題は allocative justice である。
  • 遠藤浩樹『オールラウンダー廻』を最新刊の三巻まで。ぼくのように総合格闘技のことを全く知らない者が読んでも、面白さを丁寧に伝えようとする作者の誠意がどの頁からも伝わってくる。何といっても格闘技女子の活躍が楽しい。皆、それぞれにオトコマエである。
  • モーニング2010年12号の本谷有希子「かみにえともじ」第68回は面白かった。20歳のときにそれほど違いがなかった同級生が30歳になって集まったときに感じる違和感。20代の十年間はひとりひとりを全く別の世界に連れていってしまうという話。(もちろん共通の過去は話題として共有可能。)この変化は30代以降、ますます加速しているように思う(自らの加齢と親の老いという問題は共有されるが……)。年度末の会合で久しぶりに会う予定のひとが何人かいる。変わらないのもつまらないが、変わりすぎて、会話がかみあわないのもつらい。もちろん、同じことは自分についても言えるのだが。
  • @gonoi でもそれは、〈豊穣な日常性を汲み尽くしているチーム女子の日常性〉(例:レールガン)のような、ある意味で「再魔術化」された〈日常性〉ではないのだろうか。世界の脱魔術化、被造物脱神格化の末の日常性の復権とは異なる、日常性の再魔術化、汎神論の復権ではないのかと。

2010年2月26日(金)

  • そういえば、三ノ宮、元町の近辺には餃子の専門店(本当に餃子しかない)が幾つもあった。JR六甲道の近くのかっぱ天国と宇宙軒の餃子も美味しかった。寺山修司は「京都は餃子が美味しいところ」と言ったそうだが、餃子だけでいえば神戸の方が美味しいと思う。環状線と南海本線を利用していた高校時代は三店舗、浪人時代は四店舗、大学に入ってからは六店舗ぐらいの王将を日常的に利用していたような気がする。京阪神に住んでいると大体そんなもんじゃないかと思う。
  • 昔、勝手に「王将」を名乗っていたらしき中華料理があって、どうやらクレームがついたらしく、ある日突然看板に「`」が書き足されて「中華料理 主将」に名前が変わっていた。"CAPTAIN" というルビが涙を誘った。
  • ボルヘスとか中島敦ではないが、『禁書目録』にしても、『戦う司書』にしても、図書館が再魔術化されつつあることは確かだと思う。argな某さんには怒られるかもしれないが、図書館は職員も施設もどんどん再魔術化して欲しい。
  • @gonoi 生きて行くには、再魔術化しかない、か。でも、汎神論の復活ってまさにそういう文脈だったような気が。
  • そういえばセンタンの王将アイスもよく食べた。部活帰りの中学生にとっては、ホームランバーと並んで買い食いの定番だった(確か一本三十円也)。ちょっとお金があるときには贅沢してグリコのジャイアントコーンを食べた。
  • 相方から津ぎょうざ http://j.mp/4tWRZC について教わる。しかし、揚げ餃子という段階で既にポイントは低い(揚げてしまうといろいろ誤魔化しが効く。嘘をつかないのは水餃子)。むしろ金沢で食べたホワイト餃子と、未だ訪れたことのない聖地栃木県宇都宮の餃子が気になっている。
  • 漫画家も映画監督も、小説家も詩人も、哲学者も政治学者も、ジャーナリストも歴史学者も、特に同じ時代の空気を吸っていれば、考えてることはそんなに変わらないと思うのだけど(もちろん、同じだとは思わない)、すぐに「あいつらは皆…」的な壁をつくっちゃうのはどうしてだろう。
  • まあでも、自分たちを特別視して壁をつくって、相手と距離を置くために採用された二人称が「おたく」(「ものわかりのわるい、あなたたち」)で、それが転じて「『ものわかりのわるい、あなたたち』とか言って相手に特別扱いを要求する、実に困ったあなたたち」という呼称になったことを考えると……。
  • まずは自分のことを「おたく」と呼ばずにはいられない罪悪感というか自意識過剰をなんとかしなければだめってことか。
  • やりたいことがはじめからはっきりしているひとは、目的との関連で、不要なものは視野から外すのだろう。そういうひとに、なぜ○×を無視すると尋ねても仕方がない。向いてる方向が違う人と話をするのはとても難しいし、エネルギーも要る。それに、うまくいかないことの方が多い。
  • 本になりそうにない翻訳はPDFにしてVectorで販売というモデルを誰かが確立してくれるといいのですけどね(密林と林檎だけが選択肢ではない)。販売の際にファイルのすべての頁のフッタに購入日・購入者氏名・メールアドレスが記載されるようにすればコピーが出回ることも防げるだろうし。
  • まずは『ハイネ散文著作集』とか『ムージル著作集』がどの図書館にも揃っているという状況を作らないと。特にハイネは、哲学の研究者も、文学の研究者も、歴史学の研究者も、おそらく積極的に邦訳著作集を揃えようとはしないだろうから(そしてそれはユンガーにもいえること)。
  • ハイネがどんなに面白いかは『ドイツ古典哲学の本質』 http://bit.ly/aWoKnB を読めば分かると思うんだけど、若者にとっては地味すぎるかなあ。
  • 全国の読書家の方々とか、知性と教養にあふれた地方議員とか首長の先生方が地元の公立図書館に、こうした(なかなか売れないけれど)重要な古典や全集の購入の要望を出せば、かなり事態は好転するのではないかという気もするのですが。(でも、よく売れていて、重要でなく、むしろない方がいいような著作集の類を地元の図書館に揃えさせてしまう可能性もあるので、微妙なところなんだけど。)
  • @elefanti25 うろ覚えで適当なこと書きますけど(だから後で確認して間違ってたら消します)、ベンヤミンの複製技術時代の……ってその問題についての考察ではありませんでしたっけ(アヴァンギャルドというよりはモダニズムかもしれんが……)。複製技術時代……って〈アウラは消えたけど、政治の審美化はダメよ〉って話では……なかったでしたっけ。(複製技術時代……の結論がはっきりと思いだせない愚かなわたくし。)
  • まだおぼろげなんですが、頂いた情報をもとに想い出してみると、確か「政治を芸術化しているから未来派とファシズムはダメだ」ということははっきり言いながら、じゃあ芸術を政治化するコミュニズムを礼賛しているかといえば正直ビミョーというのがぼくなりの読後感であったように思います。
  • (あの作品が、未来派批判というか、モダニズムの危うさを指摘した論文だというところまでは、たぶん間違ってなかった……と思いたい。)
  • @gonoi 坂本龍一『未来派野郎』なんてのもありましたね。
  • @reger44 邦訳で読んだ感じでは、冷静な観察という感じはしなかった記憶があります。しかし、引用して頂いた一節は冷静な観察のようにも読めますね。どうしたらいいんだろう。
  • @elefanti25 非常に示唆に富んだコメントかと存じます。果たして美的モデルネの議論と接合していいものやら……。
  • 「モダニストは好戦派か」というリサーチ・クエスチョン。好戦派というか、モダニストは自分がやってることの根拠に確信が持てず、不安を感じがちなので、国益とか歴史的使命とかを都合よくでっち上げ、しかもそれがただのでっち上げであることを忘れて、本気で信じ込んで、一切の批判を許さず、ひたすら暴走してしまうような危うさがあることは確かだと思う。だから「モダニストは再帰的ナショナリストか」の方が適切か。実は同じような観点から「理科系研究者はナショナリストか」というようなことを一度じっくりと考えてみたいなと。複製技術時代の自然科学というか、あるいは政治の自然科学化というか、自然科学の政治化というか。
  • 備忘録。ジェフリー・ハーフの『保守革命とモダニズム』に『複製技術時代』についての記述があったかどうかを(ハーフの本が見つかったら)確認しておきたい。
  • 備忘録2。ぼくがブルームズベリー一派に関心を持ったのは、彼女たちが厭戦派モダニストだから。
  • @sophia0027 そうですか。モダニズムの「保守性」みたいなものを分析してる日本語で読める本って、たぶんあれぐらいですよね。(電波と呼ばれることを覚悟で言えば、実は三島由紀夫が「新ファッシズム論」という重要なエッセイを書いているのですが。)(ただ、三島のあれはモダニズムの危うさを指摘しつつも、一応、美がニヒリズムのブレーキになるって話だったような気も。)
  • RT @rupinasrupinas: 今晩、NHK教育で「ガス人間第一号」の舞台版。…元は特撮映画の古典名作。主演は中村中。http://music.jp.msn.com/news/article.aspx?articleid=235657
  • @NijiKarainbow 一気に頭の中が餃子で一杯に。
  • ベルトルッチの1900は高校のときに見たので、これも半ば忘却の彼方なのだけど、ファシズムの草の根的なところを非常に丁寧に描いていた作品だったように記憶している(暗殺の森とときどきごっちゃになる)。もう一度ちゃんと見たいのだが、確か四時間ぐらいあったのだよな。

2010年2月27日(土)

  • Zeev Sternhell、人気あるんだねぇ。
  • @sophia0027 いえ、全然気になさらないで下さい。まあ古い映画ですからねえ。黒シャツ隊のところとか記憶に残ってます。何とかしてまた観たいと思います。
  • @elefanti25 あれが代表作というわけではないのですね。研究会で概要を聴いたことがあって、フランスのバーリンって印象を受けました。
  • @ttt_ceinture フェリーニにファシズムものがあるのですか。『8・1/2』は面白かったのですが、ほかの作品はテンポがどうにも合わなくて……。でも歳くったし、今だったらもうちょっと楽しめるかも。
  • ああどうも、おつきあい頂き、ありがとうございました。>皆様
  • @ttt_ceinture ニーチェ、ハイデガーと超越主義者(アメリカの草の根カンティアン)を繋げてしまうひとで、北米ローカルでは非常に重視されてます。ケイティブと並べて論じられることも多い。>カヴェル (ただ、カヴェルもケイティブも、アメリカの土着の何かと大陸系の思想を非常にわかりにくいかたちで類比的に論じる人たちなので……正直なところ、書いていることがどのぐらい重要なのか、わからなくなることもあります。)
  • まあ、積ん読の The Claim of Reason をちゃんと通読してからだな。
  • エマーソンについては、研究社から昔出てた『アメリカ古典文庫 17 超越主義』のイントロが短いけど有益です。充実した文献一覧付き。あと、再掲になるけど、ケイティブのエマーソン論については紹介論文を書きました。やっつけ仕事ですがよかったらどうぞ。 http://j.mp/ch8VyD (まあでもエマーソン、ソロー、ホイットマンと来れば、理論的に重要になってくるのはサンタヤナだろうなあ。)
  • さて、暗殺の森のダンスシーンでも見て、ドミニク・サンダに萌えるか。 http://www.youtube.com/watch?v=3iB5Tcq2RGs
  • 研究対象として認知度が低いなどと書いてしまったが、ソローは既に前世紀末に、エマーソンは一昨年に Cambridge Texts in the History of Political Thought の選集が刊行されているので、政治思想史の研究対象としては公認されたといってよい。また、ケイティブの影響も大きいが、Political Theory 誌がエマーソン特集を組んだことも大きい。Cambridge Texts in the History of Political Thought は個々の思想家が政治思想史研究の業界でどのような扱いを受けているかを知る上で非常に有益なシリーズである。学生用の廉価版だが、論文で参照・引用しても文句があまり出ない(当社比)。
  • @richicos いや、諸々の事情で半年ぐらい勉強しただけですから(昔から読んではいましたが)……。近代日本文学とは非常に縁の深い思想家ですよね、エマーソン。
  • (最初に岩波文庫のエマーソンのエッセイ集を買った理由が、キース・エマーソンへの関心からであったことは秘密である。いまや youtube で簡単に観れる http://www.youtube.com/watch?v=rX0vOYwHj30 が当時は……)
  • @richicos エマーソン、アメリカ人にとっては特別な存在のようですね。ぼくは Dead Poets Society でロビン・ウィリアムズ演じる文学教員がソローとかホイットマンを引用しながら nonconformity の重要性を説いているのを観て関心を持ちました。
  • 『ランボー』の原作であるデイヴィッド・マレルの小説「一人だけの軍隊」は詩人のランボーへのオマージュだったらしく、スタローンのランボーと「見つかった」「何が?」「永遠が」「太陽に溶け込む」のランボーの間にはちゃんと連関があったということになる。ギャグにしてはダメだったのだ。
  • @fujitayuh (「君の言うELPのPはひょっとしてパウエルじゃないのか?」とか「ELTと間違えてないか」とか用意されたようなボケをかましたものかどうか悩んでいる。) 決してプログレ世代ではないのですが(敢えていえばG・I・オレンジw世代)同世代にプログレ好きは多いです。ただ、ぼくは難しそうなのは苦手だったので、Yes の All Good People とか Roundabout とか聴いてました。
  • @mori_tatsuya あー、でも川原泉が介在してしまう世代なのね。
  • All Good People はライブしかないけど http://www.youtube.com/watch?v=53G-GHheeEM Roundabout" はスタジオ版があるのね。 http://www.youtube.com/watch?v=byeSPOIffVE
  • なんとか二つの二校が終了。
  • 久保ミツロウ『モテキ』二巻まで。バブル臭のしない柴門ふみって感じ。絵は明らかに柴門ふみより上手いけど。柴門ふみ的世界は苦手なので読み続けるかどうかは微妙なところ……もとい、オム先生の今後が気になるので読む可能性大。
  • @fujitayuh GIオレンジは知らない方がいいと思います。日本国産洋楽史(?)の黒歴史。
  • @ttt_ceinture 英文学者もそうなんですが、比較的自由に動くことが出来た語学系の教員がある時期までの翻訳文化を支えたということは言えるのではないかと思います。
  • @ttt_ceinture タイミング悪かったようで恐縮です。メーリングリスト時代の名残か、遅れてもレスは返すみたいな習慣があるので……。眼球譚の金子国義装丁版は持ってます。あのぐらいの装丁で丁度いいですね。あっさりした装丁の白水U『城の中のイギリス人』とか油断していると……。
  • @mori_tatsuya ぼくも『はみだしっ子』経由です。中学校のとき同級生の女の子の影響で読んでました。ほぼ同時代で読んでたせいか川原泉には複雑な想いがあります。三年ほど前の夏に思い立って白水社文庫版(全六巻)の詳細なレビューを書いてmixiに置いていることは秘密。

2010年2月28日(日)

  • 門脇俊介さんの訃報。まだ五十代半ば。いわゆる大陸系哲学の専門家でありながら、アングロサクソン系の議論にも分け隔てなく言及し、政治哲学の議論にもちゃんとつき合って下さる方だった。『現代哲学』 http://bit.ly/cuGisz は政治理論を勉強する者にとっても必読である。今日は、某大型書店にコミックバーズ四月号(お目当ては「大東京トイボックス」である)を買いに行こうと思っていたのだけど、門脇俊介さんの仮想ゼミ 「多文化主義の時代における合理性の擁護」が収録された『岩波 新・哲学講義1 ロゴス その死と再生』があれば、購入したいと考えている。この『岩波 新・哲学講義1』 http://bit.ly/dnCdDP 所収の「多文化主義の時代における合理性の擁護」はテイラー『マルチカルチュラリズム』 http://bit.ly/c6bQeV の講読の模様。門脇さんの教育能力の高さを垣間見し、受講生に嫉妬することができる。(こんなところで勉強している香具師らと競っても到底勝負にならないなという絶望感も味わうことができることは秘密。)
  • 「晩年の織田作之助はヒロポンにいかれてしまった」という教員の説明に対する女子学生の感想が「ヒロポンって、よっぽど可愛い女の子だったんですね」だったというエピソードを知る。忘却された過去。そうかヒロポン可愛いか。ヒロポンと呼ばれていたアイドルといえば……これも忘却された過去である。
  • ダブルに幾つもの寸劇が……しかもどれも的確にツボを突いてくる。ついにダブルがアクセルに乗った。これがトリプル・アクセル?第23・24話「唇にLを」は保存版だな。何か新たな始まりを予感させる名作であった。
  • 時間遅れで始まった今朝のボクらの時代は、長嶋一茂×石原良純×小泉孝太郎。わかり易すぎる設定。一茂と孝太郎は長男。次男の良純は「長男嫌い」らしい。「ちょっとこの話したいんだけど、みんな、バカ息子って言われたことどのぐらいある? おれは何千回とあるんだよ」とカラダを張ってネタを振る一茂。しかし続きはまた来週。
  • バタイユは読み次がれているが、「バタイユの過剰蕩尽理論で世の中のことは大体わかる」(大意)といっていた栗本慎一郎への言及は目にしなくなった。こういうのを大きな物語の終焉というのか(誤
  • 酒井健さんが紹介しているのはプラド美術館所蔵のゴヤの素描についてのバタイユの分析で、素描というジャンルにおけるゴヤの特徴についての説明として非常に面白いなと。他との比較ができないので何ともいえないんですが、バタイユすげえという印象を持ちました。身も蓋もない要約になりますが、バタイユによれば、明確な輪郭を与える線への信仰に支えられた古典主義美学(要するに啓蒙)の「素描」を転倒させて、専ら「速度」の表現手段へと特化し、「何ごとにも停止せず、何事をも認識しない叫び」へと昇華したのが後期のゴヤだと。前置きとして、そういうゴヤ解釈が可能になるまでの思想史(苦悩の系譜学)が、ショーペンハウアー、ニーチェ、バタイユと辿られてます。結論部には、ゴヤとラディカル・デモクラシーみたいな話があるので、バタイユとラディカル・デモクラシーっていう話もアリなのかも。

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Friday, March 26, 2010

twitter

某企画の打ち合わせで某くんから「最近ブログの更新がないようですが……」と。確かに日記は完全にツイッタが主になっている。しかし、公式サイト http://twitter.com/odg1967 の自分のつぶやき(ツイット)のログ(ついろぐ)だけを見ていても、何というか、このサーヴィスの面白さはわからないかもしれない。

この面白さを理解するには、とりあえず自分の関心で情報を得たいひと、ツィットを読みたいひとを探し、100人ぐらいフォローしてみることである。クライアントは http://hootsuite.com/ がいいと思う(使い方)。とりあえず、タイムライン(Home Feed)、自分のつぶやき(Sent Tweets)、自分のつぶやきへのコメント(Mentions)を並べる。タイムライン(Home Feed)は情報収集のため、自分のつぶやき(Sent Tweets)はメモを残すため、自分のつぶやきへのコメント(Mentions)は自分のメモにコメントした人との会話のために使う。あと、Hootsuite は検索機能も非常に優れている。(難点としては、少し前のタイムラインが流れの中に埋もれてしまうことが多く、遡ってタイムラインを確認するのに適していないことぐらいだろうか。)

タイムライン上で気になったつぶやきは「お気に入り」に入れておけばいいし、自分のどのツイットが他人の「お気に入り」に入れられたか、自分の周辺のひとがどのようなツイットを「お気に入り」に入れたか(つまり、自分の周辺で何が注目の話題か)を知ることができる ふぁぼったー)とか ツイスター)などというサーヴィスもある。

また、ツイッタ上での会話をログとしてまとめる togetter というサーヴィスもある(例1例2――詳細)。ただのチャットとか掲示板での会話のようにも見えるが、これだけ豪華な会話の相手を得られるのは、やはりツイッタ効果としか言いようがない。

ただ、以前にもまして、自分の関心の断片化が進行していることも否めない。中長期的にまとまったことを考える上で、この道具をどう使うか、もうちょっと考えなければいけないなと。

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Tuesday, March 09, 2010

Twitter LOG 20100201_0214

2010年キサラギ前半の抄録。

2010年2月1日(月)

  • Newman についてはこれ http://j.mp/a4xwK1 を書いた前後にボーナスの半分ぐらいを費やして海外の古書店から全集を購入し、さあ勉強しようと思っていた矢先に、諸々の事情で勉強時間が全くとれなくなって途中で投げ出したという嫌な思い出があります。再開したいんだけど。/ちゃんとチェックしてないんだけど、新しい決定版の全集も刊行されていたような。本棚の相当なスペースを占めているこの古い全集をなんとしよう。/Newman、教育思想史のひとで、ひょっとしたらやってくれるかなと期待してた若手がいるのだけど、どうしているのだろうか……。
  • 昨日は、ボクらの時代も龍馬伝も見逃してしまった。でもシンケンとWは観た。人間失格である。
  • 『エーコの読みと深読み』の元になったタナー講義そのものは無料公開されていて http://j.mp/9IdDso エーコの「解釈と過剰解釈」も無料で読める。『読みと深読み』に付されたコリーニの序文「有限解釈と無限解釈」がまた実に明快な整理を。
  • 来年度担当する13の科目のシラバスの入力がすべて終了。本務校も非常勤先も学外からシラバスの入力ができるようになっていて大変便利(某非常勤はメールでファイルを提出)。某大の指示書には成績評価に「出席点」を含めるなとある。他にも細かい注文が。誰のためのシラバスなのか考えさせられる。
  • 「法と道徳」の基礎文献 P.Devlin, "The Enforcement of Morals" の駒城訳が自然法研究会『年報自然法の研究』 (3)(1970) に。定番の井上茂「法律による道徳の強制」は『ジュリスト』262・263(1962.11,12)。
  • 学部一年生の英語を持たされた場合には、是非とも Ask John http://j.mp/9scpt8 を使ってやろうとか思っている(邦訳 http://j.mp/a9itUF )。たぶん回ってこないだろうけど。
  • 弘文堂の『現代倫理学事典』をぱらぱら見ているのですが、科学的管理法のテイラーは Frederick Winslow Taylor であって、Charles Taylor ではないと思うのですが……(610頁)。
  • 一応フォロー。 http://twitter.com/JHabermas/神は島宇宙化を嘆いておられる。/ハーバーマスのフォロワーがえらいことになっている。 http://twitter.com/JHabermas/followers/この機会にハーバーマスを読んでみたいというひとには、『公共性の構造転換』もいいけど、『近代―未完のプロジェクト』 http://bit.ly/bczA7T とフォルスター『反美学』 http://bit.ly/aZbdSM の両方に収録された伝説のアドルノ賞講演をお勧めします。/たぶん、ぼくぐらいの世代だと、みんな『思想』のハーバーマス特集に載ったやつをコピーして持ってるんだろうけど。/ちなみに同講演は美的モデルネの話です。ボードレール。/偽物でした。祭りの終わりも早かった……。 http://leiterreports.typepad.com/blog/2010/02/habermas-on-twitter.html/この手の情報の裏をお手軽にとろうと思ったら、チェックすべきは Leiter Reports と Arts & Letters Daily ぐらいでしょうか。情報求む。>識者/@cuttercourier アドルノ賞講演「近代――未完のプロジェクト」は美的モデルネ(「殺す近代ではなくて、活かす近代」――といったのは三島憲一さんでしたっけ?)を論じたもので、社会科学でないひとにとっても読む価値のある講演だと思います。ぼくは美学の授業で教わりました。/RT @hazuma: さきほどのリツイートが参照しているブログのさらに元ネタを探し出しました。http://jonathanstray.com/jurgen-habermas-says-hes-not-on-twitter/しかしまあ、なんというか、いつもどこかでハーバーマスが空気を支配しているような雰囲気はいまだにあるのかなと。

2010年2月2日(火)

  • .@odg1967 さんへ、あなたを象徴する4文字は「業界標準」です。http://azflash.net/az/twit4//ちょっと後悔するように作られてるってことか……。/でも、かつて「あなたの値段鑑定します」が半年ぐらい、「脳内メーカー」が三ヶ月ぐらいは話題として維持できたのに比べ、もはや偽ハーバーマスもこの種の……度チェックも話題性は一晩で消費されてしまいそうな気が。こういうのをモダニズムというのか民主的個人性というのか……。/@yshibi ツイッタ上では祝祭があっという間に終わる(飽きられる)傾向にあるし、人数多いと脱魔術化とか現実暴露も進行しやすいから話はそんな単純じゃないと思う。あと、渦中の人物がハーバーマスの偽物だったことも重要。ハーバーマスは公共圏教団の教祖。ほかの人ではああはならない。
  • 今回の一件に関しては「教祖/信者、アイドル/ファンの構造の再生産、強化」を云々するよりも、ハーバーマス降臨の知らせに東浩紀 @hazuma らが見せた反応を読み解くことの方が重要ではないかと思う。まあ、読み解いて何になるかといわれたら困るんだけど。/昨日の偽ハーバーマス騒ぎは心に傷を残したようだ。彼以上に高齢で、しかもツイッタ的な意味で話題性の高い思想家はいそうにないので、今後誰が降臨しても、あれ以上の興奮を味わうことはできそうにない。「へぇ、やってんだ」ぐらいの気持ちにしかならないと思う。

2010年2月3日(水)

  • 『わが師わが友』のこういうエピソードとか昔読んでへーとか思った記憶が。 http://j.mp/aTICJ4 RT @contractio @sumidatomohisa: 「加藤秀俊データベース」 B! http://bit.ly/c6YIVZ
  • @ttt_ceinture 一、ツイッタに理想的な公共圏の可能性を期待していたひとたちが神の降臨に狂喜乱舞した。二、フォロワーのページに大量の萌え系アイコンと2バイト文字が並んだ。これが公共圏クオリティだと喜ぶひともいた。三、関係者がハーバーマス本人に電凸して偽物だと発覚。/ただ、あの大量のフォロワーのほとんどが、ハーバーマスの降臨に狂喜乱舞した公共圏教団ではなく、たんなる野次馬であった可能性もあるのかなと。あと、仮にタイムラインに東浩紀がいなかったら、ああいうことは起こりえたのだろうかということも考えてしまいます。/結局、@JHabermas アカウントは一時消滅し、"fake Jürgen Habermas" という新しい名前で再スタートしたんですが、これは新加勢大周みたいなもの。でも、まだ結構な数のフォロワーが残ってるようです。
  • お約束。「一糸乱れぬ……」を「一糸まとわぬ……」に空目。
  • 某若手が必要以上に「駅弁大学」を繰り返し口にするので、「それ、旧帝大とか大都市圏の有名私大のひとが、地方大学をバカにする際に口にする蔑称だよ」とたしなめると、「地元の名物というか、地域の特徴をいかした大学という意味だと思ってました」と。思わず口をついて出た「名物に旨いものなし」。
  • それが何年後かわからないが、降りたいときに自分の意志で降りることを選べるような仕組みがあればいいなと思うことはしばしばある。あるいは『コントラクト・キラー』を雇うか…。この映画、ジャン=ピエール・レオの落ち着きのなさがとってもよかった。成熟なんてするもんかと(ほんの少し)思った。
  • @sophia0027 最近は『24時間の情事』とは言わんのですね。/しかし「ヒロシマモナムール」って……。/アラン・レネは熱狂的なファンらしき友人と『メロ』の評価をめぐって口論になったことがある。「なんでわざわざ舞台を映画で撮って見せるのかわからない」というぼくのひとことで彼はキレた。だが、のんでるうちに、なんとなく仲直りをした。お酒は偉大である。/ちなみに『メロ』は「メロドラマ」のメロである。DVDになったらもう一回観たい作品のひとつ。
  • @sophia0027 半亡命状態のタルコフスキーが苦心の末に撮った『ノスタルジア』 http://j.mp/afd5GC 前半は微睡み、途中から異様な盛り上がり、最後は城内に美しく雪が降るという作品だったような。イタリア絵画の知識があれば前半も眠らずに済んだかも。懐かしい。
  • 木曜非常勤の成績を簡易書留で発送。火曜非常勤は期末試験が9日で、成績の〆切が12日で、これは必着と言うことだから、市内とはいえ、11日の午前中には発送しなければならない。ちなみに本務校は22日が入力の〆切。
  • ヒロシマモナムール、マックスモナムール、トウキョウモナムール、ヤマモト…………。なんかもう「モナムール」でも「オブジョイトイ」でも勝手にしてという気になってくる。/@ttt_ceinture でも(リエゾンは仕方ないとして)別に繋げて書かなくてもと思うのはぼくだけだろうか。/まあ、いずれにしても都会が羨ましい。

2010年2月4日(木)

  • @sophia0027 主人公アンドレイのエピソード(X)、エウジュニア(ドミツィアナ・ジョルダーノ)とのエピソード(Y)、ドメニコ(エルランド・ヨセフソン)とのエピソード(Z)。XにYとZが絡む。XとかZはわかりやすい話なんだけど、問題はY。美人は「ちゃんと観ろ」っていう合図。/http://ow.ly/13tTF は紙媒体で読んだ記憶もあるのだが、正直な感想をいえば、てめえがフリードリッヒ好きなのはわかったから、ちゃんと『出産の聖母』の話しろよというところだろうか。フリードリッヒの話をされても、アンドレイがイタリアで何に遭遇したのか、さっぱりわからん。/旅のロシア詩人が、忘却された大地の母性を、『出産の聖母』とか原理主義者ドメニコの預言を通じて「再発見」して、心のふるさとへとたどり着く……というのが第一印象だったんだけど、エウジェニアとのエピソードはもうちょっと丁寧に観なきゃと何度か劇場へ。結局、まだわからないんだけど。
  • 昨日は面談が二件。ゼミの履修について。割とたくさんDVDを観るゼミなので、これまでどういう映画を観たかとたずねると、『キサラギ』が記憶に残っているという。オタク公共圏の可能性と限界を論じる上で欠かせない作品だし、実際、面白いんだけど、記憶に残したいかといえば正直微妙。
  • 『キサラギ』 http://www.kisaragi-movie.com/ については、大橋洋一さんの評も参照。 http://d.hatena.ne.jp/rento/20080112/油断は禁物で、最後のダンスシーンの後に登場する宍戸錠を見逃したりすると、『キサラギ』は台無しである。面談に来た学生はどうやら見落としたらしい(まあ、あのダンスをみるのがしんどいのはよくわかる)。しかし、つかのま顕現したかと思えたサブカル公共圏が、その脆さを露呈する場面なのでねえ。
  • 『24時間の情事』(パートカラー)という邦題には、地味な作品だし、勘違いで妄想してくれても構わないからとにかく観に来てほしいという配給側の切なる願いと時代の刻印が。「ヒロシマ」を観に来たひとと、「情事」に惹かれたひとが、同じ劇場に集い、それぞれに当惑を抱えて帰るという素敵な邦題。/問題は『メロ』が、大橋洋一のいう「演劇以上に演劇的になる映画の一例」「映画と演劇のハイブリッド」たりえているのかどうかなんだけど、もう一度観ることが果たしてあるのかどうか。
  • RT @nonstopmasashit @KenjiTsukagoshi RT @zyesuta: ケインズとハイエク まさかのラップ対決‐ニコニコ動画(9) http://ff.im/-fkL7J
  • 火曜非常勤のシラバスについて求められていた修正を完了。報告書ひとつ、申請書ひとつが終了。しかし、マルチタスクではないので、事務作業が続くと、研究脳が起動しなくなる。
  • 学部広報用DVDシナリオの件、一段落。
  • もしも、何らかのモーメントによって決定的に失われてしまった〈過去〉が記憶を通じて〈現在〉を侵犯するというのがタルコフスキーの作風だというのなら、それはたしかに『鏡』で尽くされていると言えなくもないのだけれど、晩年の伊での二作品には何らかのブレイクスルーがあったのではないかと思う。/「不完全でもいいのだよ、お前はぼくの大切な記憶なのだから」という、許し難い自己愛の世界。/『鏡』の魅力でもあるし、嫌なところでもある。
  • 「せんせい、漢字間違ってます。」「これも可能的世界ってことで、見逃してくれよ。」
  • 法科大学院に進学するかどうかは、法学検定試験二級を受験して、その結果を見てから考えてもいいのではないかというアドバイスを。/このアドバイス、甘いのか厳しいのか……。/@toitsume 法学部で法律を勉強したひとの場合です。
  • 駅からちょっと離れたところにある某大型書店に選書に行く。閉店時間が二月に入ってから20:00→19:00になったらしい。

2010年2月5日(金)

  • 「自動車が売れない」「留学生が減った」「本が売れない」は、要するに、これまで自家用車を持ち、留学し、本を買っていた階層がそれをやめたか、あるいは当該階層の人口が減少したということなのではないかと思う。
  • 「出口論」(専ら卒業後の進路との関連において大学・大学院教育のありようを問い直す発想)とのつきあいは学部改組のとき以来。学部については有意な発想だけど、大学院についてはどうかなというのがぼくなりの結論。
  • よく(わざと)混乱しているひとがいるのだけれど、特定の古典を読んだことが結果的に「社会で通用するスキル」に結びついたという個別の事例を根拠に、「古典を読めば一般的にそういうスキルが身につくはず」とは言えないし、そういう目的で古典を読むのは正確な読解の妨げにすらなると思う。/ここ数年、川崎&杉田『現代政治理論』を教科書で使っているが、今年度のアンケートで「公務員試験対策と重なる部分が多く、ためになった」という反応が結構あった。しかしだからといって「役に立つから勉強しろ」とは言えない。「ときどき公務員試験とかで役に立つこともあるらしい」がせいぜい。/この教科書を使っているのは、刺激的で面白いから。丁寧に通読してみたいと思わせる何かがあるから。実際、申し合わせたかのように、同業者の多くがこの地味な装丁の教科書を読んでいる。
  • 『岩波哲学思想事典』が見つからない。あんな大きな本までをものみ込んでしまう恐るべき腐海……。/でかい事典の類は、心の底から電子化して欲しいと願う。
  • だめな論文を丁寧に読んでコメントするのも疲れるが、よい論文を丁寧に読んでコメントするのも結構な重労働。とはいえ後者は、ひとつ終わるごとに、それなりの爽快感があるのが救い。なにか勉強したような気になる。自分自身では何も産み出していないのだけれど。/北斗神拳奥義水影心が使えたら……でも論文で使ったらただの剽窃。
  • 火曜非常勤、期末試験欠席者のための代替措置を加筆して講義資料をアップ。今年度の講義資料の作成はこれで終わりのはず。
  • イェール大学イアン・シャピロ教授公開集中セミナー@慶応大学CGCS http://ow.ly/143jH http://ow.ly/143nF シラバスはこれ http://j.mp/9NS1DX/「デモクラシー」の多様性、デモクラシーの実現と持続、他の政治的理念との競合、デモクラシーと境界線という四つのテーマを中心に、デモクラシー理論の現在をシャピロがサーヴェイ。
  • 丁寧に読んでコメントした論文の内容が頭を支配してしまって、なかなかうまく切り替えができない。早く全く別の仕事に取りかからなければならないというのに。
  • 議論すればなにか出てくるという期待を持っているひとって、それまでの人生でどういう経験をしてきたのだろうとときどき思う。
  • これもよくわからないんだけど、どうして「社会に通用するスキル」教育が中学校とか高校でなく、大学をすっとばして、あろうことか(しかも人文系の)大学院で、みたいな話になるんだろうか。
  • 珍しく軽い腰痛。冷えたか。

2010年2月6日(土)

  • めずらしく寝坊。昨日はカップ麺とハイボール缶で夜更かし。ここは21時を過ぎると外食が困難になる地。
  • 立花隆も老いたということか。
  • 「わかりません」「知りません」「お答えできません」「ノーコメントです」と答える代わりに、「その件については、みなさんと議論していきたいと考えています」と問題提起することで熟議民主主義者として尊敬されるライフハック。/それも、できれば当分結論が出ないような問題設定に務めるのが吉。「……を根本的に問い直さなければならないと思うのです」とか、「まずはみなさんが何を考えているのかひとりひとりの声に辛抱強く耳を傾けるところから始めたいと思います」とか。
  • 具体的な成果など出なくても構わないから、それについて読書したり思索した経験が、思考に皺を刻み、五年後、十年後の自分の思考に何らかの影響を及ぼすような、換言すれば、世の中に残るかどうかはともかくとして、少なくとも自分の中に何かが残るような読書とか思索に時間を費やしたいと思う。
  • ウォリンのデューイ論(政治とヴィジョン第二部第14章)を読む。通史の一章だが力が入っている。ただ引用が全集版ではなく普及版。困る。註33の研究史整理が微妙に面白い。デューイはアメリカ人のものだといわんばかり。

2010年2月7日(日)

  • @r_hashimoto こちらの言いたかったことを要約すれば〈既存の研究や教育のあり方を貶めるようなことを言うのなら、その判断の根拠ぐらいは示せ〉ということです。あなたがどこの誰かなんて、ぼくは全く関心がありません。/まあ、根拠は示してもらいましたがら、それでいいんですけども。
  • @tamaokibenkyo バーズ連載、愛読しています。じわじわくる作品です。薄くないコミックスを期待しています。頑張って下さい。
  • 昔みたタヴィアーニ兄弟の『グッドモーニング・バビロン』がまたみたくなったのだけど、品切れのDVDに結構な高値がついている。どうしたものか。そこまでしてみたいわけではないのだ。
  • 本日のボクらの時代は竹内結子×堺雅人×中村義洋。『ジェネラル・ルージュの凱旋』。どこでどう鍛えられたか。まずは空虚な自負を吹っ飛ばすところから教育は始まる、みたいな話。あと、堺雅人と中村義洋は〈大人が子供に何を求めているか〉を熟知したこどもだったとか。ぼくはそういうの無理だった。

2010年2月8日(月)

  • 週末は陸の孤島のようなところにある旅の宿で過ごした。タクシーの運転手の話では、周辺のリゾート施設らしきものは、ちょっと前にほとんどが売り払われて、現在は介護施設として利用されているらしい。/シンケンは昨日で最終回。丹波の「双」ディスクを装着した烈火大斬刀は花天狂骨 http://j.mp/cy2Xsy っぽかった。Wは怨み屋登場。英会話はなだぎの芸のためだろう。テガミバチは見逃した(放送されてない地域だった)。龍馬伝も見逃した。論文も書き終わらなかった。
  • フォロー先に萌え系のアイコンが増えていることを配偶者に指摘され、仕方なく、単身生活者にとっていかにレールガンが生活必需品であるかということを長々と説明。
  • その後、太宰治「魚服記」( http://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/1563_9723.html )の話を。入水して鮒になったスワは、一瞬「さっぱりした」後、自死を決意し滝壺へ。その解釈は男子学生と女子学生で真っ二つだったらしい。/おのれの過剰な自意識が疎ましくなって入水してはみたものの、鮒となって自意識を忘却して自然と一体化することにも我慢できず、滝壺でおのれの存在そのものを無化することを選んだのではないのかというと、相方いわく、そういう解釈は出なかったと。過剰解釈を戒めるべく、帰宅後、テクストに向かう。
  • 太宰といえば青い文学 http://j.mp/qXSRZ の人間失格 http://j.mp/9ACmjL とメロス http://j.mp/8T8u5E は未見。妄想姉妹 http://j.mp/dDoyqt の女生徒 http://j.mp/b97NqH はいまひとつだった。/ちなみに、女生徒 http://j.mp/2gW38F はちょっとだけツイッタっぽい。
  • オリヴァー・ストーンの『ニクソン』で、アンソニー・ホプキンス演じるニクソンは配偶者のことを「相棒」(バディ)と呼んでいた。「冗長」と学生には不評だったが、割と好きな作品である。/ああでも「ディンゴ」ってのもいいなあ。
  • @contractio Bernstein, The Restructuring of Social & Political Theory で interpretation を探すと、Winch が出てくるのですが、英人類学出自という可能性はないんですかね。/@contractio understanding は理性とか知性に近すぎるので訳語として使いにくかったという印象はあります。/腐海のどこかに埋もれている Bernstein, Praxis and Action: Contemporary Philosophies of Human Activity の最終章に何か出てたような記憶も。/@contractio Normative は「普遍的な規範を振り回す」、Interpretive は「現地人とか当事者の立場を内在的に理解する」みたいな意味で使われていると思います。/そういえば、ピーター・ウィンチ『倫理と行為』の新装版 http://bit.ly/dgg3GY が出ていたのであった(有名な論文 "understanding a primitive society" を収録)。古書店でもなかなか見つからなかったので、買っておかないと。

2010年2月9日(火)

  • Normative / Interpretive という区別は、Philosophical / Historical, Analytical / Historical, Critical / Sympathetic というような区別に対応しているような気が。英語圏のみの偏りか。/interpretivism の起源は、北米ではなく、英の(ヴィト→)ウィンチとかハートなんじゃないかと一応、言ってみる。言語哲学と人類学(と科学史?)が絡み合う中で発生した社会科学の動向というか。
  • 昨日は学部の選挙。執行部三名は、四つの講座のうち、比較国際法講座、現代政治学講座、公共法講座から一人ずつ。すべて現職。この三つの講座の教授で、総務委員と教務委員の経験者という慣例ができつつあるような気が。しかし学部の性質を考えれば、本来は市民法講座のひとが担うべきだと思う。
  • 社会思想史学会の選挙の投票は締め切られたが、今度は日本イギリス哲学会の選挙。投票の締め切りは三月中旬。今年からはちゃんと投票しようと思う。
  • あと、某学会報告に加筆して某先生の退職記念号用に提出。これでまたしばらくデューイからは離れることになりそう。というか、そろそろ「何と手を切るか」を真剣に考えないといけない年頃なんだよな。/とはいえ、加賀裕郎さんや生澤繁樹さんとのセッションは楽しかったし、妄想になるけれど、これに早川操さん、苫野一徳さん、井上弘貴さん、齋藤直子さん、新茂之さんを加えて共同研究とかいう話があれば、喜んで参加してしまうかもしれない。ウィリアム・ジェイムズに関心のある某くんも誘ってみたい。
  • 移動の途中でドトールでコーヒーとモンブラン。地方都市の数少ない避難所。しかし山のような採点が待っている。
  • @GenTarumi 憲法学の原意主義批判の文脈で出てくる解釈主義とはちょっと違います(無関係ではないけど)。interpretive social science の総称のつもりで使いました(そういう用法をどっかで見た)。とりあえず、つ http://j.mp/aEWnhj
  • 価格未定だけど、たぶん10万円台前半と予想。同僚の理解が得られたら、来年度の基本図書整備費で揃えよう。 http://j.mp/aEWnhj
  • 本日は実は二度寝してしまい、午前中に危機的な事態に陥った。早起き生活は体力の管理が難しい。
  • 確かにサンプロでの星浩の逆ギレにはびっくりした。「新聞の「説明責任」を問う」(江川紹子ジャーナル) http://www.egawashoko.com/c006/000316.html

2010年2月10日(水)

  • 昨日はゼミの打ち上げ。調子にのって長々と飲んでしまった。切り上げるタイミングは年長者が考えないといけないのに。/学生には藤崎竜『封神演義』を読めと言われた。あと『ONE PIECE』は現代人の基本的な教養らしい。どちらも全く知らない。しかし、数年前に嫁と言われた『ジョジョの奇妙な冒険』ですら、まだ着手してないのだ。/『ドラゴン桜』とか『エンゼルバンク』がドラマ化されていることを今更知る。話題性はあるのだろうけど、本当に話題性だけで、筋らしい筋ってなかったのではないか。筋なんてなくても、生活の知恵が学べたり、登場するキャラに萌えられたら、それで十分だと某学生。自分の感受性の古さを痛感する。[以下、この件についての談話のログ]/ああでも、学生はツイッタを知らなかった。しかし、これは微妙なところである。ツイッタは果たして若者のためのメディアなのだろうか。/というわけで、あまり気が休まらなかったのだが、香川県出身のさぬきうどん主義者も加ト吉の冷凍うどんを美味しく食べているという事実は若干の安堵感を与えるものであった。「こんなものを旨いと思っているようでは、香川のひとたちに軽蔑される」という罪悪感に悩む必要はないのだ。
  • GMail Redisigned ( http://www.lifehacker.jp/2009/05/gmail_redesigned_30.html ) を使っていると、Google Buzz が表示されないのではないかという不安。/いや、そういうわけでもないのか。
  • @GenTarumi 「未開」社会の理解という人類学問題が、incommensurable なパラダイムの理解という科学史問題と絡み合って〈異文化は、現地人の立場に立って内在的に解釈しないとわからない〉という interpretive な見方が成立…というだけの話なんですけどね。/クーンはたしかガダマーを読んでいて、影響も受けていたという話をどこかで読んだような。あと、アーペルが英語圏の interpretivism とドイツ系の解釈学を同次元で扱った論文をどこかで読んだような。/@GenTarumi 新しくはないですよ。そもそもこういう論文集が出たということは、思想史的な回顧の対象になったということだし。強いて言えば、テイラーとかマッキンタイアの政治理論の源泉がこの辺りにあるということを再確認することにはそれなりに意味があると思いますが。/@GenTarumi あと、さまざまな「再演」というか「変奏」を論じることもそれなりに重要ではないかと。人権外交論争然り、アジア的価値観論争然り、リベラル・コミュニタリアン論争然り、多文化主義論争(再分配承認論争)然り、ナショナリズム論争然り、スカーフ問題論争然り……。
  • @tamanoirorg そういうスキルの習得を意識的に拒否して、スキルなんて数量化できないとか、お説教こいてんじゃないよとか、それよりは萌えとか生活の知恵みたいな誰の目にも自明な魅力があることが大事なんだとかいう反発をくらうことがあります。なんというか仕分けされたような気分に。/@yoshiomaejima フィクションの享受(鑑賞)ということに、若い世代が妙な反発を示す傾向にあるような気がします。「教養」も嫌われてますが、「鑑賞」への嫌悪も相当なものです。背景にあるのは、おそらく旧世代の「教養」「鑑賞」に対する新世代の憎悪という世代間対立かなと。/様々な論者の知のあり方を見るときに、そのひとが上の世代(あるいは下の世代)の知とどうつきあっているかということがとても気になります。批判とか対立があるのはあたりまえのことなんだけど、過剰な憎悪とかディスコミュニケーションがあると、いろいろ憶測してしまう。/@yoshiomaejima 学生と教員との世代間対立ということではないです。おっしゃることはごもっともですし、それほど認識は異なってないと存じます。
  • 実は中学と高校の国語の授業で、文学作品についての国語教員の説明を聴きながら、「こういう説明をすることが文学作品を読むということならば、ぼくは文学作品なんて読みたくはない」と思ったことが何度かある。あのとき、ぼくは「鑑賞」を間違いなく嫌悪した。/高校卒業後、ある文学作品について、三通りの解釈を比較する機会があった。二つはどうしようもなく退屈だったが、残りの一つがたいへん魅力的だった。できればそういう読み方ができるようになりたいと思った。鑑賞という営為が退屈なのではなく、だめな鑑賞と見事な鑑賞があるだけなのだと理解した。/何かについて正しい解釈を教えようとするよりは、だめな解釈とよい解釈を比較させることの方が教育効果は高いのかもしれない。論述問題について模範解答を配布しても学生は読んでくれない。しかし、平凡な答案とできのよい答案のコピーを配布すると、なぜか熱心に読み、何かを学ぼうと努力してくれる。/実は力点は前半にあって、中高の国語教育の現場でぼくのような「鑑賞」嫌いの生徒が育ってしまう現状を嘆いてみたのだけれど……。中高の国語教育における文学嫌悪とか鑑賞嫌悪の再生産って、結構深刻な問題なのではないのでしょうか。
  • アンケートに目を通す。『グッドナイト&グッドラック』は面白かったらしく『大統領の陰謀』よりも反応がよい。しかし、ちょっと複雑な気持ちも。『グッド…』のエド・マローはマッカーシーと闘う際に、部下に公の情報だけを取材させ、番組の中でキャスターとしてコメントしたにすぎない。/同僚の秘め事などには一切関心を持たず、報道の使命を声高に語るマローとは違い、『大統領…』の二人の記者バーンスタインとウッドワードは野心たっぷりで、自分の足で取材し、怪しい情報源「ディープ・スロート」のみならず、性的魅力から同僚の色恋沙汰まで使えるものは何でも使う。/わかりやすくて、おもしろいのはたぶん『グッド……』の方なのだが、いろんな意味で勉強になるのは『大統領……』の方なのかもしれない。時間のあるときに、また悩んでみよう。
  • おそらく開講されることはないであろう三つの科目についてシラバスの作成を命じられたので、大急ぎで作成。
  • @kkazhiro 属性は様々でズレもあるとは思うのですが、「全部乗せ」なんてことが云々できるということは「誰の目にも自明」な萌えを盛り込むこともある程度可能なのかなと……。あるいは「かわいい女の子/男の子/動物……が登場すれば、筋はどうでもいい」みたいな感じでしょうか。/(知識がそれほど豊富ではないので、ものすごくずれたこと言ってるかもしれません。)/@kkazhiro 「ケータイ文化から外れた」の意味が必ずしも理解できていませんが、ツイッタをやってるひとが若者というよりは、ちょっと年齢高めのひとたちなのかなという認識はぼくも持っております。/@kkazhiro ちなみに、萌えとか自己啓発とか生活の知恵を軸とした消費がだめとか、そういうことがいいたいのではないのです。そうした消費が、教養とか鑑賞といった従来の「スキル」に対するルサンチマンのようなものと結びついている場合があるのはヘンだし、楽しい話ではないなと。/萌え属性がスキルとあいまって読みを深める場合もある。たとえば谷崎潤一郎『猫と庄造と二人のおんな』は、スキルが同じならば、猫属性を持ってる人の方が深く読めるんじゃないかと思います。いや、猫属性が読みを阻害する可能性もあるか……。しかし、よく読める可能性がないとも言いきれない。/「サブカル」をどうとるかにもよりますが、萌え萌えになりながら、しかも深く読めるというのが理想的だとぼくは考えています。/(だめだ、萌え属性とフェティシズムの違いがわからなくなってきた。)/(ひょっとすると「萌え」というのは、作品の内容についてのシリアスな考察を拒否することで可能になる特殊な感情の発露で、しかも何か性的な衝動と結びついていなければならないのかもしれません。そういう「萌え」理解でいえば、ぼくが言っていることは全くのナンセンスということになる。)/@ttt_ceinture 「萌え」の擁護の背後に〈シリアスな問い〉への不寛容があるという見立ては、「価値多元主義」擁護の背後に〈シリアスな問い〉への不寛容があるというテイラーのバーリン批判の焼き直しなんですけどね。/あと「萌え」の擁護って、ノージックのいう「経験機械」の是認でもあるような気が。
  • @tiseda Skinner が Bernstein, Restructuring の書評(NYRB, 25-10, 1978)で「お前は英語圏でのウェーバーの受容についてちゃんと勉強したのか」みたいなことを書いているのを見つけました。無料で読めないのが残念ですが。
  • @ttt_ceinture バーリンは「自由」を誰もが同意できそうな〈外的障害物の欠如〉と規定する一方で、意見の分かれる〈自由を脅かす内的障害物〉についてシリアスに語ることを禁止しています。〈わかりにくい話すんな、何が自由かなんて常識で考えれば誰でもわかるだろ〉的な不寛容。/@kkazhiro なるほど「差別化ゲーム」でよくわかりました。あまり参加したくないゲームですが。/@columbus20 一応、存じておるつもりなんですが、それがどのぐらい一般的な用法なのか確信が持てないのと、「もっと単純かつ即物的に薬物依存者の行動原理に近い」というのがわかりにくい。とりあえず〈シリアスな思索を伴わない――排除するのかどうかは不明〉ぐらいにとっておきます。/「萌えるためには、思考は不要」っていうのと、「萌えるためには、思考は禁止」ってのは違うわけですから。/@ttt_ceinture 「女性は産む機械」みたいな偏見も確実に自由を脅かすのだけど、シリアスな議論は面倒なので「価値観はひとそれぞれ」で黙認しちゃう。政治とか法の規制を緩和することだけが〈誰にとっても自明な自由〉という乱暴な理屈です。
  • @contractio 英訳はあったわけだし、既に30年代ぐらいから英語圏でウェーバーは相当読まれていた。バーンスタインはそういう下地を無視している。interpretivism はそんなに突発的に出てきたものではない。というようなことをとスキナーは書いてます/ここからは完全な妄想。公の情報によれば、スキナーはケンブリッジ使徒会のメンバーだそうですから、ケンブリッジの知識社会の深奥を知り得る立場にいたわけで、ひょっとすると使徒会の会合では早くからウェーバーが盛んに読まれ、論じられていたのではないか、だったら面白いな……などと。/まあ、もちろんスキナー自身は1940年生まれですから、30年代のことを直接知ってるはずはないのですが、使徒会には秘密集会で読み上げられた論文を秘蔵した「聖櫃」なる杉材のトランクがあるらしく、その中身をスキナーが読んだ可能性はあるかなと。/(といっても、英語圏におけるウェーバー受容について、社会学史研究の分野での手堅い「正史」が既に存在していて、その範囲でこの問題が処理できるのであれば、こういう妄想はあっという間に吹き飛んでしまうわけですが。)/(ただ、バーンスタインはきまじめなひとなので、そういう先行研究があれば、たぶんちゃんと参照していたはずではないのか。バーンスタインが参照してないということは、決定的な通説がないってことではないのかという憶測も。)
  • 萌えはフィクションに対する〈シリアスな問い〉を放棄することによって可能となる(例:ものすごく陰惨な物語の主人公の美少女に対する萌えは、物語についてのシリアスな考察を停止することで可能になる)。〈シリアスに問うな〉が萌えの前提。萌えの根底には、〈シリアスな問い〉への憎悪がある。/そういうルサンチマンに満ちた奴隷根性の「萌え」を克服し、われわれは高貴な「フェチ」にならなければならない。フェチは萌えと異なり、フィクションや人生についての〈シリアスな思考〉と両立しうる貴族的な精神のあり方だから。……というまとめになるでしょうか。/……といっても、別に『動物化する……』の用語法に従う義務もないか。「フェチ」よりも「萌え」の方がなんとなく、変態っぽくないし。/@tamanoirorg 御意。鑑賞スキルを高めてくれるような萌えもあるということは重要なことだと思います。/@tamanoirorg いや、それは彼らが「萌え」を〈シリアスな問い〉と対立するものとして捉えているからでしょう。「せっかく気持ちよく萌えてるんだから、こむずかしいこと言うな」みたいな。/@tamanoirorg あー、なるほど……。でも、非常に知的な創作と鑑賞の対象ではあるわけですよね。/@tamanoirorg ううむ、そうなんですか。喜劇と萌えというのは歴史研究の対象となる可能性がありそうですね。

2010年2月11日(木)

  • やはり社会学史のひとが参加してくれないと……。 RT 理解社会学(Verstehende Soziologie)から interpretative sociology へ http://togetter.com/li/5453
  • 道徳に過剰に固執することで価値観の奴隷一揆(貴族道徳の解体)を企てるのがニーチェのいうルサンチマンですが、萌えに過剰に固執することで価値観の奴隷一揆(教養と鑑賞の殲滅)を企てる新たなルサンチマンが発生しつつある……というような単純な話ではないですね。萌えの両義性を考えないと。
  • 昨日はお世話になりました。勝手乍ら編ませて頂きました。ご不快な点があればお知らせ下さい。 http://j.mp/bhMJ5i @tamanoirorg @yoshiomaejima @natsukifune @kkazhiro @ttt_ceinture @columbus20
  • 昨日は "Find Friends"(GMail等で過去にやりとりのあったすべてのメールアドレスからツイッタのユーザーを探し出す機能)を使ってみたら、数名から「どうやって探し出したのですか」という反応が。こちらが探し出したというよりは、隠れる努力が足りなかったということになるか。
  • バーズ3月号をやっと読む。表紙は大東京トイボックスの百田モモ。若者を輝かせるのは根拠のない自尊心と貪欲な好奇心なのだということを中年の主人公に思い知らせる長身の娘。だから、いたずらっぽく見上げる構図よりは、不敵な笑みを浮かべながら上から見下ろす構図の方がモモらしいと思う。/『大東京トイボックス』が前作『東京……』と違う最大の点は世代の問題が巧みに描き込まれているところではないかと思う。いま最も気になっている漫画のひとつ。第31話は…ネタバレ自粛。とりあえず、またフラグが立った。本当に太陽は罪作りな野郎だ。『幻影…』は△。『来世…』は…どうなるんだ?
  • 本日は午前中に火曜非常勤の採点と成績処理を終えなければならない。頑張ろう。
  • あくまでもぼくの理解で申し上げますと、コメディア・デラルテを踏まえた「萌え」駆動の装置には、たんにネガティヴな「ルサンチマン」と呼んで済ますことのできないポジティヴな何かがあるということだと思うのです。だったら、両義的と呼ぶしかない。
  • 最近、紙パックのお茶(1000ml)をよく買うのだが、必ず長めのストローがついてくる。このサイズの紙パックのお茶をストローで飲む強者がいるということか。
  • 火曜非常勤の成績処理終了。午前中に終わらなかった敗北感の余り、ついつい缶ビールに手が伸びる。
  • 「萌え」に比べると、やはり interpretivism は地味な話題なんだろうかと思いつつも、できればもうちょっと詳しい方に話をききたいなと。実をいえば合理主義論争については、マッキンタイア論の序論のつもりでレヴュー論文を書いたことがある。 http://j.mp/aMFqv5
  • 非常に保守的な共同対論者とみなされがちなマッキンタイアがウィンチにどうかみついたかということは結構重要な問題だと思って書いたのだが、学界展望でSせんせいが言及してくれた以外はほぼ完全に黙殺されてしまった。

2010年2月12日(金)

  • @contractio ちょうど、なかなか思想史で論文が書けなくなってしまっていた時期で、現代政治理論の論文ならばゼロからでも半年あれば……とか思って書いた記憶が。ただ、この話題も地味杉ですた。同業者の間では、マッキンタイアはともかく、ウィンチ誰それ?みたいな反応ばかり。/瞬間風速だけでいえば、ごく一瞬、国内で最もマッキンタイア関係のものとウィンチ関係のものをたくさん集めて読んでいたという自負はあったのですが、それは一昨日、ごく一瞬抱いた、国内の同業者の中で俺は最も萌えについて一生懸命考えているのではないかと自負したのと似たようなもの。/一応、小林正弥さんの「マッキンタイアの美徳-小共同体主義」(1999)に対する違和感の表明のつもりで書いたのだけど、現在のマッキンタイア研究で言えば、小林論文の圧勝って感じになってますね。あと「啓蒙主義的合理主義批判の二つのかたち」の土井崇弘さんは読んでくれたようです。
  • @fujitayuh 恐縮です。ご専門からいえば http://j.mp/a4xwK1 についてのコメントが頂きたいとか思うのですが、まずはこちらもお送り頂いた御論文を読ませて頂かなければならないなと(数日前に届きました。ありがとうございます)。
  • @contractio (いればの話ですが)お近くの政治学な方に「ピーター・ウィンチって知ってます?」ときいてみてくださいな。たぶん「ああ、『アダム・スミスの政治学』のひとね」ぐらいが関の山ではないかと思います。
  • (某学会で報告した際に、「この『通約不可能性』という言葉ははじめてきくけれど、odgさんの考えた訳語ですか?」という質問がガチであったということは秘密。)
  • ドゥオーキンが三人ぐらいいるということは有名ですが、ローゼンも功利主義なローゼン(フレッド)と解釈学なローゼン(スタンリー)がいますね。レオナルドもたくさんいますが、案外忘れられているのが熊。
  • @fujitayuh とりちがえというのは関心のなさのあらわれなんですが、それが何かを生み出すこともあると信じたいですね。(ぼくは某研究会で、何度も「違う」といっているのに、いまだに「小田中さん」と呼ばれている。何を期待されているのか……非常に不安ではありますが。)
  • @NijiKarainbow スカ伊良部で『アストロ球団』しか想起できなかったぼくは負け組。
  • http://ow.ly/16upz UTCPワークショップ「亡霊、語り(ナラティブ)、歴史性」。「…わたしたちと亡霊(見えない他者)との共-生を可能とする思考を紡ぎ出す」。「死者のあらわれの複数性」というアーレントの援用の仕方は正直どうかと思う。まさか物語論もアーレントのあれ?/今日も世俗主義を生きよう。コノリーのアイロニーはわからんでもないけど。
  • はてブのコメントで教えてもらいました。千野帽子「「下から目線」と「負の教養主義」」 http://j.mp/2IWiS2 http://j.mp/7IvKxj
  • 霊感商法の宣伝に使われたらどうするんだろう。
  • @sophia0027 恐縮です。アーレントの「不死」「あらわれの空間」「複数性」とどう絡むのかが気になるところです。
  • さて今日は世界平和について考えよう。苦手なんだけど。
  • @waschmaschine そこまでスキナーが好きって日本人がいるかな……。インテリ老紳士好きがひょっとしたらときめくことはあるのかもしれませんが……。 http://www.youtube.com/watch?v=-0rY78EQ2B4
  • @NijiKarainbow 二つぐらい上の世代には稀覯本を集めている研究者が結構いるのですが、同世代にはそういう層が見あたらないのです(片山杜秀さんは例外)。もう引退するから若い世代に全部やるみたいな話もあるらしいけど、寄贈される方も賃貸暮らしだときついだろうなと。
  • 京都駅近辺で22:00過ぎに飯を食う羽目になりそうな予感。ちょっと高いが酔心辺りか……。

2010年2月13日(土)

  • @NijiKarainbow 政治思想史の分野に限れば、決定版の全集にあたりなさいという指導はあると思うのですが、(決定版全集の註に出てる範囲を超えた)版ごとの異同を現物にあたって検討している余裕はないような気がします。史料批判なんて言葉を耳にすることはほとんどありませんし。/決定版の全集があるようなメジャーな思想家以外は扱わないという辺りが、いわゆる「学史」の限界なのかもしれません。政治学史だと、政治学の様々なパラダイムみたいなものへの目配りの方が、現物の史料に当たることよりも重要視されてると思います。/80年代にケンブリッジ学派の影響で(外圧かよ!)、政治思想史研究を歴史学として洗練すべきだというような話もあったのですが、この動向は後に「バブル期の戯れ事」(大意)と罵られ、「やはり政治学研究に奉仕するような思想史でないとねー」という認識が広く共有されるに至っていると思います。/といっても、ぼくがそう思っているだけですが。/(だから、政治理論研究に寄与しないであろう政治思想史研究、経済理論研究に寄与しないであろう経済思想史研究、その他、専門分野としての「○×学」に直接的に寄与しないであろう思想史研究をやっているひとを見ると、「勇気あるなー」とか思ってしまう私は花火師です。マスターカード。)/@NijiKarainbow 外野からの感想にすぎませんが、「法制史」としてのパラダイムを厳守するという流れがある一方で、上山安敏先生のような観念史的アプローチ(学際的!)を重視するひとたちもいるという印象があります。上山ゼミ出身の政治学者、法思想史家、法哲学者は面白い人が多い。/@fujitayuh 〈政治理論研究への貢献を求められる思想史〉の方が特殊なのかもしれませんし、〈法理論への貢献を求められる思想史〉という特殊な環境があったからこそ、上山学派が生まれたのかもしれません。特殊でないところなんてないですよ。むしろ自らを普遍と思ってるところの方が特殊。/(だから、研究においてはメソドロジーの統一を唱え、教育においては標準的な教科書を用いたコースワークの必要性を主張する一部の方々に、ぼくは大いなる違和感を抱いている。なんだよそれ、何て植民地主義?、みたいな。)/(しかし、処世術として〈政治理論研究に寄与する思想史研究〉で論文書いた方がいいよみたいなことは、うっとおしがられるぐらい言ってるような気もする。政治学者として認知されるかどうかはほとんど死活問題なのだとか口にすることもある。)/寝ぼけたことを書いてしまいましたが、上山安敏先生のアプローチは観念史ではなく、知識社会学というべきでした。だからなんだという気もしなくはないのですが、一応訂正。
  • つまらんことを書いてしまった。海外の古書店から古書を研究費で購入できる仕組みがあればいいなんて考えているのは、たぶんごく少数なんだよな。身近でそういうことやってる香具師、ひとりもいないもの。/@NijiKarainbow 古書でしか買えないものを探してもらうわけですから、仲介料がかかるのは仕方ないです。どこを見ればいいですか。あるいはメールで問い合わせればいいのでしょうか。/メジャーな政治思想家のテキストが古書でしか手に入らないことも多いのです。トクヴィルの『アメリカのデモクラシー』のノラ版とかそうだし、バーク著作集のオックスフォード版もそう。海外の古書店から私費で買うことはできるけれど、図書館に入れることができないのは非常に困る。/とはいえ、時期的に選書は来年度の話。/@tricycler みんなで頑張って活用しましょう。
  • @tsujifolyam まあでも、大人の知恵というか、どの分野のひとに読んでもらいたいかぐらいは考えておいた方がいいとは思います。
  • 結局昨晩の食事をガストで食べたぼくは負け組。/深夜に寄った京都駅のコンビニではランチパックの品揃えが豊富だった。京都のひとはこんなにランチパックが好きなのかとちょっと感動した。(サンドウィッチの割に賞味期間が長いから置いてるだけかもしれんが。)
  • @tiseda ご所属先は「立て替え払い」ができるのですよね。利用させて頂いたことがあります。私大には教職員用の密林アカウントがあるところもあるそうですから、もっと容易に購入することができるのかもしれません。ただ海外の古書店との仲介をどこに頼むかは案外難しい問題かもしれないなと。

2010年2月14日(日)

  • 大学に入るとすぐに文学系の読書サークルに入部した。自分の視野の狭さが嫌だったので、いろんなものが読みたかった。部員というか先輩には、作家志望のひととか文学研究に関心のあるひとももちろんいたけれど、どうしてここにいるのかわからない先輩が何人かいた(ぼく自身もそうだったのだけど)。/ひとりは戦間期ドイツ思想史おたくの某先輩。何でそんなこと?というぼくの不躾な質問に答えて曰く、「戦間期の思想家たちには、全体主義にのみ込まれていくような危うさがある一方で、今の日本だけを見ていたのではわからない、近代的な生活の様々な可能性の模索がある。それを眺めるのが楽しい」と。/「戦間期ドイツの思想家たちには、危うさを抱えながらも、近代人はもっと別の生き方を選ぶこともできるはず…と何かを模索する一生懸命さがある。実はそれ、ほとんどの文学者がやってることじゃないか?危うげでも、いろんな生活の可能性を探るという営為にぼくもつきあいたい」。なるほどと思った。/もうひとりは現代詩おたくの某先輩。現代詩ってわけわかんないですよね、あんな変な感情を文字にして何が面白いんですかという質問に答えて曰く、「感情を言葉で表現しているわけではないんだ。むしろ新しい詩や詩論で、それまでなかった感受性を作り出すというか…これは一種の調教だね」と。/「文学というのは、すでに存在している何かを言葉で表現するだけではなく、新たな表現を編み出すことで、それまで誰も知らなかった何かを現出させるものだとぼくは思う。新しい表現で、新しい現実を作り出す。そういうことを最もわかりやすいかたちでやってるのが現代詩。だから好き」。びっくりした。/(詩は感情を表現するものではなく、感受性を「調教」するものだといわれたとき、「それってちょっと変態っぽいですね」と言いそうになったことは秘密。)/最後のひとりは精神分析おたく、もとい精神科医の卵だった某先輩。精神分析って、人間の言動をやらしい無意識のせいにする露悪趣味ですよねという問いに答えて曰く、「意識というタテマエの背後に無意識というホンネを読み取る…みたいなことに関心はない。ただ、心が重層的だってことは重要だよ」と。/「複合的で重層的なひとの心の働きを探ることは、文学作品を書いたり読んだりすることがどういうことなのかを考えることに近い営みだし、うまくいけば漱石が書いた作品を、漱石以上によく理解するなんてことができるかもしれない。これは楽しいだろ」と。考えたこともなかったが、楽しそうだと思った。/失礼極まりない新入生の質問に「馬鹿は黙ってろ」と返すこともできたはずなのに、この三人はそうしないで、自分の関心を丁寧に説明してくれた。それが彼らの新入生に対する優しさとか人格的な成熟によるものか、この小さな読書サークルをできれば維持したいというささやかな欲望によるものかは不明。/うまく言えないが、自分が何を面白いと思っているかを機会を見てベタに語ることは、戦略的な意味においても必要なことではないかと思う。黙ってたらわからないし、煙たがられるのは嫌だと言いながら灯し火が消えるのを放置するのは愚かなことではないだろうか。
  • さて、切り替えて今日こそは頑張ろう。
  • @nagato_y 長門有希……ではないのですよね。いや、ときには楽しかったことも想い出さないと人間ダメになるかなと思い、長々と書いてしまいました。
  • 今日こそは頭を世界平和に集中。
  • アクセル、もはやライダーではないではないか。

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Tuesday, February 16, 2010

Twitter LOG 20091229_20100131

年末年始の抄録、20091229_20100131。ツイッタの会話的なところをどう再現したものか。

2009年12月29日(火)

  • 電子化した書籍のデータを iFunbox で iPhone に転送し、iStrage で閲覧しようとしたら「iPhone で開くには書籍が大き過ぎます」というエラーメッセージが。困った。20MBぐらいまではリサイズしたのだが、これ以上小さくはなりそうもないし……。 #iphone

2009年12月30日(水)

  • 年に一度しか使わないので、敢えてこの時期に問うしかないのですが、郵送用の住所録を依然として OKPostcard http://homepage1.nifty.com/owl/okpost.html で管理しているわたしは負け組なのだろうか……。
  • あと、気になっているのがプリンタ。モノクロ印刷可能な環境が比較的安価で維持できる某社のインクジェットを無線LAN経由で使っているのですが、モノクロのインクが製造中止になってしまったらしく、ひょっとすると来年の課題はプリンタの買い換えになるかと。日常的にはモノクロ印刷がお手軽かつ安価に維持でき、年に一度ぐらいのカラー印刷にも対応しているプリンタというのは案外見つからないというか……。
  • 昨夜から京阪神の某所におります。人外魔境の地には4日まで戻らないつもり。ウェンディーズ。カフェネスカフェでホットミロ。

2009年12月31日(木)

  • どういうわけかゴーストリバースみて銀河伝説の予習。ディケイドも予習。難しい…。
  • ディケイド&Wも銀河伝説も面白かった。後者は新シリーズ第一作って感じ。

2010年01月01日(金)

  • DCD&Wの感想。一、まあ予想していたよりは面白かったし、方向性の違いがよく分かった。二、夏美派かタックル派かと問われれば、たぶん蜂女派と答える。ただ、キバーラちょっとかっこよかったし、タックルの「電波人間」という設定にも萌え。三、「イカでビール」って……(※石橋蓮司「イカデビル」を飲み食い→スーパー死神博士を代行)。DCD見るのはじめてだったので、ライダーの数の多さに「なんだか戦隊物っぽい」というと、相方から「戦隊物のポイントは人数ではなくて役割分担。戦隊物っぽいというのなら、むしろW篇で登場した園崎家ご一行」と指導を受け、蒙を啓かれる。
  • 銀河伝説の感想。一、光の国を中心に繰り広げられるであろうゼロ、レイ、ベリアルの物語の第一話って感じ。二、ゴモラって案外可愛いのだな(通は「ゴモたん」と呼んでいるらしい)。三、母の声(長谷川理恵)のしんどさは予想通りだったが、キングの声(元首相)の脱力感は想像を絶するものだった。聖剣とか亡霊の世界とかを中心に英雄が競い合うという、Bleachとかに見られる作風(想像力?)が濃厚で、ゼロの造形についていえば、顕著な特徴は「外しても間抜けに見えないアイスラッガー」と、あまり使われなかったが、あの「ゼロ・アイスラッガー」ではないかと。そのせいか、メッセージ代わりにアイスラッガーを投げて倒れたセブンの姿には、「アイスラッガー外すとかっこわるい俺は負け組」感が漂っていた。そういう意味(?)で言えば、銀河伝説というのは、光の国における世代交代の物語なのかもしれない。年少者に仕事を丸投げする旧世代。その象徴がキング?

2010年01月02日(土)

  • 元旦は相方の実家。ゴールデンレトリバーのラブちゃんとの再会。厳寒の海岸に散歩にも行った。場を外そうとするとこちらの足の上にどかっと乗ってきて、もっと撫でろと。至福の一日。しかし二日目になると「もうおせちは十分」と宿泊先のホテルで遅い朝食にカップヌードル。コロチャーまずい。人工肉食べたい。傍らにはコンビニで買った虎のぬいぐるみ。外食したいが、店は開いているのだろうか……。

2010年01月03日(日)

  • 源さん観た。よかった。
  • 今年の年賀状雑感。一、干支にちなんで猫画像多数。二、中学時代の級友の死を知らされる。賀状の趣旨ではないが、近況報告が多いのはむしろありがたい。三、昔の友人から再婚のお知らせ。ずいぶん若い奥様とご一緒の写真。ちょっと二時間ドラマっぽい(?)。わずか一枚の葉書が実に多弁に。
  • 初詣。今年は生田神社。

2010年01月04日(月)

  • おみくじによれば健康には悩まされるということなので気をつけよう……とか言いながら、近くのパブが開いていたのフィッシュ&チップスとビール。宿でグッドナイト&グッドラック http://bit.ly/5A6YUs を観て、贔屓のスペイン料理屋とバー。今年の正月はこれでおしまい。
  • 『グッドナイト&グッドラック』 http://bit.ly/5A6YUs は、マッカーシズムと闘った伝説のアンカーマン、エド・マローを描いたもの。冒頭で「ひらめきと学びを与えた」と賞賛されるマロー。数値化や可視化が難しい業績に評価を与える言葉。こういう言葉をたくさん持ちたい。
  • 「ポストモダン」なるものの正体が、「大きな物語」の崩壊などではなく、「大きな物語」なるものを自ら同定し、それを否定することでしか自らを支えることができないマッチポンプ的なルサンチマンの発生だったとしたら……。

2010年01月05日(火)

  • 出羽守、より正確には「では」の神。あらゆることがらについて、すぐにアメリカ「では」とかヨーロッパ「では」とか彼の地のことを持ち出して「だから日本は遅れてる」とか言い出すひとのこと。外国(それも日本より「先進的」な欧米諸国)の言語と文化についての知識こそが教養の本質、みたいな。/しかしまあ、人文社会系の研究の「質」の目安のひとつとして出羽守的なものが根強いことは否定できない。デモクラシー論にせよ、フェミニズム論にせよ、日本の現状についての分析に終始し、欧米の理論と現状についての一次資料に即した分析が欠けていれば、学問的には不十分と見なされる可能性大。/だから出羽守は他人の論文を見るとき、まず註と文献一覧に目を通す。どのぐらい欧米の理論と現状について勉強した上で書かれたものかを値踏みするためだ。そして、多くの研究者はそのことをよく知っているので、註と文献一覧にはできるかぎりの装飾を施す。日本語しか読めないのかと言われないために。/だから、出羽守ばかりが揃っているはずの有名大学の大学院の修士論文や博士論文に、註と文献一覧が日本語ばかりのものがあったりすると、ついつい、いろんなことを勘ぐってしまう。/ただ、出羽守的発想は相対的には健全だとぼくは考えてます。自分の考えていることを母語圏以外の知によって相対化することは悪いことではない。それと、学問っていうのは、基本的に権威主義の世界です。権威主義を全否定したら成り立たない世界だし。それはつまり、無自覚・無批判に自文化を権威主義的に奉じてしまうことを、出羽守的な権威主義によって中和するということでもあるのですが。(∵〈あらゆる権威主義を否定する〉といいながら実は自分の直観・直感だけは疑わない〈俺様権威主義〉という愚行を回避する戦略)/自分の思考とか読みを突き放して冷静に眺める上で(まあ、それが学問と宗教の「間一髪の境界線」ですよね)、出羽守的な発想って大事だっていう程度のことなんですが。自分の思考とか読みを突き放して見る方法って他にあります?/「中和」というのは、自分の思考とか読みとか(価値観でもいいですが)を突き放して冷静に眺めるということです。それが要らないというのなら、学問は宗教と変わらない。学問は宗教でもいいというのなら、ぼくにはついて行けないとしか言えない。
  • 久しぶりの怪我の功名。オレンジジュースをコーラで割ると美味い。
  • 人文系という勝ち負けのはっきりしない領域で勝ち負けに固執する理由があるとすれば、よほど特定の誰かに「負け組」レッテルを貼りたいか、あるいは自分に「勝ち組」のレッテルを貼りたいかのどちらか。勝ち負けにとらわれることなく何かを面白いと思える感受性を損なう、卑しいルサンチマンの輩。そういえば、昔酒席でボコボコに論駁された友人が(ひどい飲み会だ……orz)「ぼくが正しいことは、いずれ歴史が証明するはずだ」という捨て台詞を残したことを想い出す。しかし、特定の思想の勝利を歴史が証明するって……ある思想が勝利し、ある思想が敗北するって……ひょっとして……部数とか?

2010年01月06日(水)

  • 昨日から開幕。火曜非常勤第12回はパトリオティズム論争。ネタ本は http://bit.ly/7yxYRT 。ハックニー(国民的対話)、セネット(差異の政治)、ローティ(非愛国的サヨクは負け組)、ヌスバウム(地球に優しいコスモポリタニズム)、テイラー(開かれたパトリオティズム)。/この論争におけるヌスバウムの発言は教育論として非常に興味深い。ちなみにヌスバウムの教育論については幸い、日本語による紹介を読むことができる。 http://j.mp/5xgoBC http://j.mp/7QBdxb
  • http://ow.ly/T73X 専攻分野反転の法則。これでいくと、政治学者は政治家として……。
  • ううむ、身近なところでA型。職場のマニュアルによれば「一週間の間、体温測定など健康観察」が必要。本日午後の会議を休んでよいという話ではないのだな。

2010年01月07日(木)

  • 昨年末の人事評価の研究業績欄の注意事項を見ると「学会報告」の「学会」について「日本の学会については、基本的に、日本学術会議によって承認された「協力学術研究団体」に限る」という記述がある。つまり「協力学術研究団体」以外での研究報告は「研究業績」としてカウントされないということか。こういうものを見ていると、学会報告をするにせよ、論文を投稿するにせよ、「研究業績」として公の評価をもらうためには、「協力学術研究団体」を選んだ方がいいんだろうなと思う。
  • 某さんから頂いた原稿を拝読。明快。このひとは書きながら自分の文章に溺れるということはないのだろうなとちょっと羨ましくなる。ぼくはといえば、一行書けば足下が揺らぎ、溺れ、ほぼ確実に遭難する。
  • 本日の三・四限もパトリオティズム論争の話だったのだが、せっかくなのでローティの『アメリカ 未完のプロジェクト』 http://bit.ly/6Q1h7V を読んで行った。これ読んでまだローティ偉いとか思う香具師がどのぐらいいるのだろうか。/ローティは自分がアイロニストだという。「わかっちゃいるけど、黙ってじっと我慢する俺って大人」という程度の意味だ。ほんと、嫌な奴。
  • それでもローティを軸にすると現代の政治思想家のマッピングは非常にやりやすい。そういう意味では、ぼくは明らかにローティ依存症なのだろう。
  • 相方に「2009年の収穫」みたいなことを書かなかったと指摘される。脊髄反射的に言えば、去年のマイベストは『とろ鉄』 http://bit.ly/7nIra9 http://bit.ly/4Z7XDH http://bit.ly/7sYPOs

2010年01月08日(金)

  • 「あなたはA説とB説のどっちが正しいと考えるか、理由を付して答えなさい」という問題を出すと、必ず「…説にわたしは共感した」という答案が多数。「…が正しいと私は考える」と同義で使っているらしい。勝手に共感してろと言いたくなるが、この「共感した」を流行らせたのは誰なんだろう。/ぼくの感覚では「共感」というのは「あ、その気持ちぼくもわかります」「あ、同じようなことを感じてました」というような意味。更に言えば「まあそんなに深くは考えてないけど、気持ちだけは分かる」という安易さも感じられる。「共感」はするけど、「正しいとは思わない」ということもありうる。/だから「仲里依紗ってかわいいよね」「あ、共感します。『純喫茶磯辺』 http://bit.ly/74xMN7 よかったですよね」「美人だよね」「まあぼくは妹にいると楽しいかなって程度ですけど」「おまえに里依紗タンの何がわかるってんだ ヽ(`Д´)ノ !」という対話はありうる。/なんとも無責任な「共感」だが、しかし「共感してるだけだから、それ以上の説明は求めないでくれ」という逃げの余地を常に残しているところは、ひょっとすると巧妙なのかもしれない。「プロレタリアートに共感はするけど、ぼくは社会主義者じゃない」等々。よく考えてみるとずいぶん便利な言葉だ。/「共感」に近い表現に「感じ入る」というのもある。昔、ある研究会で、某老先生のご報告に対し、某さんが「いまのお話、拝聴していて、深く感じ入りました」とコメントしていた。賛否を超えた深いところで応答してるって感じの、なんとも味わい深い表現。是非ともどこかで使ってみたい。
  • 熱で頭がぼーっとなっているせいか、まどろみながら観た映画のことを想い出す(まどろみながら観るのと、観ながらまどろむのは微妙に違う)。アラン・タネール『白い町で』とかダニエル・シュミット『デ・ジャ・ヴュ』は心地よいまどろみであった。なんでDVD出てないんだろ。

2010年01月09日(土)

  • 処方された風邪薬を飲んでひたすら寝る。熱は変わらない。眠りが浅いのか不条理な夢ばかり。/薬の影響は大体五時間らしい。夢の中で敵の攻撃を受け、窮地に追い込まれた末に「仕方がない、行け、イノケンティウス」とか言い出すあたくし。なんでインデックスなんだよ。
  • 元気なときは押しが強すぎるぐらいなのに、気が弱くなると猛スピードで撤退という感じの論文を読む(こういうのはツンデレとはいわない)。ひとは年齢と共に撤退能力を向上する必要があるので勉強になる。/そういえば、逃走を論じた思想書はあるが、撤退ということを正面から論じたものはあまりないような気が。思いつくのはギドーせんせいの『人生を「半分」降りる』ぐらい。戦国物にはよく後駆(しんがり)の美学みたいなものが出てくるし、撤退については、もっと前向きに論じられていいような気がする。

2010年01月10日(日)

  • 本日の『ボクらの時代』は中村獅童×市川亀治郎×中村七之助。梨園の話。市川亀治郎曰く、「タイタニックに喩えると(?)、沈むと分かっていても逃げるわけにはいかないのが梨園」。諦念なのか自負なのか……人前で堂々と「わかっちゃいるけどやめられない」といえるのは相当な自負があるからだろう。/若手が競い合う「新春浅草歌舞伎」の十年。十年前に喫茶店で打ち合わせをしたことが、何でも自由に議論できる今の三人の関係の基礎となっている。偉くなってしまうと、そういう関係は絶対につくれない、と亀治郎。早い段階での気軽な同世代交流の重要性。
  • 某企画書に「国際政治哲学と国内政治哲学の対話」と書いたら「国内政治哲学?」という突っ込みが。まあ確かに従来の政治哲学が意識的に「国内」に議論を限定してきたわけではないよなと思い「政治哲学と国際政治哲学の対話」に修正。「旧日本プロレス」が存在しないのと同じ理屈か。/国際政治学者との比較において「国内政治学」と呼ばれることを多くの政治学者は嫌うだろう。「国内」という形容詞に対する嫌悪ということでいえば、たぶん経済学や社会学も同様だと思う。みんな、ナショナルな境界線によって囲い込まれたくないのだ。

2010年01月11日(月)

  • 微熱と咳は残っているのだが、風邪薬は今朝で止めにしよう。できることならば、ほとんどなにもできないまま連休を終えてしまうことの心理的ダメージは回避したい。
  • 『龍馬伝』をなんとか観る。福山雅治がいい男すぎるのが気に入らないが、まあそういう話なんだから仕方ない。香川照之の顔芸が素晴らしい。『坂の上の雲』の正岡子規もよかった。このひとが出るなら観ようかという気持ちになってしまう。武田鉄矢の勝海舟に不安を感じているが、もう少し観ようと思う。
  • いろいろ調べているうちに、リップマンの『世論』で描かれているアメリカの新聞に比べると、日本の新聞の広告依存度はそれほど高くないということに今頃。ということは、やはりあの定期購読制度が日本の新聞を支えているのだな。

2010年01月12日(火)

  • 風邪薬をやめたらちゃんと早起きできるようになった。ひょっとしたら、あまりに不自然な姿勢で寝落ちしたために身体が痛くなって早々に目が覚めたのかもしれないが……。/風邪で頭が働かなかった連休は、インデックスの未消化分を観ることに費やされた。面白かった。なんだか年寄りっぽい感想になってしまうが、実にいい話だった。「幻想殺し(イマジンブレイカー)」は、再帰的近代化の両義性を考える上で非常に有益な表象だと思う。
  • 福沢諭吉は「福沢」でいいのだが、中江兆民を「中江」ではなく「兆民」と呼ぶのは「兆民」が号(雅名)だから(本名は中江篤介)。呼称に名字ではなく号を使うという慣例を、学術論文の中でどこまで遵守すべきなのだろうか。
  • エリック・ロメールが亡くなったらしい。80年第の終わりに大阪の北浜三越劇場で『緑の光線』をただひとりぼーっと観ていた孤独をなんとなく想い出す。なんとも貴重な時間であった。合掌。
  • 小野紀明『ハイデガーの政治哲学』 http://bit.ly/8NsQ1q 刊行された模様。そんなにたくさん刷ってなさそうなので、早めに購入しないと。

2010年01月13日(水)

  • 昨日の講義は公共圏。文芸的公共性は政治的公共性に発展することもあれば、操作的公共性へと堕落することもある両義的な空間。サブカルチャーが対抗文化と低俗文化という両義性を背負っているのと同じ。設問は「現代日本の文化的公共圏は、人びとを市民にするのか、動物化するのか、私見を述べよ」。今年度の受講生の反応の特徴は、公共圏のイメージの多様さ。部活とかサークルでのおしゃべりや、2ちゃんねるなどの匿名掲示板のほかに、ニコニコ動画とかオンラインのゲームを挙げる学生も。非常に興味深いが、残念ながら、ぼくはゲームを知らないし、ニコ動もちょっと苦手。勉強しなきゃだめだな。つかみということも考えて、問題の大筋としては「電車男は市民になれたのか、それとも動物化しただけなのか」的な訊き方をしたので、議論は掲示板に集中。しかし、電車男もすっかり過去の話。メーリングリストとか Twitter を挙げる学生は皆無。あと、発言小町とかを挙げる学生もいなかった。/それとゼミでは『12夜』の前半を観た。何度観ても『12夜』はいい。この面白さが分かるようになることがぼくのゼミの一年間の目的だったのだと言えば過言になるが。
  • 小野紀明先生から『ハイデガーの政治哲学』 http://bit.ly/8NsQ1q を頂いておりました。ありがとうございます。小野先生のおっしゃる「政治哲学」とは真逆の方向に歩みつつあるぼくが先生から学んだのは、ひょっとするとこの奇妙な距離感だけなのかもしれません、などと。
  • 欧での公共圏をめぐる史実についてはハーバーマス『公共圏』と『岩波講座世界歴史16 主権国家と啓蒙 16-18世紀』所収の高橋順一論文を見てもらうとして、昨年夏に完結した岩波文庫版『明六雑誌』とか読むと、日本にも公共圏は早くから存在したわけで。/文壇史もいいんだけど、もうちょっと外向きの話というか、たとえば日本における文芸的公共性とか操作的公共性について日本文学研究者とかどう思ってるんだろうかという疑問はいつも抱いているわけでありますが。サブカル公共圏の話をしたい人の方が多いってのはわかるんだけど。まあ「総動員体制」は操作的公共性の話か。/昔、この本の研究会で文学のひとと総動員体制の議論になりかけたんだけど、うまくかみ合いませんでした。売れてない本特集その二。『日本文化の連続性と非連続性 1920年‐1970年』 http://bit.ly/91mcPW
  • まあそんなことで現実の人間関係とか権力関係から自由になれるわけではないのだけれど、ハンドルで回っているツイッタ世界では "odg1967" か "odg" で呼び捨てか、「さん」「くん」「ちゃん」「どん」「氏」「星人」を付けて呼んで欲しい。あと「ミスター」も悪くない。

2010年01月14日(木)

  • 宇野常寛の書くものが苦手なのは、旧世代(しかもほぼ直近の)に対する必要以上の敵意を感じるから。共感を覚えるひとは少なくないのだろうけど、ぼくは読んでいて正直しんどい。 RT @nzm: あずまん「宇野は、1995年以前の価値観をひきずってるやつは死んだほうがいいと言っただろ」/木皿泉はとっても好きだし、面白いこと書くなあと思うこともある。だけど相対的な関係を示す「古い」という形容詞にあそこまで強い意味を込められるととてもしんどい。誰かに「古い」と言われてしまうことのつらさを、このひとはわかっているのだろうかとも思う。
  • 日本文学研究を、その基底にあるヴァナキュラーな〈日本的なもの〉の理解に向かわせるのではなく、普遍的な人間の営為としての文学――その存在を否定することは研究の放棄を意味する――についての深い理解に繋げていくには、比較とか、文脈に依存しないメソドロジーが不可欠だと思うんだけど。

2010年01月15日(金)

  • 昨日のゼミで困ったのは、いろいろ努力しているのにまとまった文章が書けない学生に、まとまった文章の書き方をどう教えるかという問題であった。重要な人物の名前とかキーワードとか気の利いたフレーズみたいなことは断片的に出てくるのだが、なにが言いたいのか全然見えてこない。/ぼくの悪い癖なのだが、学生が重要な人物の名前とかキーワードとか気の利いたフレーズを断片的に口にすると「おお、君は勉強してるねえ」とかついつい褒めてしまう。だが、そういう断片だけに着目しながらいろんなものを読み、断片ばかりを口にするような学生がいた場合、どう指導したものだろうか。/あまりに話がまとまらないので、「いまおっしゃったことは、課題図書に収録されたあの論文に出てたことだと思うけれど、あの論文は何についてどんな結論を述べたものでしたか。あの論文のポイントは何ですか。そのアプローチの特徴はどういうものでしたか」と尋ねると「面白い論文でした」とだけ…。/こういう話はとても説明が難しいのだが、危険を承知でいえば、要するにまとまった文章を読んだり書いたりするということがどういうことかについての理解がないのだ。先行する過去の議論を整理した上で問題を提示し、資料の解読によって、何らかの知見を示すというような話の流れを認知する以前の段階。/反省点としては、「Xについて、いろんなものを読んでレポートを書いてきなさい」というような課題をあまりにも無自覚に出してしまったことだろう。そもそも読むとか書くということの基本をどこかで教えないといけないのかもしれない。しかし、読むとか書くということの基本とは何なのだろうか。/そういえば……と一年生向けの「基礎演習」を担当したときのことを想い出す。センター試験の高得点がご自慢の優等生たちに、たとえば新書のひとつの章を2000字程度に要約させ、皆の前で自分の要約文を音読させ、相互に相対評価を試みさせる。イタい想いをする者もいるが、それが現時点の「学力」。/そういえば、教員生活が長いせいか、そもそも要約の仕方がわからないという学生の指導に悩まされたこともあった。とりあえず、すべての段落に番号を振り、段落の内容を要約する見出しをつける(その際、各段落がどういう構造で書かれているかよく考えて読む)ところから始めてもらうことにしている。/経験的にいって、この見出しを付ける訓練はとても重要である。しばしば、プロの研究者の書いた物でも、タイトルとか見出しとかがひどいものがあるが。どういうわけか、真面目なひとほど論文のタイトルとサブタイトルが長くなる傾向にあるが、そんなとこで全部言おうとすんのやめいとか言いたくなる。/丁寧に書かれた論文を適当な字数(A4一枚、1600字とか)で要約させるというような基本的な作業を最初の段階でちゃんとやらせるべきであったと今更ながら。同じような失敗ばかりだ。試しにお近くの院生に「最近読んだ一番重要な論文を1600字で要約してこい」とか課してみるとこの気持ちが…。/そういえば、読み書き以外に、聴くための練習というのも課したことが。毎回の三人ぐらい担当者を決め、ゼミの議事録を作らせるのだ。誰と誰がこういう問題についてこういう資料をもとにこういう報告を行ったけど、討論ではこんな感じになったというようなことをこれも1600字で。これは再開しよう。/……と思ったけど、よく考えると、負担が大きすぎるという苦情が出てやめたんだよな。/「要約力」とか「議事録作成力」みたいなものがあるとは思わないが、要約とか議事録の作成をやらせれば、そのひとの基礎学力はわかるような気がする。わかってしまうと絶望してしまう可能性もあるのだが、絶望するなら早い方がいいという気もする。

2010年01月16日(土)

  • 東浩紀+平野啓一郎対談「情報革命期の純文学」( http://j.mp/4pmk5w )。東の「世の中を動かす」「社会に影響を及ぼす」と平野の「好きで書いてる」が対照的な印象を。「映像文化へのアクセス」への渇望らしき発言。数年以内に漫画かアニメかゲームに進出か?/東:「小説は時代を越えて共感することが可能。小説家はテクストだけで読者を感心させようとする。」しかし「思想や批評は、そのテクストの外のコンテクスト全部込み込みで作品」。「言い替えれば、批評というのは、自分で自分が読まれるコンテクストを演出していく表現」(一部改変―引用者)。/これは要するに、自分が書いた物がどう読まれるかというコンテクストまでをも支配してこそ、批評家としての面目躍如だということか。/自分が産出するテクストと、それが読まれるコンテクストとの関係というのもまた、ひょっとするとルソー的な問題といえるのかもしれない。ルソーの出発点は両者の間の亀裂であり、後者が前者にもたらす汚染への生理的な嫌悪であったように思う。コンテクストを支配したいという欲求も持っていた。/そして、コンテクストを支配する欲求を――そんな欲求を持っているなら、むしろその欲求は隠しておいた方が絶対うまくいくのに――顕わにしてしまう辺りも。/昔作ったルソーについてのノートが見つからないと思ったら、作ったのは1996年後期だということに気付く。自分のITスキルの歴史を考えると、当時のデータが残っている可能性は……。というか、ぼくのルソーについての知識は、なんと20代最後の年の名残に過ぎないのであった。また勉強しないと…
  • ちなみに今年は恒例の某業務はあたらなかった。今年あたってないということは来年はまちがいなく回ってくるということなんだけど。教員数が多く、上下関係が明確なので、教授になると基本的にこの業務をやらなくていい学部もあるという噂を耳にするが、ぼくの所属先ではありえない話だ。
  • 視聴中。「阪神・淡路大震災から15年「神戸新聞の7日間」」。http://www.fujitv.co.jp/fujitv/news/pub_2009dec/091222-310.html/リアルだ。/「ライフライン」という言葉はつまらんとよく言われるが、文字通り「陸の孤島」だった当時の神戸の周辺地域からの諸々の隔絶を表現する言葉はほかに見あたらなかったように思う。/日本橋 ヨヲコ『G戦場ヘヴンズドア』に心象風景のように挿入されている瓦礫の街の画を見たとき、ぼくが歩いた(といってもちょっと後のことだが)被災地のことを想い出した。同作品にぼくは非常に勝手ながら「震災の後で」というサブタイトルを付けて読んでいる。 @yowoko/ドラマ終了。面白かった。当時大阪にいて、いろんなことで頭がいっぱいで、しかも95年はその後いろいろあったので、わかってないことがたくさんあった。毎年は無理なんだろうけど、何年かに一度はこういう番組を作って欲しい。(「阪神・淡路大震災から15年「神戸新聞の7日間」」。)

2010年01月17日(日)

  • 目が覚めた。NHKニュースみてる。震災がもたらした何かの一端をも、ツイッタは可視化する。心弾「赤針」を乱射したかの如く。とむらいの、あたらしいかたち。 #19950117
  • 皇學館大学の山中優さんから『ハイエク全集第二期第五巻 政治学論集』を頂いておりました。ありがとうございます。 http://bit.ly/5rJTfw 渡辺幹雄さんについてもそうですが、同世代からハイエクの「政治」思想研究の大きな流れが生まれたことは非常に感慨深いことです。
  • 忘れていたが、今朝の『ボクらの時代』は赤西仁×小林武史×岩井俊二。運と才能と容姿に恵まれた三人の優雅な語り。信じがたいほど無内容の、つまらん話だった。小林武史と岩井俊二は作品を楽しんでればいいのだな。

2010年01月18日(月)

  • ツイッタは早起きのひとが存外多いということを可視化しているなあ。
  • 某くんお勧めの「とある”ラジオ”の」を聴いてみる。ううむ、ぼくの声優に対する感性と好奇心は非常に貧しいようで、なかなか面白さがわからない。ドラマCDなるものに好感が持てないのもそのせいか。あるいは「キャラ萌え」ということがまだ十分に分かってないということか。擬人化も苦手だし。
  • @katatemaru 人間関係上断りにくいので、お返事できるという約束はできませんが、メールで送ってくれれば読む時間ぐらいはあるかもしれません。ただ、タイトルから察するにネガティヴなリアクションは覚悟して下さい。ぼくはどっちかというと地味な古典研究の方が好きなので。/ちなみに、谷口功一さんの「『公共性』概念の哲学的基礎・序説」『國家學會雑誌』114巻5・6号(2001年)はお読みになりましたか。お察しするに、ぼくのリアクションを見るよりは、あの論文と格闘する方が有意義だと思います。/あと、もしも入院するのであれば、春休みに Tully の Public Philosophy in a New Key http://bit.ly/6Ljznb http://bit.ly/75a00Q を読んでおくことをお勧めします。いい公共哲学です。/それと、老婆心ですが、経済学部出身ならば、経済学部の大学院に進学し、経済理論か経済思想を専攻した方がいいかもしれないということを申し添えておきます。/非文学研究科出身者が哲学で就職するとか、非経済学研究科出身者が経済学で就職するとか、非法学研究科・非政治経済学研究科出身者が政治学で就職するのが難しいということは、案外知られてないような気が。いやそんなことないよという声も耳にすることはあるのですが。/他学部・他研究科出身者から「政治理論を専攻したい」と相談を受けた場合には「たぶん政治理論専攻の院生が十年に一人ぐらいは就職できている法学研究科か政治経済学研究科を持っている法学部か政治経済学部を選んで、学部から入り直した方が結局は早い」とアドバイスしてます。/まあ、この十年で院生が何人就職したか(それも、どのぐらいの業績を積んだひとが何歳で)ぐらいは、入院する前に調べるのが普通じゃないかと思うんですが、どんなもんなんでしょうね。いや、そんなことないかやっぱり、勉強したいこととか、教わりたい先生がいるかどうかを第一に考えるんだろうなあ。/ちなみにこのようなアドバイスをすると、ほとんどすべてのひとは、ぼくのところには二度と来ず、別のせんせいのところに相談に行きます。/ひどいことを申し上げましたが、まあ既に心を決めているのなら、悩むのは後回しにして、志望校の入試を突破する準備をすることです。語学と専門科目についての受験勉強は後々必ず役に立つものだし、受験勉強のときに頑張らないと身につきませんから。/まあ、研究者志望ならば、自分が受験する大学院の過去十年間の就職状況について全く調べないというのは、社会科学的なセンス(?)という観点からみてどうなんだろうなと。あと、よく調べてみると、就職はしているけれど、ほとんど第二語学の教員という場合もあったりするし。
  • 地道にロックを読みながら、タリーを媒介に現代政治哲学に射程を拡げていくという路線は政治思想史研究的にアリだと思うんだけど(残念ながら倫理学とか経済思想のひとには勧められない)既に誰かやってるんだろうか。/タリーといえば、Strange Multiplicity: Constitutionalism in an Age of Diversity http://bit.ly/4G4Ms7 も一時期翻訳とかどうですと言って回ったけど、反応は一様に「タリー、誰それ?」と最悪だった。
  • このところ、気が滅入ってくると、北村透谷「人生に相渉るとは何の謂ぞ」を読むことにしている。 http://www.aozora.gr.jp/cards/000157/files/43455_17673.html

2010年01月19日(火)

  • @h_takada1978 いや、30代の終わり頃からがくっと体力が落ち、週に七コマ+雑用の生活だと夜は疲れてしまって集中できないのです。だからまあ理論的に一番疲れてない時間帯は睡眠の後なので、仕事が溜まっている場合は早朝生活で対応するしかない。40代からの生活の知恵というか。/仕事が終わって、夕方からコーヒーかアルコールでテンションを上げながら、深夜遅くになっても目はギラギラ、頭脳はますます冴えて……という時期もあったのですが、あれはもう無理。
  • 備忘録。昔某院生につきあって読んだのだけど、コミュニタリアンのひととか生命倫理のひととかがサンデルのエンハンスメント批判 The Case against Perfection, http://bit.ly/8LVLe6 を正面から取り上げないのはなぜだろう。格好のネタなのに。/あるいは、サンデルなんてどうでもいいという空気が既にあって、それをぼくが読めてないだけなのか。

2010年01月20日(水)

  • 豚肉・薄揚・白菜・菜花の鍋をカレーにフォームチェンジ。残念ながらその逆はありえない。カレールーを入れてしまったが最後、もう鍋には戻らないのだっ!……というわけで、本日の朝食と昼食で食べきろう。/味はまあまあ。薄揚が健闘。豚肉要らないかも。
  • 数年続けたシェイクスピアを観まくるゼミも昨日でほぼ終了。入門編『リチャードを探して』に始まり、『ヴェニスの商人』、『オセロー』、『コリオレイナス』、『ジュリアス・シーザー』、『ハムレット』、『十二夜』。ガイドブックはブルーム『シェイクスピアの政治学』とシュミットの『ヘカベ』。/学生の反応は様々。映画版と舞台版を見せたところ、「舞台版は演技が大げさで芝居がかった感じがして抵抗があった。映画版の方が自然な感じで好かった」とか。漫画とか演劇の演出を過剰に取り入れたテレビドラマを観ている世代だと思っていたので、これは意外だった。/自分の学生時代を振り返り、一年間でこれだけ観ればたぶん勉強になるだろうとか思って始めたのだが、ゼミ生は何かを得てくれたのだろうか。/小野先生の『ハイデガーの政治哲学』「あとがき」によれば、同書第二章は「学部のゼミで『存在と時間』を五年間にわたって講読したことがもとになっている」。先生は研究と教育の一体性を昔から唱えていた。だが、ぼくは年々、教育と研究は切り離すしかないという確信を強めている。
  • 諸々の事情で政治学と批評の歴史をざっと勉強したことがあるのだけれど、両者が非常にハードルの低い知であることは否定できないと思う。少なくとも入り口において両者は、床屋政談とか感想文と区別のできないものだと思うし、明確な方法論などというものは存在しない。ただし、それは入り口だけ。/というのも、政治学も批評も、他の分野から様々な方法論を導入し、自らの知としてのあり方を洗練してきたからである。政治学や批評の本体を規定する方法論は存在しない。だが、政治学や批評が自らを洗練するためにどのような方法論を採用してきたかということは考える必要がある。(経済学と違う点?)
  • ツイッタやブログでの文章書きと半年から数年かけて仕上げる論文(以外のものもあるけど)のバランスをどうとるか。ツイッタやブログで発見とか思いつきを書き散らしていると、まあ確かに後者の仕事が疎かになる可能性はある。たとえば論文に集中すべき大事な時期に前者で現実逃避してしまうとか。/しかし、中長期的な論文のみを優先すると、日々の発見とか思いつきを蓄積しないまま忘却してしまうことも確か。何かに必死に取り組んでいるときに、別の何かについて重要なことを想い出したり思いついたりすることはよくあることだ。研究の舞台裏には必ず「てんやわんや」がある(林達夫「精神史」)。/ツイッタとかブログはそうした研究の舞台裏での「てんやわんや」とか「七転八倒」の記録の場と割り切った方がいいのではないかと思う。それが紙媒体である必要はないが、まとまった作品として organize されていない文章は基本的に忘れられ、残らないものと考えた方がいいような気がする。/短期的なリアクションよりは、中長期的に影響力を持つような作品を、オリンピックとかワールドカップのように四年に一回ぐらいを目処に残せればと思う。「面白いからオリンピックは毎月やって欲しい」的な無分別には断じて抵抗しなければならない。/とはいえ、そんな作品、残せてないのはぼくの無力さの証左だし、作品よりもツイッタとかブログの文章の方が多いのはぼくの知的営為が「てんやわんや」「七転八倒」ばかりで作品に結実しないことを物語っているわけだが。/両者の距離はかぎりなく狭まっているのだけれど、日常的な娯楽として消費される文章と、ある種の非日常性を伴いつつ読み継がれる文章との間には、決定的な違いがあるように思う。前者のような消費しかしない読者がいるからといって、読みに非日常的な何かを求める読者の存在を忘れてはならない。
  • これはまた渋い人選。『日本思想という病』 http://bit.ly/765B4Z/植村さんには思う存分日本思想史をやって頂きたいなと。どうでもいいじゃない、比較政治なんて。
  • 昨日の講義はすっかり流行遅れになってしまった多文化主義。「ちょっと前に「多文化共生」という研究テーマが流行した時期があります。これは教養部が四文字学部に再編され、それまでばらばらに活動していた語学の先生たちが何か共同研究を立ち上げなければならなくなった時期と重なります。……」/「多文化主義の問題は、政治理論の分野では、井上達夫のいう「歴史的文脈主義 vs 哲学的普遍主義」の問題として受けとめられました。それは「差異への権利」や「アジア的価値観」をどう扱うかという、現実的にも切実な問題と繋がっています」というような話を。/参考文献は『岩波新・哲学講義別巻 哲学に何ができるか』 http://bit.ly/8dJv18 所収の井上論文、セン『貧困の克服』 http://bit.ly/8v1Hui 内藤正典・阪口正二郎『神の法vs人の法』 http://bit.ly/5HKLi4/スカーフ問題について樋口陽一ベースで説明したにも関わらず、「差異への権利」派の答案が多かったのはちょっとびっくり。
  • そういえば「崇高を論じるのに、美術史における崇高の問題に全く言及しないのはおかしい。これを嫁」と言われたので(いや、バークは非絵画的なものとして崇高を論じているのですが…)ローゼンブラム『近代絵画と北方ロマン主義の伝統』を購入したとツイッタには書いておこう。もちろんまだ積ん読。
  • 社会科学の業界では「わけのわからない奴ら」の総称が「ロマン主義者」だったりします。ぼくはよくそう呼ばれます。/ああ、厳密には違うなあ。「odgって何やってるんだっけ。ああ、ロマン主義とか、とにかくそういうものだったよねー」という感じ。/文学とか哲学にロマン主義の原型を求めがちな美学者と、視覚聴覚にうったえるブツにロマン主義の現れを求める芸術学者のズレというのもある。/個々の作家のどういう側面がロマン主義的と呼ばれてきたのか、ロマン主義と呼ばれてきたものにどのぐらい多様性があるのか(つまりロマン主義は複数形で語られるべきだということ)は、大学で教わるしかないことだけど、もうちょっと知られていてもいいのではないかと思う。/厄介なことに、定評のあるシェンク『ロマン主義の精神』はロマン主義の多様性を網羅的に論じたガイドブックだが、あろうことか、その序文でバーリンはロマン主義がひとつであるかの如き発言をしている。バーリンのロマン主義論は非常にイデオロギー的。取扱注意の代物。/そういえば嫁といわれて久しいクラークの『ロマン主義の反逆』は未読、未購入。これはおそらく美術史マターだが、読んだひとがいれば詳細キボンヌ(死語?)。/とはいえ、どういうひとをどういう意味でロマン主義者と呼ぶかということは重要。「何かに陶酔しているひと」と「あらゆるものに陶酔できないがゆえに、ときどき思いつきで何かに陶酔してみたがる無責任なひと」のどちらをロマン主義者と呼ぶべきか。カール・シュミットの…/シュミットはアダム・ミュラーを念頭に後者の無責任陶酔野郎(「主観化された機会原因論」者)を「政治的ロマン主義者」と呼んだのですが、サブカル系のひとは前者をそう呼んでいるような気が。そんな違いはどうでもいいという見方もあるのですが。/ああ、でもぼくも無責任陶酔野郎だなあ。

2010年01月21日(木)

  • イエイツ『ジョルダーノ・ブルーノとヘルメス教の伝統』、邦訳が出るようですね。出たのかな。/『とある魔術の禁書目録』の原作者とか制作スタッフあるいは読者とか視聴者が、フランセス・イエイツの著作(実はほとんど邦訳で読める)に通暁している可能性はあるのだろうか。あるいは、灰村キヨタカの挿絵・装丁で『イエイツたん』みたいな入門書が刊行される可能性は。魔術史研究者の面目躍如?/新企画「擬人化で学ぶ思想の歴史」あるいは「精神史の擬人化」。特徴は、豊富なカタカナ固有名詞(特に呪文の類)、萌え萌えの挿絵、長門による明快な解説、付録にドラマCD。マージョリー・ニコルソンをネタ本に「サブライムたん」ぐらいならやってもいいかなと。/人文系が生きて行くには、萌えとか腐に頼るしかないのだろうか。人文系が研究対象に対して抱くこだわりとか研究の中で見出す喜びをうまく説明しようと思ったら、この辺り(?)の語彙に頼るのが一番楽。「なんで思想史やってるんですか」という面倒な問いに対しても「オタクだから」で済ませられる。/この種の問いに対しては、必死になってあれこれ説明を試みたことがないわけでもない。しかし、長々と説明して何かわかってもらえたという経験は皆無。この種の説明は、長くなれば長くなるほど、わかってもらえなくなるのだ。だったら相手の記憶に残りそうな短い表現を適当に提供すればいい。/まあ、だからといって「主観化された機会原因論」者を「無責任陶酔野郎」と言い換えていいのかどうかは微妙なところだ。(シュミット『政治的ロマン主義』に「ロマン主義者は無責任か?――然り」という論点があることは間違いないと思うのだけど。)
  • ロベルト・ロンギですか。では是非読んでみます……って、なんだこの値段は?/だいたい形式なんて徹底したら、視覚芸術以外のものにマニエリスムとかロマン主義を読み込めないじゃないかっ(本末転倒)。
  • 昨日は三人が教授に昇進した。間違いなくニューリーダーとなるだろう。頭文字を並べると "NOT" あるいは "TON"。しばらくは私秘的に「ティーオーエヌ」と呼ぼう。"OTN"("otn") はなんだか「くずおれる男」( http://j.mp/16bekE )っぽいから却下。
  • ロマン主義メモ。ロマン主義概念をめぐるラヴジョイ=ウェレック論争については Perkins ed., Theoretical Issues in Literary History, 1991 所収の Parker 論文が整理してくれているらしい。同論争については復習が必要である。
  • なんとか某報告書を仕上げる。半日で仕上げる予定だったのに、結局約一週間かかった。これ、郵送しないとだめなのね。
  • ゼミ応募状況@20100121。激減。四年生一名、三年生四名。宮沢賢治を読むとか言ったのが敗因か、それともようやく正常化したのか(数年前まで大体こんなもんだった)。

2010年01月22日(金)

  • 昨日は今年最後の木曜七限ゼミ。受講生の希望で後期は何となく田中角栄について勉強した。「私の履歴書」と『日本列島改造論』をゆっくり読みながらの感想文作り。できあがったものにはいろいろ思うところもあるが、たぶんいろんなことの現状の記録になるであろう。終了後近所で打ち上げ。/学生に何をどう指導すべきなのか、報告当日無断欠席をした学生をどう叱ればいいのか等々、悩みは尽きなかった。納得のいく答えも見つかっていない。大切なのは鷲田清一的「待つ」の精神、「意のままにならないもの、どうしようもないもの、待つことしかできないもの」への感受性……なのか?
  • 数年前の話になるが、某管理職の方(他機関の)から「研究者の資質とか個性は、五本目以降の論文を見ないとわからない」というお話を。最初の二、三本ぐらいまでは指導教員の影響や修業時代初期に吸い込んだノイズがたくさん含まれているので、そのひとの資質の判断材料としてはあてにならないらしい。/「最初に書いた論文には、そのひとの研究者としてのその後のすべてが秘められている」なんてことを言うひとがいるのだけど、研究者のその後の成長とか変化を無視した愚かな言葉だと思う。というか、成長も変化もない自分の怠惰を他人に投影するなって感じ。
  • 来週月曜日(01/25)の二限に某同僚の最終講義が予定されているという噂が(教室が変更されているという情報もあるので要調査)。しかし特に掲示等の措置はなされてないとか。残念ながらぼくは人間ドックの続きに行かなければならない。割と大事な儀式だと認識しているのだが……。
  • ヴィーコの『学問の方法』が二冊出てきたのに、ヴェーバーの『職業としての学問』が見つからない本棚というのはやはり問題が……。
  • 渡辺利雄『講義 アメリカ文学史』の補遺版が出てたので購入。これもそれほどたくさんは刷ってないのではないかというお値段。 http://webshop.kenkyusha.co.jp/book/978-4-327-47220-7.html

2010年01月23日(土)

  • ゴールドベルグかけて、眠るんじゃなくて、頭を研ぎ澄ますみたいなイメージを定着させたのは『羊たちの沈黙』かなという印象はあります。ぼくは逆に「ああ、これは思考を危険にする音楽なんだ」と思って、お勉強のBGMから外しました。/『羊たちの沈黙』のフォスターはよかったのだけど、ここで萌えるのは何だか自分をレクターになぞらえるような気がして、自制心が働いてしまうというか。昔の話だから記憶は定かではないけれど、ゴールドベルグの代用品にはたしかキース・ジャレットの『ブック・オブ・ウェイズ』を聴いたような。/ああでも、基本的にロック野郎だったから、「まあ、こういうのはいいや」って、当時流行初めだったアンプラグドものに切り換えたような気も。売れ筋はクラプトンのライブだったけど、よく覚えているのは10000マニアックスのやつ。いつの時代やというぐらい古い話。
  • 諸々の諸事情で学際的な研究への入り口は増えたんですけどね。でも出口はギルド。公募というか採用は専門ごと(「政治学」とか「経済学」とか)で行われるから、学際系四文字研究科は不利だと思う。第二語学のポスト数が維持されるといいのですが、英語ですら「もう各種検定で単位認定すればいいじゃない」「学部の教員(非語学)が教えればいいじゃない」という感じになってる。/大変有名な美術史家が、ポスト上は語学教員だったというのを聴いたとき、はじめは「美術史も大変なんだ」と思いましたが、現在はむしろ、第二語学のポストを維持することが人文系にとっていかに重要かというようなことを考えています。本当にただ考えているだけですけど。/でも、第二語学は横の繋がりがなく、共通の利益でまとまって影響力を行使することは難しい。だから、まず……語、次に……語と個別に攻められたら、あっという間に撃破されてしまう。学生は検定試験による単位認定を喜んで受け容れる。この制度の導入がポスト問題と連動している可能性には気づかない。
  • アメリカの崇高論についての研究報告らしい。 RT @nosnino: 私の発表は16時頃に始まる予定。来聴も歓迎だそうです。>アメリカ文学会東京支部1月例会 http://bit.ly/5bL2Cj ホイットマンもあるのね。/バークの崇高論の意義は、たぶん批評史の中では、非絵画的な芸術(たとえばミルトンの詩)の力をどう説明するかについて、「崇高」という魅力的な言葉を導入したことにあるのだと思う。ニューマンの崇高論はバーク的な〈非絵画的な作品の力〉という話を絵画に持ち込む試み。だから自然と話は抽象へ。/芸術の非絵画的な力をどう説明するかということは、たとえばロマン主義美学の最大の課題の一つであったと言えるかもしれない。ロマン主義美学における〈非絵画的なもの〉論の成立を、エイブラムズは自然を映し出す「鏡」から、内なるものを燃え上がらせる「ランプ」への転換として見事に描き出した。
  • ローティが明らかに『哲学と自然の鏡』執筆の際にネタ本にしたと思われるロマン主義研究の古典 Abrams, The Mirror and Lamp は新訳が長らく切望されているのだけれど(誰に?)、平凡社さんとかどうですかとか振ってみる。 @heibonshatoday/というのは、平凡社が Abrams の Natural Supernaturalism の立派な翻訳を刊行しているからなんだけど、あの翻訳、儲かってないだろなという一抹の不安も。ちなみに同書は「世俗化された神学」としてロマン主義を論じた名著。 @heibonshatoday/そういうバークとかロマン主義以降の〈非絵画的なもの〉をめぐる言説を現代アメリカの崇高論はどんなふうに継承したんだろうかというようなことを質問できたらいいだろうなとか思うんですが、まあ本当に思うだけということで。RT @nosnino: http://bit.ly/5bL2Cj/実際、どうやらローゼンブラムはロマン主義美学の影響を濃厚に受けているのですよね。/ローゼンブラム本の邦訳の註を見ているのだけど、T・E・ヒュームのロマン主義の定義「あばかれた宗教」とあるのは「啓示宗教 revealed religion」のことではないだろうか。つまりヒュームによれば、ロマン主義は理神論とか自然神学では断じてないという意味かと。
  • 昨日はあるひと相手につまらんことを長々と言い訳する羽目に。どうしてゼミでちゃんとテキストを読ませず、DVDを見せているのだというような話になったので、テキストを報告させようと思っても、準備してこない、読んでこない、あるいはそもそも購入すらしない学生の指導をどうすればいいのだと。/まずは何かに好奇心をもって取り組み、理解する面白さを教えるという観点から、ここ数年使っているのが『リチャードを探して』のDVD。全く予備知識のないひとに『リチャード三世』を理解させるべく、アル・パチーノがシェイクスピア研究者や役者仲間と奮闘するドキュメンタリー。/ぼくの悩みを整理すると、何かのテキストを、背景を調べながら自分の頭をフル回転させて理解することの面白さをどう教えるかというのが最大の問題なんです。つまり、自分で読んで考えるということの重要性というか。うまく説明できませんが。/ちょっと頭を使わないと理解できないけど、少しでも理解が深まりさえすれば、抜群に面白いような作品(たとえばシェイクスピア作品)をDVDで見せれば、何か覚醒してくれるかなと期待してるんですが、なかなかうまくいかない。
  • クラークの『ロマン主義の反逆』の古書が届く。定価7000円だった本が2000円台。ロマン主義の価格破壊?人気がないことの証左か。視覚芸術におけるロマン主義を古典主義への「反逆」という観点から整理。ずいぶん射程が広い。通説なのかどうか微妙。次は音楽のロマン主義。何を読んだものか。

2010年01月24日(日)

  • 気になってぐぐったら電人ザボーガー、アクセルとは全くの別物だった。ふるきよき時代というか、昔の特撮のロボットは格好悪かったのだなと。それでも観てましたけど。
  • なんとなくアバターを見てしまう。西部劇。いろんなものと直結したくなる作品ですた。
  • 東京行きで龍馬伝見逃した。このまま挫折する可能性大。

2010年01月25日(月)

  • アバターについての(ネタバレを含む)まとまらない雑感。造形への感性が乏しい(「音痴」)故に、どうしても内容に目を奪われる(というか頭を奪われる)。主人公の造形(脊損で車椅子の生活を強いられている元海兵隊員)は、奪われたはずのリアリティを惑星パンドラで見出すことになる。/これは(たぶん誠実な現象学研究者を怒らせる本なのだろうが)F・フェルマンが『現象学と表現主義』で描き出した「脱現実化的実在化」という思潮を想起させる。世紀転換期のドイツに発生した、目の前の経験的現実を否定しながら、もっとリアルな、魂に響くような「新たな現実」を希求する思考の形態。/それは、ある時期のフッサールをホフマンスタールとの類比で(逆にいえば表現主義の芸術運動をある時期の現象学との類比で)捉える試みである。これにバルト、ムージル、ヴォリンガー、ピカート、ブロッホ、そしてフロイトが連なる。この類比がもたらすのは安易な定式なのか、深い洞察なのか。/しかし、いかにも怪しげな類比だと眉に唾を付けながらも、20世紀精神史における「現実への当惑」の端緒を描いた第四章「現実性――ヨーロッパのデモーニッシュな概念」を立ち読みしただけでも、この本の面白さはわかってもらえるのではないかと思う。/〈20世紀的な現実への当惑は、哲学者と芸術家をして、経験的現実からの離脱と、よりリアルな「真の現実」の探求へと向かわしめた〉という要約はあまりに散文的に過ぎるが、だからといって個別の哲学者と芸術家の「新しい現実」の探求がすべて退屈だということにはならない。/アバターを、『ダンス・ウイズ・ウルブズ』ではなく、タルコフルキー版の『惑星ソラリス』との類比で読むことはできないんだろうかと。つまり、アバターをソラリスとの類比で、あるいはソラリスをアバターとの類比で読めば、キャメロンとタルコフスキーが何をやりたいかが少しだけ鮮明になるのではと。/あるいは、「現実への当惑」感覚という共通性よりも、「新しい現実」感覚の変容を考える必要があるのか。……しかし、こういう議論は各作品のあらすじを文章化したものを読むだけでできてしまうレベルの話。/繰り返される I see you (「なにもいわなくても、あなたのことはぜんぶわかる」)とか記憶情報に直結された世界という設定を散文的に文章化すれば、まあソラリスに似てるかなと。/×「主人公の造形(脊損で車椅子の生活を強いられている元海兵隊員)は、奪われたはずのリアリティを惑星パンドラで見出すことになる。」→○「……見出す可能性を暗示。」/(アバターというよりは、フェルマンの知見を同時代のイギリスの思潮を捉えるのに援用できないかというのが目下の関心ではあるのだけど。具体的にはムーアとブルームズベリー・グループ。)
  • 1911にブルームズベリー・グループが開催した 'Manet and the Post-Impressionists' 展の位置づけの難しさ。'the Post-Impressionists' はロジャー・フライの造語だが、訳語も含め、この語がどうにもよくわからない。
  • 代表的な査読誌の査読が緩いことは研究者にとってはむしろありがたいこと。査読論文の本数が稼ぎ易い状況で損をするひとはいない。院生も、院生をたくさんかかえているせんせい方も大歓迎なのではないだろうか。

2010年01月26日(火)

  • エイブラムズ『ポスト構造主義との対話』が届く。地に足の着いた議論だが「テクスト論」からは反動とか保守とか呼ばれるのかも。編者後記の非常に見通しのよい戦後アメリカ文学研究史は大学における文学教育のあり方に関心がある者にとっては必読ではないかと。背後で動いた編集者は二宮隆洋。/「戦後アメリカ文学研究史」という書き方はおかしいな。「20世紀後半のアメリカにおける文学研究・文学教育の歴史」の方が適切かも。大学における一般教育の多様化と拡散、必修科目の削減、反動としての「コア」カリキュラムの導入……どこかできいた話ばかり。/@ttt_ceinture 12年に生まれ、40年に『鏡とランプ』で学位を取得、71年に『自然と超自然』を書く……という伝統的なヒューマニズムのパラダイムに依拠してきたエイブラムズが、デリダやフーコーの影響を受けた「ニュー・リーディング」に応答した論文四本+解説という構成です。/デリダとかフーコーの影響で、アメリカにおける文学研究と文学教育が激しく揺さぶられたことはよく知られているわけですが、こうしだ動向の典型的なエピソードとして、J・ヒリス・ミラーの師ジョルジュ・プーレからの離反が編者後記で扱われている。/脱構築派として有名なミラーは、元々ジュネーブ派のシンパで、19世紀研究者の間ではわりとよく読まれている『神の消失』という本は、その時代に書かれたもの。しかしミラーは、ニーチェ、ソシュール、バンヴェニスト、ハイデガー、ドマン、デリダを読んでプーレ的な「現前」の「形而上学」から離反。/「ニュー・リーディング」の衝撃を受ける以前において、文学研究は文学作品をどのように読んできたのかということを振り返り、自覚的に明確化しようというエイブラムズの姿勢に、ぼくは非常に好感を持ちます。そういうエイブラムズの試みを、背景についての詳細な解説とともにまとめたのがこの訳書。/現代の文学研究者は見向きもしない可能性が高い論文集ですが、テクストの読解を基に仕事をしている歴史研究者は読んでおいた方がいい(∵テクストを読むとはどういうことかについて考える際に有益な示唆を与えてくれる)のではないかと思います。まあ、思うだけですが。/とりあえず、立ち読みポイントとしては、編者後記の194頁六行目以下の、エイブラムズ『自然と超自然』の概略とミラーのエイブラムズ批判(「伝統と差異」1971)の紹介だろうか。「現代の人文主義的学問の壮大な伝統」の同定と、それに対するミラーの根本的な異議申し立て。
  • 「目的論 teleology」というのは因果連鎖を説明する際に「目的因 final cause」を重視する考え方で、その対義語は「作用因 efficient cause」を重視する「機械論 mechanism」だと思っていたのだけど……。/だから目的論的世界観というのは、「ものごとには必ず特定の目的がある」みたいな運命論とか宿命論とは別物。たんなる説明の仕方の問題。/藤原保信先生の影響下で語られる政治思想史において、目的論の代表がアリストテレス、機械論の代表がホッブズ。ホッブズは機械論的自然観を政治学に導入したひとという位置づけなので、デカルトの影響が重視されることになるし、ホッブズ政治理論の説明も自然観の検討から始まることに。/外在的な作用因で説明するのではなく、組み込まれたプログラムのようなものの存在を前提とした説明を目的論と呼ぶのはアリだと思うのだけれど。
  • ギデンズがdis-とかre-とか付けてembedding云々しているので社会学の用語だと思ってたんですが。/ embedment の出所が非常に気になります。Charles Taylor も “embedded religion” なんて言い方をよくするので。
  • サンデルの「位置づけられた自我」(実はサンデル自身がこの語の使用を避ける傾向にあるような気が)はロールズ批判(「原初状態で無知のヴェールを被ったパースンなんて、unencumbered self ぢゃないか」)の文脈でしか意味を持たない用語法。「位置づけられよう」って話じゃない。/つまり、ひとは「負荷なき自我 unencumbered self」ではありえないって話だから、「位置づけられた自我」というのは、身も蓋もない現状のありように言及しているだけ。ただ、この概念を援用して「もっとズブズブに共同体に埋まろうぜ」というコミュニタリアンがいることも確かか。
  • RT @shionkono: 【ベタ文】デイヴィッド・ロッジ『小説の技巧』(白水社)小説を書く・読むうえで役に立つキーワードを、名作からの引用をもとに解説。類書が多いなかでこの本が使いやすいのは、書き手・読み手両方の視点から書かれていること、例文の魅力などだろうか。/ジョナサン・カラー『文学理論』最近の文学理論・文学研究のトレンドについて語る。理論の羅列ではなく、「理論的に考え、読む」ことをめぐる問題の見取り図が得られる。カルスタの章もわかりやすい。/クンデラ『カーテンー7部構成の小説論』小説の読み手としての息づかいが伝わってくるエッセイ集。ヨーロッパ文学の名作を紹介しつつ「ノヴェル」の伝統を伝える。現代の世界情勢に触れつつも「文学にしかできないこと」を追求する姿勢に。/ミラー『文学の読み方』通読すると、「文学の制度性」「メディア」「虚構」「言語行為論」など、文学研究で問題になっている問題意識が理解できる。最近の文学理論の成果を踏まえつつも平易に書かれており、しかも文学をスローに読むことの楽しさが伝わる。
  • 追加するとすれば、村上春樹『若い読者のための短編小説案内』文春文庫とか筒井康隆『文学部唯野教授』岩波現代文庫とか廣野由美子『批評理論入門――『フランケンシュタイン』解剖講義』中公新書とか。個人的に好きなのはジラールを駆使した作田啓一『個人主義の運命――近代小説と社会学』岩波新書。/まあ今更ジラールでもないか。ワンパターンだし。/政治思想家が文学作品の読み方を講じた本もあります。学生運動盛んなりし頃に、過激な現代の「バザーロフ」たちの愚かさを窘めるためにバーリンが書いた『父と子』とか、学生に保守的なリベラル・アーツを教えるためにアラン・ブルームが書いた『シェイクスピアの政治学』とか。/ちなみに、どっちもゼミで使いました。来年度は見田宗介『宮沢賢治』を手引きに、宮澤賢治を読もうと考えています。岩波文庫版の童話集が二冊とも品切れで、いきなり困っているのですが。
  • 20年前に学部の史学概論(滅びつつある科目らしい)で読まされたのは、カー『歴史とは何か』、プラム『過去の終焉』、ゲイ『歴史の文体』。今は、小田中『歴史学ってなんだ?』があるか。しかし、中公新書で「名著」のある分野(政治学、経済学、社会学、歴史学、哲学……)はやりにくいだろうなあ。/個別的な○×史に関心のある研究者はたくさんいるけれど、「歴史学」への関心は……どうなんだろう。

2010年01月27日(水)

  • 昨日は本務校での今年度最後の授業とゼミだった。授業の方では復習テスト代わりに愛国心論争の話をして短い論述問題を解いてもらった。以前もつぶやいたが、セネット(差異の承認)、ローティ(エスノセントリズム)、ヌスバウム(コスモポリタニズム)、テイラー(開かれたパトリオティズム)の比較。/「非愛国的なアカデミー」という評判最悪のテクスト(全訳 http://j.mp/ahV9Fr )を紹介したから、ローティを擁護するひとはいないだろうと予想していたものの、結構ローティ派がいたことは意外だった。/ゼミでは後期に学生を二つの班に分け、『1Q84』と『ハムレット』についてグループ報告を課した。『1Q84』班の報告は結局、エルサレム賞受賞スピーチなどを合わせて読むことで、book3の内容を予想という話になった。途中でいろいろ不安もあったが、まあこんなもんだろう。/『ハムレット』班の方は、どうしても『ハムレット』でという希望があったので、いろいろ悩んだ末に、シュミットの『ハムレットもしくはヘカベ』と読み合わせるという条件付きで。これも落ち着くところに落ち着いた感じ。この本とか『政治的ロマン主義』は文学なひとにも読まれていいような気が。/そういえば、学生からのレポート提出のメールのフッタに "Follow Me" とツイッタのアカウントが記されているものが結構あった。しかし、中年の男性教員が学生(男女を問わず)のツイッタをフォローしている光景はなんだか嫌。学生がこちらのツイッタ見るのはどうぞって感じなんだけど。
  • http://ow.ly/10KhW スティーヴン・タイラー、ヘリウムガスを吸ってビージーズのものまねを披露したらしい。
  • 1/25(月)2限の小畑隆資さんの最終講義は無事終わったとのこと。ただ、残念なことに掲示による周知がなされなかったし、ぼくも直前まで知らなかったので参加できなかった。最終講義は大切な慣行だし、その聴講は学生にとっても貴重な経験になると思うのだけど、無関心なひとの方が多いのは何故。
  • 四月から松江市の某に就職が決まった某くんと、仙台市の某に移ることが決まった某くんから連絡をもらう。そういう知らせが届く時期。秋に名古屋市の某から上越市の某に栄転した某くんは元気だろうか。/みんな学位を持っていて、最初のお二人は単著まである。いろいろ考えると、やはり単著を書かなければならないのだろうなあ。
  • http://bit.ly/ahhDQb に釣られてしまったのだけど、飲み会で煙たがれるから読まないとか、ブログのネタに応用すれば必ず一目置かれるから読むとか、読む本を選ぶのになんでそんなに自意識過剰にならなきゃならないんだろっていうのが正直な感想です。/楽しむのに少し手間がかかるけれど、わかるようになれば楽しいし、ほかのものも深く楽しめるようになるというのが古典だと思う。たとえばハードル低めのやつだけど『三酔人経綸問答』(岩波文庫の現代語訳)。嫌々ながら読み始めた連中も、読み終わる頃には面白がってたし、自分の成長を実感してた。/ちょっと頑張れば、なんとか読み通せて、面白いと感じる中に、自分の知的な成長も実感できるという幸福な読書を、早い段階で経験しなかったひとは、やっぱり不幸だと思う。「読めるものだけ読んで何が悪い」的な居直りというのは、そういう経験の乏しさから発生するルサンチマン。若いうちに直そう。/実は学部改組のときに「歴史とか思想は法学部生の教養ですから」みたいなことを言ったら、「歴史とか思想を勉強してない者には教養がないと言いたいのかね」と実学系の先生数名から苦情を頂いたことがある。思わず「そんなこと言い出すひとは間違いなく無教養だと思います」と言いかけたがやめた。/以来、なんとなく「教養」がNGワードになってる場合もあるのだなと、この言葉の使用には慎重になった。

2010年01月28日(木)

  • 夏夕介死去。 http://j.mp/9l9adx スカイゼルが逝ってしまった。/キョーダインといえば想い出されるのは成井紀郎だったりする( http://j.mp/bILcON )。『ゴーゴー悟空』の単行本( http://j.mp/dbnvrD )は小学校の頃に所有していた。振り返れば、いろんなものを先取りした画期的な作品であった。手元にないのが残念。
  • 問題は Kindle 買わなくてよくなったのかどうか。あるいは共存の可能性? #mwlive/電子書籍について決定的な流れができるかと期待していたが、まだわかんないって感じ。紙の本のよさを云々するひとがときどきいるけど、整理して置く場所なくて困ってるひとがたくさんいるってことがわかってない。保管場所がないから買い控えているひとは、スペースの心配がなくなれば、たくさん買う。/iPhone の容量と性能が上がれば、適当な外付けディスプレイがあれば、問題は解決するのかもしれない。 #mwlive
  • 数日前、某大型書店のカウンターで「研究費で20冊ほど購入したい図書があるのですが、必要書類と一緒に大学に届けてもらうとか可能でしょうか」と尋ねたら、「そのような特殊なサービスは行なっておりません」と店員。萌え萌え表紙のコミック雑誌を嬉しそうに購入した直後に尋ねたのが失敗だったか。
  • 「日本初?の Kindle マンガが登場 - うめ「青空ファインダーロック」」(08th Grade Syndrome) http://j.mp/5GSKgs/「日本初? kindleで日本語漫画を出してみよう企画」(難民チャンプ) http://blog.chabudai.com/?eid=912037/RT @lost_and_found 電子書籍のフォーマット変換ツール一覧 http://wiki.mobileread.com/wiki/E-book_conversion
  • マカーではないので、iPad でなければならないとは思わない。「CrunchPad http://j.mp/6kJ2aW が amazon と組んで Neo Kindle」みたいな筋書きもありえたのでは。結局は、iTune Store と Amazon の対決になるのだろうし。
  • @heibonshatoday コメント恐縮です。そうですか、残念です。原著はもう新版が出ている上に、旧版の原文は全文公開されてるので、大丈夫かなとも思ったのですが……。 http://j.mp/d5D1GJ/無料公開されている Stanford Encyclopedia of Philosophy ( http://plato.stanford.edu/ ) の各分野(例:政治哲学)の主要項目を翻訳して冊子で刊行とかいうプロジェクトがあれば翻訳の手伝いぐらいはやりますけども。/(翻訳料は要らんけど、どっかから刊行されたということを公の業績として申告ぐらいはさせて欲しい。&たぶん非常によい教材になるので講義とかゼミで使いたい。)
  • 現代の日本社会に教養の精神が全く根付いていないわけでもない。教養に対するルサンチマンがあるぐらいだから、教養の精神が絶滅しているとは思えない。
  • 学内COE論集のゲラの校正と学生論集用のゼミ論三本のチェックがようやく終了。提出。まだシラバスが残っているが、午後は期末試験監督業務もある。/論集に書いたジョージ・ケイティブ論、内容を3月10日に報告しなければならないらしい。一日がかりの報告会らしく、どの時間帯がいいかときかれたので「法学部のせんせい方にはちょっとしんどい内容だと思うので、他学部の時間帯を希望」と返事。たぶん文学部の時間帯の前後になりそう。
  • 某四回生が研究室に来たので面談。法学部になじめず苦労していた学生だが、なんとか卒業も決まったようだ。面白いぞと薦めた『『坊っちゃん』の時代』を全巻揃えて読んだらしい。萩尾望都版の『恐るべき子どもたち』も読んだと言っていた。しかし薦めた記憶がない。ミクシィに気づかれたか?

2010年01月29日(金)

  • アイコン変更。バーン=ジョーンズの描いたモリス。モリスは一生懸命自作の詩を朗読しているのですが、それを聴いているはずのバーン=ジョーンズは爆睡。
  • しかし夕方に読んで印象に残った記事を夜になって探すのがこんなに大変だとは思わなかった。フォローするのは200人ぐらいが限界かも。
  • まだALDにも出てないのに、既にTL上にはサリンジャーの死をめぐる訃報とダジャレが飛び交っている(誰もハッシュタグをつけてないし)。数時間後、フツーの時間に目覚めたひとたちはさぞ混乱するであろう。良心的なひとが非公式RTとハッシュタグでまとめてくれるといいのだが……。/風と共にサリンジャー http://twitter.com/nzm/status/8333058410

2010年01月30日(土)

  • [政治学の授業で教材になりそうな映画について]映画だと『スミス…』は現実味がないから使ってないですね。『動物農場』は暗すぎてドン引きされました。日本政治思想史でみせた『日本のいちばん長い日』は大変反応がよかったのですが、グロいと苦情がでる可能性あり。吉田喜重『戒厳令』は思案中。寝ちゃうかな。/一般科目(旧教養)の政治学だと、評判がいいのはルメット版の『12人の怒れる男』。審議デモクラシー論の前後で使ってます。既に見たという受講生が多い場合には『12人の優しい日本人』。あと『小説吉田学校』『13デイズ』『クライマーズ・ハイ』『大統領の陰謀』。/それに『グッドナイト&グッドラック』『オール・ザ・キングスメン』。ポイントは歴史的背景と主な人物関係(ラスボスは誰か)を丁寧に説明することと、問題の所在を示し、予め設問を与えておくことでしょうか。観た後に設問に答えなければならないから、受講生は必死で考えながら観ることになります。/そうですね。あとやらしい場面もNGだから……『金環触』とかは使えない。それにあの映画、濃すぎる……。/あと日本語の音声と日本語字幕は両方あった方がいいようです(ストーリーが追えない)。/『攻殻機動隊』で政治学……なんてことをやっている知人もいるのですが、ぼくには無理。
  • 教育のことを考えだすと、どうしても研究のことがどこかへ飛んでいく。/たぶんこの15年ぐらい、研究のための時間の何倍もの時間を教育のために費やしてきたのではないかと思う。つまらんことにばかり詳しくなってしまった。
  • 今度は「教養は高級品」説か。それまで本なんて読んだことのないひとが、はじめて文学作品を読んで、ああこういう世界があるのだと思うことも、思想史の中での「教養」には含まれるのに。教養を「庶民には手の届かないもの」とか「偏差値の高い秀才のためのもの」と捉えたい欲求がどこから来るのやら。/ひとびとか「人類が知り得た最も尊いもの」に触れることで、「人間なんて罪深い存在。偉そうに威張ってるけど、誰もが屑」みたいなルサンチマンとか「結局は快楽の量」みたいな功利主義とかの呪縛から、ほんのひとときでも解放され、感受性を自由にできたなら、世の中はもうちょっと住みやすくなる。/……とマシュー・アーノルドは『教養と無秩序』で書いている。かつての大学の教養部は「教養人」を育てることには失敗したかもしれない。しかし、教養なひとときを学生に提供することには、それなりに成功していたのではないかと思う。そんなもの要らないと言われたらそれまでだけど。/夜間主の授業を聴いていた地元企業の経営者(中年男性)。課題図書のツルゲーネフ『父と子』にえらく感動したらしく、先日街中でばったり出会った際、「あのあと『はつ恋』を読んだのですが、読んでるうちになんかこう気持ちがフワフワしてきて……」とか喜んでた。いいぞおっさん。それが教養だ。
  • 20年ぐらい前の大阪では、ポルノ映画館を借り切って「アンジェイ・ワイダ特集」なんてのもあったような気がするが、まだやっているのだろうか。寺山修司も、鈴木清順も、吉田喜重も、大島渚も、吹田のポルノ映画館で観た記憶がある。寺山『ボクサー』とか東陽一『サード』は雰囲気があってよかった。
  • 学部広報用のDVDを作るなら、十年ぐらいは使えるように、「学部長」といった確実に修正が必要になる表記は使わない方がよい。あと、転出しそうな教員の出演も避けた方がいいかも。まあ、人気のあるひとが多いし、出演を頼む際に確認をとるわけにはいかないから仕方ないんだけども。
  • 研究モードに戻すべく、周辺の書類を片付けていると、読み忘れていた週刊文春が二週分。前号(1月28号)から「読者より」のページの伊藤理佐「おんなの窓」が「ピンチヒッター」吉田戦車の「男の窓」になっていることに気づく。いや、気づいている場合ではないのだが……(※最終回は2月18日号)。

2010年01月31日(日)

  • こんな風に部屋に閉じこもり、自己内対話を繰り返しながら、いろんなことに納得する一日のことを、ブルース・アッカーマンとジェイムズ・フィシュキンは「熟慮の日 deliberation day」と呼んでいます(嘘)。同名の共著も、もうすぐ邦訳が出るそうです(これは本当)。
  • 公共圏をめぐる議論の尻馬に乗って、教養とは〈理性の公共的使用〉能力の陶冶であるという定義で、もうちょっと頑張ってみようかと。〈教養=豊富な知識〉説とか〈教養=役に立たない高級品〉説に抗するために。しかし〈理性の公共的使用〉で分かってもらえるかどうか不安。
  • ツイッタで教わった John Burrow, A History of Histories http://bit.ly/9avWGd が届く。好みの装丁。非常に目配りのよい史学史。20世紀編(ウィッグ史観批判、アナール学派、唯物史観、人類学、多様化)だけでも立ち読みする価値あり。/邦訳はないが、John Burrow はA Liberal Descent とか Whigs and Liberals とか面白い本がたくさんある。三月末に出る予定の An Intellectual History of England も楽しみ。/[ジョン・バロウは既に亡くなったという情報に]ええっ、亡くなってたのですか……。たしかに彼はサセックス学派の重鎮でした。/Burrow のおくやみ(http://www.guardian.co.uk/books/2009/nov/17/john-burrow-obituary)を書いている Stefan Collini もサセックス学派ですね。/コリーニといえば、エーコのタナー講義にローティ(哲学者)カラー(文学者)ブルック=ローズ(作家)のリプライを付した『エーコの読みと深読み』(邦訳は岩波書店)の編者として有名かもしれません。分野の異なるメンバーで読み合わせをするといろいろ発見のあるよい本です。/第一作 liberalism and sociology (Hobhouse 論) と小品 Arnold 以外は論文集ばっかりでこれといってまとまった仕事はしていないけれど、Collini は最も憧れる歴史家の一人。邦訳としては他に共著の『かの高貴なる政治の科学』が。
  • どうも。聴けなかったのですが、宮崎でのダーウィン・シンポでのご報告は活字になさったのですか。諸々の事情でホッブハウスを勉強してるのですが、スペンサーの存在はやはり大きかったのだなと今頃痛感してます。しかも日本ではほとんど誰も手を出してない。/おお、これは貴重ですね。ブログ(http://plaza.rakuten.co.jp/cambria/)の方も早速「はてなアンテナ」(idはhptです)に登録させてもらいました。/そういえば、John Burrow には Evolution and Society なんて名著もありましたな。ちょっと古い本ですが。

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Wednesday, February 10, 2010

"twilog" と「ふぁぼったー」

更新が滞っているという指摘を学生から受けたので、必要な機能が揃ったことだし、twilog、また使わせて頂くことにしました。「よりぬき」的なものはふぁぼったーを参照。

Hootsuiteで見ていると、誰とのどういう会話かも表示されるのですが、クライアントを使わないと誰のどの発言に対するレスポンスかわからないというもどかしさがあります。togetterというサーヴィスを使うと、こういうものをまとめることもできるのですが、案外面倒くさい。

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Tuesday, December 29, 2009

Twitter LOG 20091201_1228

2009年12月分のつぶやきを整理。12/29から1/3は別扱い(そうあってほしいという希望も含めて)。
Tue, Dec 01

  • 『動物農場』、刺激が強すぎたかなあ……。ネガティヴな授業評価をくらいそうな悪寒。
  • 「ニューアカ」世代ですが、「娯楽として消費できる学問」というイメージが強いです。サヨクである方が売れてましたが、それは高等遊民的な心性にあってたからで、他方では保守の特集組んだ『宝島』も売れてました。あと『現代思想』よりも『朝ジャ』。「ニューアカ」ブームの起点は、『構造と力』の第一論文と朝日ジャーナルだと思います。『朝ジャ』、80年代後半には、いまのSPA!みたいな感じで気軽に読まれてました。>ニューアカ
  • 河原祐馬さんから島田幸典・木村幹 (単行本 - Oct 2009)『ポピュリズム・民主主義・政治指導―制度的変動期の比較政治学』( http://bit.ly/6DSqvt )を頂いてました。ありがとうございます。木村雅昭先生の門下の方々はお元気ですね。
  • 芝崎厚士さんから『近代日本の国際関係認識――朝永三十郎と「カントの平和論」』( http://bit.ly/6wqxlq )を頂いておりました。ありがとうございます。今後もよろしくお願いします。
Wed, Dec 02
  • ヘイトスピーチにせよ性的な描写にせよ、観る者の感情を傷つけるものが文化と呼ばれるものの中には山ほどある。「基本的人権を尊重する」という態度(それを誰が否定できよう?)の首尾一貫性というコレクトネスの観点からいえば、表現を改めるべきだという批判には真摯に応答するしかない。/ポリティカル・コレクトネスとは、ぼくの理解するかぎりでいえば、単なる言葉狩りではない。「あなたはどのような政治的なお立場なのですか。もしもリベラルな権利を擁護するお立場なのであれば、ひと傷つけるような表現を使うことは正しくないですよね」という信念の問題にまで踏み込む厳しい詰問。
  • デモクラシーはどのように失敗するかという話になってしまったので、デモクラシーはどのようにして成功するか(How to make Democracy Work)ということでソーシャル・キャピタルの話を挿入することにしよう。ちゃんと適当な教材も探して。 #lecture_note
  • 「存在の豊穣さ」ですが、いろんな側面があると思うので「それでもみたい何か」では尽くせないです。井上達夫さんも困った末にそう呼んでるって感じでした。『現代の貧困』だったと思います。井上作品の中ではいちばん好きな本です。 RT @natsukifune: 「存在の豊穣さ」
  • いろんなことが中途半端にしか終わらないのだが、まあ仕方がない。現実にけじめがつかないのなら、気持ちにけじめをつけるしかない。
  • まとまった長編が読みたいのに、物語をなかなか続けてくれない冬目景の初期短編集が刊行( http://bit.ly/6ExEBH )。原作のあるものでもいいから長編やってくれないだろうか。
Thu, Dec 03
  • オバマの "I have never used Twitter" 発言の最大の影響は、これで『Twitter 政治学』という本が非常に書きにくくなってしまったということではないかと。いや、既に書き始めていたのに、この発言で企画が吹っ飛んだなんていう不幸なひとがいる可能性も。
  • 過去の研究成果の継承を主たる基盤とする学問分野と、過去の研究成果との批判的な切断を基盤とする学問分野があるような気がする。前者において、研究者は過去の研究史についての深い理解を要求される。後者においては、過去の学説を退けるための正統な手続きとしての「職能」が必要となる。/あるいは、過去の遺産についての深い理解の継承に力点が置かれる分野と、新しい何かをもたらすための手続きの批判的継承に力点が置かれる分野という区別の方が適切かもしれない。思想史や文学研究は前者。深く理解すべき遺産については一定の合意があるが、発見をもたらす「職能」について合意はない。/ただし、過去の遺産についての深い理解と、新しさをもたらす正統な「職能」(方法論)を対立的に捉えるのは間違い。過去の遺産についての深い理解が、方法論を前進させることは少なくないし、逆もまた真なり。/いわゆる「批評」が成り立つための条件に、過去の遺産についての深い理解は含まれるのだろうか。あるいは、過去の一切を「古い」と葬り去る革命的な方法論だけでいいのだろうか。
  • というわけで(?)昨日コピーした小田切秀夫、平岡敏夫、色川大吉、北川透の北村透谷研究をひたすら読むわたくし。面白いのなんのって。
  • 53号の感想。「とめはねっ!」その昔「ドカベン」とか「釣りキチ三平」読んだときのように毎号楽しみにしています。「ひらけ相合傘」極地召喚術ちょwwW。別の術もありそう。「竹光侍」今回もリキ(犬)が激萌。 #weekly_spirits
Fri, Dec 04
  • 53号。「かもめ☆チャンス」好きはこの瞬間を逃すと後悔するであろう回。「鬼龍院冴子」、ミステリ好きは必読か(?)キャラの豊饒さと背景の手抜き加減に三上龍哉という作家の底知れなさを。「じみへん」は「論理マン、欲望について哲学する」篇。 #weekly_spirits
Sat, Dec 05
  • Twitter というのは非常に回転が速いというか、一週間前に何をつぶやいてたか忘れるどころか、何を考えていたかとか、何が流行っていたかすら忘れてしまう。あと、少しずつ飽きつつもある。まあケイティブによれば絶えざる過去との決別と更新こそがデモクラシーのエートスなのだが……。/もちろんそれは、再帰的近代の最も顕著な特徴だともいえるだろう。
  • 本日は非常勤先の補講。09:30-11:00、11:10-12:40、13:25-14:55、15:05-16:35、16:45-18:15。電車で行かなければならないので08:00に出勤、帰宅は20:00ぐらいか。近くにコンビニすらない大学で、食堂も休みだから弁当が要るなあ。
  • 頭をもたげよ、而して視よ、而して求めよ、高遠なる虚想を以て、真に広濶なる家屋、真に快美なる境地、真に雄大なる事業を視よ、而して求めよ、爾の Longing を空際に投げよ、空際より、爾が人間に為すべきの天職を捉り来れ、嗚呼文士、何すれぞ局促として人生に相渉るを之れ求めむ。(透谷)/しばらくは、敢えて「真贄なる霊剣を空際に撃つ」マスラヲたれという透谷先生のお言葉を励みに頑張ろう。がんばれマスラヲ、まけるなマスラヲ。マスラヲというよりは太っているからマシュマロって感じだけど。
  • 頭脳をイライラとモヤモヤから解放する魔法の言葉、「ジャッジメントですのっ!」――声優さんの声に萌えるとかそういうことではなく、悩んでいること自体が馬鹿らしくなるという意味で。
Sun, Dec 06
  • 今朝の「ボクらの時代」は、さだまさし×服部親子(克久&隆之――良一の息子と孫という位置づけ?)。「裸体と衣装」と申したか。/文化資本の話。敢えて世襲について語ってみるという感じ。「剣客商売」ってのは面白い比喩。/「音楽家」という職業は存在しない。だから職業を書かなきゃいけないときには、「作曲家」とか「編曲家」と書くようにしていると服部克久。ああそういえば「音楽」はお金になりませんよねとさだまさし。文系の学問も似たようなもの。「研究者」ではなく、皆「教員」で食っている。/今日の三人は、おそらく三谷幸喜人脈の人選だろうが、面白かった。 #jidai (フジの「ボクらの時代」用ハッシュタグ)
  • リソグラフって、印刷するとき、「気合いだっ、気合いだっ、気合いだっ」(アニマル浜口)みたいな音がする。印刷の速度を上げれば、とうぜん「気合いだっ、気合いだっ、気合いだっ」の回転も速くなる。大型車の〈バックします≒ガッツ石松〉よりも、最近はこっちの方が気になる。
  • クレイドール・ドーパントの右手ってアッガイっぽい。アッガイ!アッガイ! http://www.gizmodo.jp/2008/08/post_4241.html
  • 政治学の授業で使えそうなハッピーエンドの作品を求めて、『月のひつじ』( http://bit.ly/6zXspb )を観る。正直物足りないし、ちょっと使えない。ひつじもほとんど出てこない。
  • ケンブリッジ政治思想史文庫のエマーソン http://bit.ly/5b62QX とソロー http://bit.ly/7thbC1 が届く。ホイットマンは不案内なのでペンギン・クラシックス版 http://bit.ly/5hwSE6 を購入。ただ、ケンブリッジ版のエマーソン政治論選集とソロー政治論選集には、両者の有名な作品は非常に不十分にしか収録されていない。手頃な選集を別に購入する必要あり。ペンギン版かなあ。 #emersonian
  • 近所の大型書店、なぜか月刊コミック・バーズは毎月四、五冊入っている。いろんな意味で重たい雑誌。最新号(2010年1月号)で大東京トイボックス第30話。深夜会議でなんとなく解決。だけどかわいそうな月山ちゃん。東京トイボでは見えていたはずの太陽とのつながりがだんだん消えてく感じ。
  • 『アラバマ物語』( http://bit.ly/6XUiNo )もちょっと授業で使おうという気にはなれんなあ……。
  • 坂の上の雲なう。今週も菅野美穂好演。隠そうと必死なのに全部顔に出てしまう無防備さを演じたら現時点では日本一ではなかろうか。あと、香川照之演じる正岡子規のダメ人間っぷりも。このひとはダメ人間しか演じちゃだめというか。
Mon, Dec 07
  • 某学会の書評アンケート、以下の七冊を。松田『江戸の知識から明治の政治へ』、片山『近代日本の右翼思想』、石川『アメリカ連邦政府の思想的基礎』、井上『ジョン・デューイとアメリカの責任』、スキナー『近代政治思想の基礎』、堤林『コンスタンの思想世界』、松元『リベラルな多文化主義』。
  • 「全体主義」という言葉の意味については、「全体性」という言葉がある時期にどういう呪縛力を持ったかということを知らないと、大変な誤解に陥る可能性がある。それは individualismに対する collectivism ではないし、定義にもよるが「ファシズム」とも違う。/「十秒で説明しる」といわれたら、ぼくならば「全体主義っていうのは、大まかにいえば人格に対するトータルな支配のことです」と答えるようにしている。
  • 「自由を強制する」一般意志の抑圧性や権威主義性を指摘することと、ルソーを「全体主義者」呼ばわりすることの間には何段階もの議論のバリエーションがある。ルソーの「全体主義」を批判しているようでいて、実は啓蒙思想そのものを「全体主義」と見なしているような議論もある。/歴史上存在した全体主義体制についての最も整合的な議論はアーレントのものだが、アングロサクソン系の研究者の中には「アーレントだって、古代的な政治への憧憬ということでいえば、ルソーの同じ穴のムジナじゃないか」なんてことを言うひとも少なくない。「ルソーと全体主義」問題の難しさの一因。/アーレントとかタルモン以外に、全体性についてはマーティン・ジェイ http://bit.ly/5Wv6l3 のほか、ゲイ http://bit.ly/6cpRMG の第四章「全体性への渇望」が有益。あと必読はジジェク http://bit.ly/7QUSGz
  • 全員一致の「一般意志」と個別意志の集計結果である「全体意志」の間に決定的な相違を見出すルソーの社会契約論が、近代社会における「比較不能」な価値の多元性と相容れるとはどうしても思えない(一般意志と全体意志の区別を無視すれば、それはもはやルソーではない)。/現代のデモクラシー論は「一般意志」(全員一致)か「全体意志」(多数決)というルソー的な問題設定を放棄し、理性的な「熟議」を踏まえた多数決(ハーバーマス)かたんなる「集計」の結果としての多数決(シュンペーター)かという選択肢を提示しているように思う。/リベラリズムに対して批判的な「コミュニタリアン」のサンデルですら、ルソーに対しては手厳しい。サンデルは「ルソー的共和主義」は価値の多元性という近代社会の前提と相容れないダメ理論として退け、代案として多元主義と親和的な「トクヴィル的共和主義」を提唱する。/比較的ルソーには好意的なチャールズ・テイラーですら、具体的な政治のあり方については、「手続き的リベラリズム」以外に選択肢はないとはっきり述べている。/そして、実はルソー自身が社会契約論のプロジェクトに対して晩年に悲観的な態度をとっていたのではないかという疑念がある。その根拠は『エミール』の続編である「エミールとソフィあるいは孤独に生きる人たち」(白水社版『ルソー全集』8に収録)の鬱展開。/だから、現代という「比較不能な価値の迷路」においてルソーの社会契約論の復権をはかるのは大変だろうなあ……というのが政治学者の一般的な反応なのではないかと思う。 #rousseau
  • まあでも、熟議デモクラシーを突き詰めていけば、直接デモクラシーにしかなりえないし、それがルソーの魂だというのは鳴子先生の持論でもあったような気が。ルソー研究の最前線では、そういう議論もあるのかも。 #rousseau
  • 契約論の「プラス・マイナスが相殺され、その差の総計として一般意志が残る」を熟議による選好変容の結果の「合意」と読むことで、一般意志と全体意志の対立を弱める解釈があることは存じております。そういう妥協を認めるかどうかですね。 RT @aoimogura: 擬制 #rousseau
  • ぼくは基本的には、ルソーは意識の「透明」への渇望をいろんなものに投影し続けたひとで、社会契約論は、政治的な革命によって(「新しい結社によって」)「透明」を実現する試みだったと理解しています。そして見事に失敗して、自己内対話という「夢想」に至るというシナリオ。 #rousseau
  • 一酔人「「全体主義」というユートピア――伊藤計劃『ハーモニー』(早川書房、2009年) 」 http://ow.ly/JsV2 なるほどねえ、いろんなことが連動して進んでいる模様。もういっそのこと「全体主義2.0」とかでいいんじゃないのという気がする。/村上春樹風にいえば、「高くて、固い壁」という「システム」のの存在がリアルに感じられて、まるで自分が「それにぶつかって壊れる卵」であるような気分が共有されていた時代には、「システム」に抵抗する身振りとしての「文学」や〈市民社会≒生活世界〉の政治学が知として魅力的だったんだよなと。
  • 少なくとも20年前には、「システム」(ええかげんな言葉遣いでスマン)とか国家権力みたいなものにのみ込まれないための知、「システム」とか国家を批判し、あくまでもその外で規範形成を行うための知としての「市民社会の政治学」が非常に強い影響力を持っていたように思う。/いまはなんだか、いかにも政治家とか官僚になりそうなひとも、おそらく絶対にそういうポジションに立つことはなさそうなひとも、どういうわけか全能感たっぷりに「システム」の構築と管理について語りたがるって感じが。「インテリ」も、もはや文学者とか政治学者ではなくて、経済学者とか行政学者。
  • これは身も蓋もない答え方をすれば両方だと思いますよ。ぼくは「壁」を担っている「市民」であると同時に、「壁」に脅威を感じずにはいられない「人間」です。前者の側面を強調するのが人民主権論。後者の側面を強調するのが立憲主義とかリベラリズム。 RT @greatJT: どっち側に立つ?
Tue, Dec 08
  • 「人はアリストテレスを、スピノザを、ロックを、モンテスキューを研究し議論することはできる。しかしルソーは好くか憎むかの二つに一つである」桑原編『ルソー研究』 http://bit.ly/5LMMJ5 #rousseau
  • 「生まれて初めて、しかも最愛のひとたちから、恐ろしい不正を経験した子供を想像したまえ。この知性と道徳を持った幼い存在の中に、どんな変動が起こったか!この事件が、私の子供時代の朗らかさの終わりだった」ルソー『告白』。 http://bit.ly/6WEnCW #rousseau
  • 「この瞬間に、子供らしい幸福の純粋さを破壊する破局が起こったのだ。……ジャン=ジャックは懲罰の中から…自分の孤独と分離とを発見する」スタロバンスキー『透明と障害』。 http://bit.ly/5xzKwG http://bit.ly/7812Rr #rousseau
  • 「悪(文明社会)そのものの中から、それを癒す薬を引き出す努力をしよう。新しい結社によって、一般的結合の欠陥を矯正しよう。最初の人為が自然に加えた悪を、完成された人為(アーキテクチャ?)が償うことを、神に見てもらおう」ルソー「社会契約論 ジュネーヴ草稿」。 #rousseau
  • 「[自己に忠実な]「人間」をつくるか[社会に従順な]「市民」をつくるか、選ばなくてはならない。両方を同時につくることは無理だから。しかし、もし万一、両者が一人の人間の中で一致しうるとすれば……」『エミール』 #rousseau 『ナッジ』 http://bit.ly/4XGsgE
  • ナッジストよりは、なっちすとでいたい。(嘘。「モーニング娘。」、区別すらできない。)
  • 日本イギリス哲学会第34回大会@慶応日吉は、2010年3月26日(金)と27日(土)だそうです。http://wwwsoc.nii.ac.jp/jsbp/ 詳しくは会報最新号。おお、今年度の企画は…… http://j.mp/90rLGc
  • 五百旗頭薫・作内由子・伏見岳人「90年前の東大生のノート」『書斎の窓』590(2009年12月)。赤松克麿と岡義武による吉野作造の講義のノートの復刻をめぐるあれこれ。今後も続けるそうです。雰囲気的に、まとまったら有斐閣から出るんだろうなあ。/ちなみに、2年生ゼミをもったときに、法学部の諸々の授業のノートを幾つか提出させ、相互に意見交換させたことがあるのですが……。学生のノートって、ときどき見せてもらった方がいいと思いますです。
Wed, Dec 09
  • 昨日メールで提出された学生のレポートに返信したコメント。「あなたのレポートには、本文中に幾つもwikipediaへのリンクがはってありますが、その理由を説明して下さい。その説明を受けた上で、あなたのレポートを受理します。」
  • たぶん慢性化してるから、自分で見てもおかしいと思わないんでしょうね。受講生の数が100人を越えると必ず数名はいますから、数パーセントの割合で必ずいるということなんでしょう。八、九割に教育が行き届けば十分なので、深刻視はしてませんが。 RT @natsukifune: 紙ベースでも
  • そのことを示唆するためだけに、長々と書いてきたような気もするのですが、要するに、ジャン=ジャック・ルソーというのは敗北フラグだと思うのです。 #rousseau
  • ゼミ説明会終了。「テガミバチが面白いから来年度は宮沢賢治やります」などとは言えない雰囲気だったので、「日本の1920年代という観点から宮沢賢治について考えてみたい」とか言ってしまう。やる気のある学生だけ6人ぐらい来てくれるとありがたいのだがなかなか思うようにはならないと思う。/某同僚はフェミニズムをやるのだとか。女子学生だけではまずいので、是非とも男子学生もと言っていたが、もしも妙木忍『女性同士の争い』 http://bit.ly/7vs9yv とか読むのだとしたら、女子学生だけの方が議論が殺伐としていい感じなのではないだろうか。/ああ、それとこれも言い忘れたが、たぶん来年のゼミでもたくさんDVDを観ることになると思う。まあ、銀河鉄道とゴーシュは有名なのがあるわけだし。
Thu, Dec 10
  • ぼくの愚かな欲望が「自発的な選択」によってささやかな幸福に結びつくような選択アーキテクチャ(「幸せになりたいけど頑張りたくない」アーキテクチャ)を、誰か作ってくれないかと、各方面のえらいひとに頼みに行って断られるという夢をみた。
  • シュミットのハムレット論についての長谷部恭男の書評(UP33-3,377,200403)の複写が二日前に届く。「公共空間を破壊しかねない世界観を私的領域に封じ込めることに力を注いできた」憲法学は「芸術と政治の融合」にも「警戒を怠るべきではないのであろう」云々。これが憲法学。
  • ケイティブ論、ようやく脱稿なう。昨日は20時に寝て、23:50に起床してそれからずっと起きている。もはや早起きとかいう生活時間ではないなあ。
Fri, Dec 11
  • 「内なる大海」 "inner ocean" (ホエールズになるから「大洋」はやめた)とか言い出した段階でだめじゃんと思ったりもしたが、公共圏とか社会政策とか言い出さないで、「デタッチメントでいいんだよ」と道徳的個人主義を唱えるケイティブには、やはり不思議な魅力が。 #kateb
Sat, Dec 12
  • ありがとうございます。助かりました。 RT @katatemaru: タイポを発見
  • 近年の共和主義的な政治理論はコミットメントを制度的/非制度的に調達しようとするのですが、ケイティブの議論は「エマーソンを嫁、ちゃんと必要なときにはコミットメントに向かう立派なデタッチメントのかたちもあるのだ」と説いているわけです。/大まかな図式としては〈だめなデタッチメント=繊巧細弱なる文学〉を批判しつつ、アーレント=愛山的な共和主義的コミットメント派とは異なるエマーソン=透谷的な〈よいデタッチメント=道徳的個人主義〉の重要性を説いているのがケイティブです。/なんとなくですが、ケイティブの日常/非日常って、Ackerman の normal / constitutional politics に対応してるんじゃないかとか、エマーソニアンも熟議の日には参加するんじゃないかと考えています。RT @katatemaru: デタッチ一辺倒に
  • ケイティブはアーレントの「行為」論には懐疑的ですが、彼女の「思考」論からはむしろ多大な影響を受けていると思います。そんな風にアーレントを分断すると専門家には怒られるのですけど。 RT @katatemaru: 内なる大海
  • 本当にエマーソンを読むと健全なデタッチメントのエートスの存在を確信できるのかといえば、ぼく自身はケイティブほど楽観的にはなれません。しかし興味深い議論だし、彼が村上春樹と一緒にプリンストンで名誉学位をもらっているのは面白いことです。デタッチメント→コミットメントな二人ですから。/なお某研究会で話題になった同時授位者は、村上春樹よりも、クィンシー・ジョーンズでした。大島の愛のコリーダ(原題は "l'empire des sens". Barthes, _l'empire des signes_ のもじり)の主題歌をカヴァーして売れまくったあのひとです。
  • 無名塾マクベス、うちは教育がちゃんと映らないので見なかったのですが、配偶者の話では、ミレーのオフィーリア等々、絵画の中のシェイクスピアって感じを強調していたのだとか。しかし日本人がそれをやると……?
  • ああ、ウェンディーズに行きたいなあ。岡山にはないけど、新幹線で新神戸まで行こうかなあ。あんな美味いものが食えなくなるってどうかしてるよなー。
  • 『ひまわりっ!』がもうすぐ終わるという衝撃的なニュースが……。『テンパリスト』に専念するつもりか。
  • 注文してた『自由への問い1 社会統合』 http://bit.ly/5YoDTZ が届いたので、愛敬論文を読む。あらゆる「善き生」問題の私事化(長谷部恭男)に抗しつつ「宗教の脱私事化」の可能性について。ほかにも「脱私事化」を考えてよい問題があるような気が。コノリーは出てこず。/よく考えたら(考えなくても)、リプロダクションの脱私事化って、フェミニズムの中心問題ですよね。
Mon, Dec 14
  • 学内COE国際シンポ「東北アジアの幸福観」で「世俗主義の幸福論」という話を。内容はテイラーの世俗化論。「世俗化」という新たな自己理解の創出の中で幸福は是認され、多元化したけれど、それでもカトリックは存在意義を失わないという話。(ポスター http://ow.ly/LAAg
  • 基本的には文学部を中心としたシンポで、懇親会まで参加した法学部教員はA研究科長とぼくの二人、経済学部は某先生お一人。いろいろ話したいこともあったのですが、アレルギーがひどかったので途中で失礼させて頂きました。関係者の皆様にはいろいろお世話になりました。どうもありがとうございます。
Tue, Dec 15
  • 某学会会報29号のファイルが届いたので、リサイズしてうp。某学会HPの「刊行物」のページで閲覧可。来年度の大会のプログラムを掲載。記事の小ネタは某学会HPのタイポについての某先生のご指摘、大ネタは京都学派本についてのUさんの書評。なぜか政治思想業界で京都学派が流行りそうな予感が。/ウェブに掲載する際、もらったPDFには必ず「ポストスクリプト(.ps)形式で保存→最小ファイルサイズに設定した acrobat distiller でpdf化」というリサイズを施している。これで5分の1ぐらいに軽量化できるのだが、ベストの方法なのかどうか不明。/書類については、できるだけよい状態でスキャン(カラーのpdfファイル)→「白黒・最小ファイルサイズ」に設定した acrobat で「印刷」(白黒のpdfファイル)→「検索可能な画像(非圧縮)・ダウンサンプリング最低(600dpi)」でテキスト認識という処理。意見求む。>識者
Wed, Dec 16
  • シラバス書くのにもたつく理由は、決断力のなさ。そういえばあれもやりたかったなとか思ったら負け。
Thu, Dec 17
  • ドトールでコーヒー買って山陽本線なう。寒い日の熱いコーヒーは格別ウマー。
  • どうも先日の研究報告の影響か、いつもなら60分ぐらいかけて説明するレジュメをひどく短時間で話しきってしまう。まあ重い話を長々と説明するのはもともと苦手で、できることなら簡潔に、というか、軽薄な短時間の説明で済ませてしまいたいという抑えがたい欲求が。
  • なんとか学部専門科目シラバスdone。来年夏に刊行予定の編著が教科書。出るかな、出るといいなあ、出てほしいなあ。/しかしまだ大学院が二つ、ローが一つ。諸々の事務連絡もしなければ。
Fri, Dec 18
  • 木七限ゼミは昨晩が年内最後。予定執筆者三名のうちの二人の中間報告。残る年明け二回で完成までたどり着くか不安。しかしまあ年内最後だからと忘年のための会食に突入。某くんご推薦の魚河岸えびす。贅沢したつもりでしたが、値段の安さにびっくり。
  • 訳者の高橋良輔くんからバウマン『幸福論』( http://bit.ly/5XDrvE )を頂きました。ありがとうございます。再帰的近代におけるライフとは、「人生という作品」の構築を永久に繰り返さなければならない「地獄の石積みの苦行」。バウマンって1925年生まれなんだ。すげー。
Sat, Dec 19
  • すいません、勝手にまとめさせて頂きました。 @katatemaru http://togetter.com/li/1954 しかし、使えそうで、案外使えませんでした。この不十分な検索機能だけでは非常にイライラが。 http://togetter.com/
  • 「批評」は「全能感」の陥穽をどう回避するのだろう。既存の議論を踏まえることによってだろうか、論理的な整合性だろうか、具体的な(広義の)テクストの読みの確かさだろうか、あるいは「なるほど」とか「わかります」的な身も蓋もない実感という代物だろうか。/思想史研究に話を限れば、過信はあらゆる場合において危険ですが、相対的に信頼度が高く、場合によっては間主観的な検証にも耐えうるような何かは必要だと考えています。 RT @portedieu: @odg1967 それら全て、全能感の陥穽に繋がる気がしますね。
  • どの研究分野にも、業界的にお手本にすべき古典的研究があるわけで、それらの多くを内在的に理解する作業が「間主観的なもの」への共通感覚を陶冶する上では不可欠なんだと思います。偉大な先行研究を内在的に理解した上で、乗り越える。思想史研究のイロハだと思います。他分野も似たようなものでは?
  • 昔から隣接領域のひとによくそういうことを言われるのですが、ぼくがやっていることは間違いなく虚学ですよ。たとえば事典の項目だと http://j.mp/8p2cMs http://j.mp/8QaU5j まあ、ペイター風にいえば、人文系の研究者は「硬い、宝石のような炎によって燃えること」だけ考えてればいいんだと思います。(たぶん嘘)
Sun, Dec 20
  • 想像を絶する打たれ弱さ。ガラスのハート。言葉足らずのコメントをすべて誹謗中傷と受けとめてしまう幼稚な不寛容。普段の優しさ、面倒見の良さからは信じがたい逆ギレと血の粛清。感情をうまく制御できないが故の激高。しかも自分の一時的な感情の爆発を事後的に正当化。空虚な常識論による理論武装。
  • 今朝の「ボクらの時代」は森光子×堂本光一×滝沢秀明。残念ながらこの手の話題は無理なのでパス。精神の強度(というか耐久力?)を高めるためには見ておいた方がいいのだろうが。 #jidai
  • 『イギリス哲学・思想事典』です。ちなみに中項目をもう一つ書いています。 http://j.mp/8afTZP これは某共同研究で論文に仕上げる予定なのですが、関心がムーアと使徒会に移行しつつあるのが悩ましいところ。 RT @waschmaschine: あの事典は
  • 使徒会に関する資料はゴシップだらけで、生真面目なムーアがケンブリッジ使徒会から離れられなくなったのは……だからだとか、現在活躍中の「使徒」の実名とかなんだかこんなことにわくわくしていいんだろうかというネタばかり。自分のゴシップ好きがいい加減嫌になってきます。
  • なんとなく同人誌的なものに書いた潜在的読者数一桁の文書をtwitterで晒すシリーズ。『崇高の美学』の書評 http://j.mp/7dJ9JC ニコルソンの仕事の評価を含め、非カント的崇高論についてはこれで十分かと(嘘)。
Mon, Dec 21
  • 何かに対し「嫌い」とか「興味ない」と口にすることを躊躇ってしまうのは、そう口にすることで、それについての対話を拒否し、将来的にそれに関わる可能性を予め排除しているような気がするから。自分の思考をオープンに保つためには、「魅力がよくわからない」「理解と知識が足りない」と言うべきか。
  • ぼくには戦隊ものと魔女っ子ものの魅力がまだよく分からない。理解と知識がまだ不十分だ。
  • キッチュとかガジェットと呼ばれているものの不思議な楽しさは何となくわかるつもりだが、「おお、これはキッチュだね」とか「なんて魅力的なガジェット」とか口にしている段階で、自分が既に一昔前の、ボードリヤールとかを読んで面白がっていた旧世代なんだと思い知らされるような気が。
  • sugeeeeeeee! 日本政治学会の年報政治学、創刊号から2005年まで全文公開。しかし、非会員にも全文公開という流れは歓迎すべきなのか……。 http://ow.ly/O8vw
  • 間違いなく、システムの維持管理費と人件費で赤字になるんですよね。某学会はHPの管理だけで、人件費が年間約30万円かかっているそうなので、ダウンロード課金の導入まで考えると……だったらやる必要ないっていうのが電子化が進まない理由。 RT @natsukifune: ダウンロード課金
  • いや、ユーザーとしてはありがたい話だというのはその通りです。ただ、できればユーザーがほんの少しコストを負担して、それが版元や学会の利益に繋がる仕組みを作らないと、長期的にはいろいろ問題が出てくるのではないかと。 RT 学会誌電子版の無料公開
  • QUESTIA http://www.questia.com/ みたいなサービスができないかなと願ってます。大手出版社が重要なアーカイブを電子化し、毎月定額で閲覧できるような仕組みですね。
Tue, Dec 22
  • 『書斎の窓』591(2010_01・02)大澤「ナショナリズムという謎」を掲載。佐久間修&毅の対談「今求められる教科書とは?」がwwW。面白いところは、二人の一流の実定法学者が自らの来歴と法科大学院設置後の「研究者教員」の現状について多くを語っている辺り。実定法の「研究者教員」たちは自らが栄える道を本当に選択したんだろうかとか、後継者養成をどうするんだろうかとか、他人事ながら好奇心を。
Wed, Dec 23
  • 田村哲樹さんから小野耕二編『構成主義的政治理論と比較政治』を頂きました(amazonへのリンクは掲載され次第記載)。ありがとうございます。ミニ・パブリックス、熟議デモクラシー、言説の政治。どういうわけか比較政治学叢書の最初の二巻が揃ってしまいました。べ、勉強させていただきますっ!
  • 昨日は早朝も夜も珍しく吐く息が白くなる寒さだった。子供の頃、この白い吐息を鍛えたら(?)ひょっとすると口から炎とかビームを吐けるようになるんだろうかと考えていた。今は冷えると早朝に神経痛、夜に腰痛。寒いのはやっぱり嫌だ。
Thu, Dec 24
  • 本棚の片隅で岩波文庫のノーマン『クリオの顔』を発見。刊行は1986年だから大学に入った年だ。この本の面白さを誰に教わったか、すっかり忘れてしまった。ノーマンという人物については、後に丸山眞男の文章を通じていろいろ知ることになるが、不思議な魅力の一冊。/歴史家の苦悩。「歴史はすべての糸があらゆる他の糸と何かの意味で結びついているつぎ目のない織物ににている。ちょっと触れただけでこの繊細に織られた網目をうっかり破ってしまうかもしれないという恐れがあるからこそ、真の歴史家は仕事にかかろうとする際にいたく心を悩ますのである。」/しかし、悩んでばかりはいられない。「いやしくも歴史の一片を語ろうと努める者は誰でも、その冒頭の一文が継ぎ目のない織物を引き裂くのを感じなくてはならぬということ、それが全歴史の単一性にほかならない。織物は裂かれねばならぬ。」/そして、不思議なことに、引き裂くことで、はじめてわかる繋がりもある。「しかし裂きながらも、我々は、誰の目にも模様を大きく見せていた幾本かのほつれ糸の一すじ二すじがどこから出てどこへつながっているかを目にとめるかもしれないのである。」
  • さて、今日も頑張って引き裂きますか。
  • 具体的なテクストについてのとてつもなく見事な読みと、どうしようもなくダメな読みというのが見分けられないと、思想史研究はつらいだろうなと思う。幸いぼくは早い段階で、アーノルドについてはトリリングと高橋康也、ミルについてはアイゼナッハ、スミス、関口正司という偉大な読み手を見つけた。
  • 「この○×はすごい!」もいいのだけれど、毎年年末に「この読みがすごい!」(あるいは「こんな読み方は嫌だ!」)みたいな特集をどこかで組んでくれないだろうか。批評家道場みたいなものよりも、よっぽど有益だと思うのだが。作家が自作についてのよい書評とダメな書評を選んで晒すとかでもいい。
Fri, Dec 25
  • 今週号(2010年2・3号)の『スピリッツ』、「バンビ~ノ!SECONDO」で小道具に Twitter が登場。新参者が新たな人間関係を築こうとしても、下手をすれば既に存在する潜在的共同体の中で晒し者になってしまう。Twitter が可視化する潜在的共同体の、独特の不寛容。
  • 先月号(2009年12月号)だったかの『月刊コミックバーズ』掲載の「大東京トイボックス」第29話「キャロットなう」(現在yahoo!コミックで閲覧可)にも小道具に Twitter が。こちらは逆に、Twitter がいかに潜在的な共同体を可視化するかをポジティブに描いている。
Sat, Dec 26
  • 某非常勤でシラバス依頼。昨年度と同じくウェブ入力。しかし、来年度から15回の授業と定期試験との合計16回を確保しなければならないとのこと。がちょーん……と思わず昭和なリアクション。
  • 日本政治学会編『年報政治学2009-II 政治における暴力』が届く。さて恒例の「2008年度学界展望」、自己申告しなかったせいか岡崎編『はじめて学ぶ政治学』所収の「代議制」も某学会年報の「現代の共和主義」も『イギリス理想主義研究年報』掲載のバーク論もすべてスルーされますた。全滅。
  • クリスマスに相方からもらった松永製菓の新製品しるこサンドスティックなう。http://www.matsunaga-seika.co.jp/goods_info/index.html /元祖のしるこサンドはしるこドーパントに変身してしまいそうなインパクトなのだが、スティックの方は細い分しるこ度が低く、なんだか小さくまとまってしまった感じ。
  • 今頃になって年賀状の準備。一日かけたがまだ終わらない。それほど多いわけではないが、中学と高校の同級生、大学時代の友人と恩師、院生の頃にお世話になった先生方、赴任直後の教え子、縁のあった元院生、同僚、元同僚、研究会でたまたま意気投合した同業者などなど。みなさんお元気だといいのだが。
Sun, Dec 27
  • 境界線の政治学のために「黒の舟歌」のことをちょっと勉強する。 http://j.mp/4w3zK9 http://j.mp/5353sh http://j.mp/7URqc7
  • 年賀状、近況とかは書かないのが一般的らしいが、賀状がほとんど唯一のコミュニケーションだったりするひとが少なくないので、相方ともども、近況報告を書くことにした。字数は当然140字以内。/コンタクトをとることがほとんどなくなったひとたちよりも、ブログとかツイッタを読んでくれているひとの方がこちらのことをよく把握してくれていることがあって、先日も「もう何年も会ってないけど、ブログ読んでるからしょっちゅう会ってるような錯覚を」と某さん。なんとも不思議な時代。
  • 千葉眞先生から『「未完の革命」としての平和憲法』( http://bit.ly/6IkCM4 )を頂きました。ありがとうございます。来年秋の某企画ではお世話になります。第一部が「立憲主義の思想史的展望」、第三章付論が「立憲的平和主義をめぐって 長谷部恭男との対論」。
  • やっぱり谷山浩子( @taniyama_ ) sugeee!!! http://j.mp/7i63j1 http://j.mp/4oOy4r http://j.mp/4GcNS8 http://j.mp/6OFTbf
  • あいぽん購入なう。機種変更はいつもこの時期。
Mon, Dec 28
  • ダント的な終焉説に本業の方々がことごとく与してしまうというのはどうなんだろうというか、たとえば小田部先生は「文脈再編」というオルタナティヴを提示しているのだけども……。詳しくは某合評会での報告原稿参照。 http://j.mp/6O6FGS 『芸術の逆接』はもっと読まれるべき。
  • Xの「外部」を語るために、Xなるものをねつ造し、自らの手でデッチあげたXなるものの概念に寄生する〈X批判〉という営み。「近代」「国家」「純文学」という概念に寄生する〈近代批判〉〈国家批判〉〈純文学批判〉。「わら人形」という必需品として消費され続ける「近代」「国家」「純文学」。/バーテルソンによれば、「批判」の呪縛から逃れる唯一の方法は「系譜学」。 http://j.mp/8MgONo
  • ううむ、割と早い時間から始めたはずなのに年賀状の印刷がまだ終わらない。旧式インクジェットプリンタの呪縛?
  • コンビニで久しぶりにスペリオール立ち読みして『医龍』の進行に驚愕してきたなう。

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Tuesday, December 01, 2009

Twitter LOG 20091108_1130

11月分のつぶやきを整理。乱れた口語文体をどう整えたものか。
○Sun, Nov 08

  • 『動物農場』についてのレポートで「これはきっと何かの史実をもとにした話に違いないと思いました」(まちがってないとは思いますが……)とか「この話はヒトラーやムッソリーニを描いたものだと思います」(たぶんまちがってると思います……)というプチ「発見」を述べたものが幾つか。長年課題図書に使ってますがこの傾向は初めてのこと。高校での何らかの指導の「成果」か? 岩波文庫の川端訳は、訳注、付録、解説と大変充実しているのだけれど、受講生は、疑問点を解消するために、こういうものに目を通そうとか思わないんだろうか。
○Mon, Nov 09
  • 噂の『世界』臨時増刊「大転換――新政権で何が変わるか、何を変えるか」って、これですか。 現物みれるかなあ。 http://ow.ly/ADuA
○Tue, Nov 10
  • 早朝から茶ふいたwww。 http://j.mp/3dQ6vo (公式の "CAST" 参照 http://j.mp/IzPvL )寺田農はもともと特撮系のひとだが、今後は板東英二とか武田鉄矢のラスボスもみたい。
  • さぬきうどんなう。でかすぎる野菜かき揚げをどう食らったものか。
  • 「専門はラディカル・デモクラシー論です」という若者に出会うたびに、ついつい「へえ、つまり、きみは、国家とか、代議制とか、立憲主義みたいな泥臭い話に取り組む気はないですということかね」と口走りそうになるのは、ぼくがただの説教親父になってしまったからだろうか。
○Wed, Nov 11
  • 藤原新也 on 若き逃亡者の流浪 http://j.mp/2HOQCO
  • ポッキーの日。歴代CMではダントツでガッキー( http://j.mp/oBiWj )だと思ってましたが、意外な伏兵が……( http://j.mp/tpGap )。しかし、ガッキーみながら、だんだん父親が愛娘を見守るような感覚を覚えつつあるのは年齢のせいだろうか。
○Thu, Nov 12
  • 「リトルピープル」が何なのかまだよくわからない。文学と宗教の共通の根っこである個々人の物語的想像力みたいなものなんだろうけど……。それが「さなぎ」の中で原理主義に変態するってことなのかなと 読んだのだけれど。いや、変態するといっても、原理主義以外のものが出てくることもあるわけだよなあ。それにリトルピープル自身が変態するわけじゃないし。もうちょっと整理してみますか。 #1Q84
○Fri, Nov 13
  • しばらくあれこれと頑張りすぎたせいか、いろいろこの間に学務上のミスが。要注意。
  • 伝説の論文(みんなコピーを持っている)が収録されてたので、ついつい買ってしまった。7000円也。水田洋『アダム・スミス論集』 http://bit.ly/1SaZzi
  • 無駄なところから削られるのではなく、実は抵抗が少ないところから削られているのではないか。「これは無駄ではない」と主張する以外にも、やるべきことはあるような気が。それに「ぼくのやってること、こんなに役に立つよ」と過度に主張することは深刻な副作用を伴うのではないか。
  • 高学歴WP問題は教員養成と連動させる以外に解決策はないと思う。たとえば博士を優先的に中高の教員に採用するとか――研修ぐらいは必要だろうが。若手が中高の教員をしながら研究を続けられる環境は作れるはず。けれど教員養成は教育学部に囲い込まれつつある。これは危機的状況かもしれない。
  • たとえば東大とか京大がエスカレーター式の附属高校を開設して優秀な高校生を囲い込むとともに、オーバードクターを附属高校の教員として雇用するというモデルはありうるのではないか。このモデルが定着して、全国に普及すれば……。
○Sat, Nov 14
  • ニュースみてて、そういえばコービー・ブライアント(Kobe Bryant)の「コービー」って、父親のジョーが日本で神戸牛があまりに美味しかったので「神戸」ってつけたんだよなと。アメリカではみんなコービーのプレイをみるたびに「うまいんだろうなあ、神戸ビーフ」とか想うのだろうか。ちなみにロマン主義研究者の端くれとして一応「シャトーブリアン・ステーキ」なるものの存在を知ってはいるものの、お目にかかったことは一度もない。
○Sun, Nov 15
  • ソシアル研。読まなきゃダメといわれたもの。牧原憲夫『客分と国民のあいだ』 http://bit.ly/1pJ6Hc
  • そういえば、一瞬だが、豪傑君に紳士君が意見するみたいな場面があった。ああ「三酔人だ」というのが表情に出てしまったらしく、紳士君に「odgさんはどっちなんですか」と問い詰められる。いや、お二人の議論を「三酔人」と見てしまった者としては南海先生的立場をとらざるをえないですよ。
  • 泣いた。 http://ow.ly/ClEQ
○Tue, Nov 17
  • 政治理論研究と政治思想研究の現状についての情報交換用ハッシュタグ #political_theory(参照 http://j.mp/YHwRR )新設。自己宣伝とかアフィリエイトも当然可ということで。
  • 某学会年報の書評候補アンケート(2008_2009)用の覚え書き。日本政治思想史系だと、2008年は松田宏一郎さんの『江戸の知識から明治の政治へ』( http://bit.ly/11E74A )と『'陸羯南』( http://bit.ly/3MpsCy )。前者については http://j.mp/35TmgM 川田稔『浜口雄幸と永田鉄山』( http://bit.ly/FANRB )。川田せんせいは2007年にも『浜口雄幸』( http://bit.ly/3BsVdO )を刊行。2007年刊行ですが、眞壁仁さんの『徳川後期の学問と政治』( http://bit.ly/1FyKT3 )。これも2007年の本ですが、片山杜秀さんの本業の方のお仕事『近代日本の右翼思想』( http://bit.ly/3FLrA5 )。とりあえず田中優子せんせいの書評は読めますが( http://j.mp/JBjlT )。2009年最高(最大?)の話題作は小熊英二『1968』(上 http://bit.ly/4qTr2khttp://bit.ly/2ocdT3 )でしょうなあ。評価の分かれ方も含めて。ヨーロッパはたくさんあるけれど、たとえば吉永圭『リバタリアニズムの人間観―ヴィルヘルム・フォン・フンボルトに見るドイツ的教養の法哲学的展開』( http://bit.ly/3615Iq )。フンボルトってリバタリアンなのかー。
○Wed, Nov 18
  • 書評アンケート用覚え書きの続き。アメリカ系。石川敬史『アメリカ連邦政府の思想的基礎―ジョン・アダムズの中央政府論』2008( http://bit.ly/1rCXp5 )。内容については右を参照。 http://j.mp/2CkEd5  井上弘貴2008『ジョン・デューイとアメリカの責任』( http://bit.ly/U0kf )。敬して遠ざけていた小西中和2003『ジョン・デューイの政治思想』( http://bit.ly/2G4RWN )も読まないと。  The Gleam Of Light, 2005( http://bit.ly/2EUT7T )の日本語版である齋藤直子2009『内なる光と教育』( http://bit.ly/2X9PWx )も社会科学なひとが書評すべき本だと思う。 Cavell といえば邦訳『哲学の“声”』( http://bit.ly/1eg0Zt )が出たのも2008年。既に『センス・オブ・ウォールデン』2005 ( http://bit.ly/4w2S0r )があるが「カヴェル」で統一して欲しい。
  • ゼミ生への連絡を四通りの方法(三つのアドレスからのメールとウェブ掲示板)でやっていたため「ええと、あのときの伝達事項はどのPC or 携帯電話に残ってるんだろうか……」という困った事態に。学生には大学からGMailアドレスが割り振られているはずなので、伝達事項はすべてそれを使いたいのだが、大半の学生は携帯オンリーなので、いろいろ配慮する必要が。
○Thu, Nov 19
  • 来年度のゼミでは宮沢賢治とカズオ・イシグロを読もうと決心。どっちともためになるDVDがあるからということもあるが、前者については見田宗介『宮沢賢治』( http://bit.ly/39Db3e )があるというのが大きい。「政治学」の間口を広げる作業も重要。
  • 濱さんの『バーリンの自由論』( http://bit.ly/1prn7R )が2009年度 日本法哲学会奨励賞を受賞したそうです( http://ow.ly/Dwat )。祝。ぼくはまだ「ベアタ・ポラノフスカ=シグルスカ」がそらでは言えません。
  • _Thesis Eleven_, 99-1, February 2009 ( http://j.mp/2O1iXA )が Taylor, _A Secular Age _ で特集組んでいる模様
  • _Philosophy and Phenomenological Research_, 54-1, 1994 の _Sources of the Self_ 特集は何とかゲット。ローティ、オラフソン、マッキンタイアとテイラー本人とのやりとり。
○Fri, Nov 20
  • 鷲見編『転換期の政治思想』( http://bit.ly/3akroS )と千葉編『講座政治学II 政治思想史』( http://bit.ly/10KYpK )所収の千葉先生の世俗化論を読む。前者は連続講義、後者は教科書。 重要論文目白押。
  • 「休み時間を5分延長して欲しい」という学生からの要望があったらしく、来年度から休み時間が5分ずつ延長され、結果的に5限の終了時刻が17:30から17:50へと20分遅れることになったらしい。6限は18:00から。そして7限が終わるのは21:10に。
  • なんだか中途半端な時間ができてしまったので、平凡倶楽部でも読もう。 http://blog.heibonsha.co.jp/heibonclub/
○Sat, Nov 21○Sun, Nov 22
  • 未知の領域の議論につきあうことも大事だと思い、日曜朝はフジの「ボクらの時代」を。本日は風吹ジュン×太田光×向田和子。基本的には向田邦子についての想い出話。なかなか会話がふくらまず、いらいらする。しかし、まとまらないかたちで小出しにするのも一つの知恵か。持ちネタがなくなると、唐突に激しい話題をぶちあげて、それを観測気球にするというか、相手の反応とか顔色を見て、会話のテンションをどう維持するかを即興で考えるという太田光の話術は、見慣れてしまうと結構うっとおしいものがある。しかも、うまくいかないときの退却も迅速。テレビの対談とか鼎談では、どうもこういう視覚的なリアクション重視の〈いい映像が撮れる〉話術が優先されるような気がする。面白い話を引き出すことはむしろ二の次。実際、風吹ジュンや向田和子の話を聴くということでいえば、失敗したのではないか。自分の話を優先されても…。しかし、韜晦というかmystificationというのも大事だよなあ。あと、引き際のよさ。タイミングをちゃんと見逃さず、それ以上は突っ込まないという判断力というか。とくに人間関係を維持していく上では。ぼくはだめだな、しつこく絡むタイプだ。( #jidai
  • 探さないと。Nadia Urbinati, "Book Reviews: Charles Taylor, A Secular Age," _European Journal of Sociology_ (2008), 49:462-466.
  • こ、これは……買うしかないのか? 買ってどうしたいのか?そもそも何に使うのか? http://ow.ly/Exfd
  • マキシミン・ルールをマキシマム・ドライブと空目。
  • 相手が面と向かって自分に刃向かえないことがわかってるときって、残酷になれますよねえ。歯止めがかかるのは、自制心が働いているときだけだし。
○Mon, Nov 23
  • 使徒襲来。トマトジュースふいたwwW http://ow.ly/EKho
  • 逃げちゃだめなんだが、『銀河鉄道の夜―最終形・初期形〈ブルカニロ博士篇〉』( http://bit.ly/7RM4IR )と『イーハトーブ乱入記―僕の宮沢賢治体験』( http://bit.ly/6PUYEU )を読んでしまう。後者の第二章以下は圧巻。古典研究かくあるべし。
  • レポートの課題について模範答案が販売されている。現在ダウンロード回数は9回。さあどうしてやろう。 http://ow.ly/EOkf これ1ポイントいくらなんだろうか。1ポイント=1円だとすると、150ポイントだから、150円ということになるのだろうか。課題図書を買うよりも安いってことだよな。課題図書買って、自分でちゃんと読んでレポート書く手間を含めて150円か……。でもこの majesty っていう元岡大生の模範答案を150円で買った香具師は、『動物農場』読んで自分で考えてレポート書くっていう機会を自分で放棄しているわけだよなあ。勉強する機会を放棄するために授業料以外に150円を支払いたいのであれば御勝手にという気もする。さて……。
○Tue, Nov 24
  • 非常勤一つダン。たい焼きなう。こもち(白玉入り)。本務校は学祭の後片付けで全学休講。
  • 「ルソー病」というものがあるとして、その症状。一:世評に囚われるだけの「自己愛≒虚栄心」なんてくだらないとか言ってるわりに、それに思いっきり振り回されている。二:露悪趣味。自分語り大好き。三:被害妄想の末に「でも自分の魂と語り合えれば俺は満足」とか居直る。ぼくは立派な患者。ひとつ追加。四:何かの勢いで「社会的になることによって人間は不幸で邪悪になったけれど、ぼくはその悪そのものの中から、それを癒すべき薬を引き出すよう努力しよう。最初の人為が自然に加えた悪を新しい結社という完成された人為で償おう」とか言い出す(参照『社会契約論 ジュネーヴ草稿』)。
  • ルソーの生涯は漫画でもラノベでもアニメでも昼ドラでもいけると思う。タイトルは「ジャン☆ジャック!」とか……。あるいは「啓蒙戦隊リュミエール」のサブキャラとして登場ということでもいいのではないか。
  • Daniel Ross,"REVIEW ESSAY:A SECULAR AGE,"Thesis Eleven,99,Nov2009.詳細なまとめ。A SECULAR AGE( http://bit.ly/8CJnJg )読まなくてもいいかも。Urbinati 2008: 465. "Taylor's book is a Catholic book. Its task is neutralizing the radical claim for autonomy..." ちょwwW 世俗化を専ら「脱魔術化」と捉える世俗化論をテイラーは「引き算」説 "subtraction stories" と呼ぶ。その心は「カミがだんだん抜けていく」? http://j.mp/5ZSioK マジレスすると、たぶんテイラーはブルーメンベルクの世俗化論を念頭に置いているのではないかと(千葉先生の世俗化論参照)。
○Wed, Nov 25
  • 違ってそうだけどタリー序文以外だと、ローティ「哲学史の記述法」(『連帯と自由』)とテイラー「衝突の解釈学」(『思想』794)ぐらいでしょうか。あと http://j.mp/8nrYWc http://j.mp/7TxUSZ スキナーについては「ケンブリッジ学派」とか「ケンブリッジ・パラダイム」で探した方がいいかもしれません。ポーコックの方法論については、昨年だったか『思想』で特集があったし『みすず』連載のメリーランド講義はどうなったんだろう。 RT @contractio: 方法論的議論
  • ハッキング邦訳。飼 http://bit.ly/50cTaThttp://bit.ly/76piPshttp://bit.ly/4vK791http://bit.ly/5zO990 構http://bit.ly/8EJjhD
  • Cohen & Roth 1995 http://bit.ly/6l3XSH とか Hacking 2005 http://bit.ly/6uq60k とかも面白そうですね。 #Ian_Hacking
  • 学部生の頃、レイモンド・カーヴァーを読む会みたいなのに参加したときに、〈歴史の悲劇とか大げさなことではなく、日常のささいなことがいちばんリアル〉ってのがミニマリズム文学だと教わったのだけど、そうなると、最近はミニマリズムでない文学の方が少数派じゃないかという気が。 #1Q84
○Thu, Nov 26
  • フッフッフッ……事務作業……フッフッフッ……久しぶりに一太郎形式のファイルが…………あべしっ!
  • http://j.mp/6JxD1t 二日目シンポIIは大変だったと聴くので……(様子は翌年の年報にまとめられてます)。政治思想学会以前に、言語行為論への関心が高い人文社会科学系の学会って、そもそもかなり少ないと思います。 RT @contractio: 言語行為論
○Fri, Nov 27
  • 人間ドックだん。昼食の「チキン南蛮」が「チキンカツ、甘酢オニオンスライスのせ」だった。『ひまわりっ』7巻( http://bit.ly/6xUe46 )嫁とか思わず口走りそうに。割と人が多かったのですが、PSPとかDSをケースに入れて持ち歩いているひとがけっこういてびっくりしました。レントゲンの順番待ちの時間にもゲームにひたすら集中。すげー。
○Sat, Nov 28○Sun, Nov 29
  • 「サブカルとヘイトスピーチ」特集とか読みたいですねえ。最前線にいるひとがやるべきでしょう。>妙に傷ついているひと。しかし、ヘイトスピーチとかポリティカル・コレクトネスってのは、おそらく最も「市場性」に乏しい話題なのかもしれないし、ひょっとするとサブカルというのは、この手の話題と最も緊張関係にある領域なのかもしれない。となると、ひょっとすると、どれほど他人のヘイトスピーチに傷けられようとも、私的にそれをたしなめたり、あるいは自分自身も他人にヘイトスピーチをぶつけたりすることはあっても、サブカルと激しく緊張関係にあるヘイトスピーチについて自らのポリティカル・コレクトネスを問い直すということは絶対にやらないかもしれない。下手をすれば、自分自身に対する刃になってしまうだろうし。
  • よほどの生々しい利害が絡んでいるのならともかく、誰が〈自分たち〉の敵かを特定する議論というのはどうも不健全な臭いがする。たとえ、そういう議論の仕方をする何らかの必要性がある場合においてであっても。
  • 「立法の活性化は……一つの「好機」を法哲学に提供しています。しかし、出番に来て何もできないことを露呈してしまうなら、法概念論や正義論などの法哲学者の言説は……」 http://j.mp/5kQCjf 〈やはり法哲学は――倫理学ではなく――法の領域で勝負すべき〉ということか。
  • 来年度、というかこれからのゼミについて悩み始める。講義については〈現代を重視、標準化、楽勝化〉路線が確定しつつある(月曜一限に開講してマニアックなテーマについて厳しく指導という路線は消費者を減らすだけだと思う)。だが、ゼミについては毎年のようにぶれ続けている。どうしたものか。
  • 政治思想とか政治哲学というのは(法律学についての最低限の知識を要する法哲学などとは異なり)あまり予備知識の要らない、どちらかといえば敷居の低い分野だと思う。具体的な政策上の問題に必ずしも踏み込む必要はなく、出発点(×到達点)は〈ぼくと他人との関わり合い〉的なことでも構わない。
  • はてな足跡帳。 http://ow.ly/GHZr
  • 坂の上の雲なう。菅野美穂の頑張りには脱帽。ただ……うーん、原作読んでないと分からないのではと思うところ少なからず。でもまあ、江川達也に比べれば……。
○Mon, Nov 30
  • 学生からのレポート提出(約100通)のメールに「受け取りましたよ」と返事をする単純作業。だんだんつらくなってきたので、ゼミ生には「おお、○×くんではないか」と返事したり、差出人蘭に「ダンディ坂野」とハンドルが書いてあるメールに「そのひとの時代は終わったと思います」と突っ込んだり。

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Saturday, November 07, 2009

Twitter LOG 20090921_1107

残しておきたいつぶやき@0921_1107。たまっとったなー。
○Mon, Sep 21

  • 朝食用に買ったコーヒーが激甘。よく見ると噂のMAXコーヒー。 http://j.mp/m5tur ズキンと目が覚めるが、40代にはキツすぎるヘビーな甘さ。千葉のひとには故郷の味らしいが、こんな風に目覚めるのだろうか……http://j.mp/iV0E7
○Tue, Sep 22
  • 気がつきませんでしたが、先週の金曜日にアーヴィング・クリストル、お亡くなりになっていたのですね。享年は満年齢で89歳。おくやみ記事はald( http://www.aldaily.com/ )にまとめられてますが、とりあえずワシントンポスト。 http://j.mp/1WwgF
○Wed, Sep 23
  • 「友よ、デモクラシーはたんなる選挙や政治や政党名のための言葉ではない。この言葉は、作法の中で、すなわち、宗教や文学やカレッジや学校での、人と人との、信念と信念との最高の相互行為として広まり、開花し、結実したときに、はじめて言葉として意味を持つのだ」(ホイットマン「民主主義の展望」)。制度としてのデモクラシーを批判するのに、古き善きアリストクラシーとかじゃなくて、理念としてのデモクラシー(「デモクラティックな生活様式」とか)を持ち出すのがホイットマン的伝統ということか。
○Thu, Sep 24
  • 『事実性と妥当性』に「市民社会に基礎を持つ公共圏」と「議会や裁判所において制度化された意見形成と意思形成」の「相互作用」(第八章第三節)という記述があるんだけど、これは実質的には「熟議」構想における「二回路」の定義ですよね。>誰か
○Fri, Sep 25
  • 会議四つの後、歓送会。どういうわけかお世話になった。本人には制御できない関わり合いがデューイのいう"transaction"(≠"interaction")。帰宅すると某学会某セッションのペーパーが。そういえば学会とか研究会というのも、transactionばかりの世界ですなあ。
  • 亡父の一回忌があるとわかっていて、式服をクリーニングに出しそびれる。〆切過ぎの執筆債務が増えれば増えるほど、基本的なことが疎かになる。といっても、いつも反省するのは、飲んだ数時間後の、アルコールが抜けるネガティヴ志向な時間帯だけ。
  • 酒席にて、「私法」は "civil law" だよねというと、実定法なひとに「いや、私法は "private law" だ」と正されたんですが、"private law" って "private language" と同じく "impossible" な感じがWwwittgens
○Sun, Sep 27
  • 帰宅。肝臓に悪い二日間であった。収穫はロシアン・ブルーと遊んだことぐらい。
○Mon, Sep 28
  • individual/social が使えないと悟ったDeweyはtransactionの制御が可能なprivate領域と不可能なpublic領域という区別を導入する。そんで制御できないpublic transactionをケアするのがstate。Habermasとの大きな違い。
  • 洋書を安く買いたければ、オンラインの古書店がお勧めです。個人的によく使ってるのはAbeBooks http://j.mp/OSed5 研究費で買えるところもあります。有名なのは赤い靴 http://j.mp/4lJyXU
○Tue, Sep 29
  • 本日から後期開幕。最近は何を話すかよりも教室管理の方が心配。「シティズンシップ」教育についての「クリック」レポートの話をしたのだが、「クリップ」によれば「シティズンシック」とは……という答案あり。"crib" reports on citizen "sick" 市民病についての盗用レポート?ニュアンスがちょっとわかりにくいけど、「シティズンシック」はどこかで使えそう。
  • 苦労の末「教員活動評価調査票」うぷ。「評価活動に熱心に取り組んでない」という評価を受ける可能性もあるのだろうか……。
○Wed, Sep 30
  • 非力なPCのせいかOffice2007がまた凍る。Officeそのものをダウングレードすべきなのか、Office2007がちゃんと動くPCに買い換えるべきなのか……。しかし買い換えは待った方がよさそう。セブンとCalpellaに一応期待。 http://j.mp/1HcGf1
  • 「右舷に渦潮、左舷に岩礁」とは短兵急な。(小泉良幸『リベラルな共同体』98頁。 http://j.mp/1knkZb
  • 集団から話を始めつつ、「公衆」という集団を特権化し、半ば無制約な国家主権を是認している点で、デューイ『公衆』が多元主義を逸脱していることを確認すべく、ニコルズ『政治的多元主義の諸相』。実に明快。エリート「公職者」による公権力の執行/政治的コミュニケーションによる政治的無関心の克服というデューイの構想は「二回路」っぽいのだけど、「グレイト・コミュニティ」とか言ってる点で革命的な「一回路」であることが判明。
○Thu, Oct 01
  • 祝、〆切延期♡ これでまたひとつ先延ばし♪(喜んでいいのか?)
○Fri, Oct 02
  • 明日から学会、明後日午後には報告しなければならないというのに、まだ書けないペーパー。煮詰まった末、ついに執筆しながら晩酌を開始(ちょっと気を大きくしないと、文章がでてこない)。吉と出るか凶と出るか……。書けなかったらごめんなさい。
○Sun, Oct 04
  • デューイ学会課題研究(シンポ?)無事終了なう。なかなかハードな三時間ですた。名古屋駅で売ってた豆ちくわ(付属のわさび漬けを塗って食べるやつ)がめっちゃ美味いことを発見。レモンサワーの肴に。
○Tue, Oct 06
  • アルコール依存症(ちゃんとした病気)ではなかったのだろうか? 睡眠薬とか循環器とかひとつひとつ腑に落ちるのだが……。
○Wed, Oct 07
  • 谷澤正嗣さんから『期待、制度、グローバル社会』( http://j.mp/VYM8z )を頂いておりました。ありがとうございます。ぼくなんかには絶対まねのできないお仕事ですが、第一部は規範的政治理論の勉強において必読ですね。第七章は『官僚たちの夏』と一緒に読みたいと思います。
  • ミスひとつ。もう遅い。すいません、スケジュール確認を忘れておりました。
  • さて、週末の某学会のペーパーをおとしちゃうぞ、と保存してあった封筒を開けると肝心のプログラム・報告要旨集とは違う何かが……。プログラム・報告要旨集は何処へ?あれがないとパスワードが……。昨年度の悪夢が再現。
○Thu, Oct 08
  • 某学会パスワードの件、昨年度に引き続き、直前にクレクレ厨化しましたが、さる方のご協力でなんとかなりました。ただ、とりあえず全部落としたら、幾つかエラーが出ましたが、ファイル120個って……。
○Fri, Oct 09
  • 田中秀夫先生からハチスン『道徳哲学序説』を頂いておりました。ありがとうございます。「近代社会思想コレクション」も三冊目。田中先生のご尽力がなければおそらくありえなかった企画なのでしょうね。ミル、ファーガスンも楽しみにしております。http://j.mp/3PfOHz
  • 複雑化した火狐の設定をFEBEでバックアップ。https://addons.mozilla.org/ja/firefox/addon/2109
○Thu, Oct 15
  • これでいくと教育学部→教員養成大学院を経ないと教員になれなくなるんだろうから、教育学部関係者はさぞかし嬉しいニュースだろうし、文学部にとっては大きな打撃なんだろうなあ。http://j.mp/IRNFp 教員養成という具体的な使命のある教育学部の未来は、設置基準の関係でほぼ定削がないということを含め、ますます明るくなったのではないかと思う。しかし、となると法学部はどうすればいいんだろうか。
  • 『星守る犬』( http://j.mp/xyDSe )は、「こんなふうにこの世を去れたらなあ」という屈折した希望と共感の書なのだけど、そういう希望とか共感を抱いてしまう状況はどちらかといえば絶望的な気がする。絶望的な状況に相応しい希望が形成されてしまう「適応選好形成」?「特別な〈犬〉なんていない、〈犬〉がくれるものが特別なのだ」( http://j.mp/J0UjN )。〈 〉にはいろんなものが入りそうな気がする。誰かに何かをもらったら、もらったものの尊さを覚えておこう。後に何かの拍子で、その誰かを軽蔑したり嫌いになったりしないでいるために。
  • 書かれたものの背後には人生がある。「そんなものありません、ぼくが書いたものの背景は斯く斯く然々です」と某さん。できすぎたお話で、しかも実際それで某さんの御本の内容の理解も深まったのだけど、できすぎた話には必ずまだその裏があるのではないかと邪推。邪推と下世話な好奇心こそがわが人生。
  • 電波時計が20分以上遅れてたことに気付きパニックなう。
○Fri, Oct 16
  • 某財務相が愛飲しているというので試したが、いも焼酎をビールで割ると、ひじょーにマズい。一緒に飲むことでなんだか損した気分。
○Sat, Oct 17
  • なんとなくぼかろFxを入れてfirefoxをみっくみくにしてみました( http://j.mp/38R7U )。起動時に「起動するよ」という初音ミクの声(なんですよね?)がします。これをたとえば釘宮ボイス(参照 http://j.mp/10S0Za )に変更できるんでしょうか。これはたぶん痛firefox。初音ミクは要らんが、このネギのアイコンは和むなあ。
  • メーリングリストの仕組みがわからないひとがいるのなら、「このアドレスに送信すると全会員に届きます」「リストから届いたメールにそのまま返信すると全会員に届きます」「事務局に直接連絡したいときには以下のアドレスにメールしてください」という注意書きを本文に明記すべきかもしれない。
○Sun, Oct 18
  • 『テガミバチ』、第三話まで観ましたが、ええ感じではないですか( http://j.mp/Hyrws )。しかし、もうわれわれは中二病になる以前の無垢な魂に期待するしかないんでしょうか。ちなみに相方は『戦う司書』に注目汁というのですが、地上波では見れません。『テガミバチ』がこのままおもしろかったら、来年度のゼミでは(科目名から「西洋」「欧米」を外す予定)宮沢賢治をやろうかと思っている。日本独自の democratic individuality が出てくるのか、どうか。ゼミ説明会で『テガミバチ』の話を出したものか、どうか。
  • 田舎にいる者としては halcali よりも tokyo no 1 soul set をテレビで観れたことの方が大きいよなあとかいいながら、久しぶりに Jive My Revolver を聴いてみる( http://j.mp/blVxF )。
○Wed, Oct 21
  • おそらく本人はなぜ怒られているか説明されてもわからないだろうし、こちらも無駄な努力だと半ばわかってはいるのだけれども、それでも一応、「それではだめなんだ」と学生を叱る。
  • 中澤信彦くんから『古典から読み解く社会思想史』( http://j.mp/3EbhmZ )を頂きました。ありがとうございます。「大阪市立大学出身の若手研究者による思想史研究の一端」を示す教科書。大阪市大院にこんなにたくさんの思想史研究者がいたことに仰天。しかもみなさんほぼ同世代。同じく旧商大である頭大封建の門をくぐった思想史専攻はぼくの知るかぎり三人で、専任職に就いたのは二人。その後、確か思想史は事実上なくなったはずなので、それに比べると大阪市大院の社会思想史は偉大だと思う。京阪神においては、風前ではあるが、確かに存在する、かすかな灯火のひとつ。
  • メールを見落としていたが sage journal online の free access は月末までであった。
  • 自分の「教員評価活動調書」を書きながら、限界効用逓減の法則なるものについて理解を深める。あと、年に最低二本の論文を書かないと減点の対象になるらしい。2009年は「その他」ばかりで論文は、ほぼ確実にゼロ。減点ケテーイ。
  • 本日のナイス混同。「角田光代」と「浅香光代」。「アゴラ」と「ガメラ」。
○Thu, Oct 22
  • 案外長く流行らなかった『十夜』( http://j.mp/13U5a5 )。「ウィンウィン」( http://j.mp/IU1ga )とか面白かったのに。
  • Kindle を注文してないのは、iPad(仮)あるいは Apple Tablet(仮)への期待からと強がってみる。
  • 火狐上でコピーができなくなるエラーは、ツール→オプション→詳細→ネットワーク→オフラインデータ「今すぐ消去」で解決する模様。
  • Sky Drive + Gladinet 試用開始。ちょっと遅いかなあ。
○Sat, Oct 24
  • だんだん、言いたいことを140字ぐらいで言えてしまうというか、140字ぐらいで言いたいことが尽きてしまう癖がつきつつある。講義も、論文も、雑文も、各種申請書も、世界の書き物がみんな140字だったらいいのに。
  • 聖地は江古田。http://nihonbashi.jugem.jp/?day=20091023
  • 某せんせいから「地域びと」という新語を教わった。何か特殊な属性を持っている人を「○×びと」と呼ぶのも流行なのか。「大阪人」も「おおさかびと」と読むとなんだか上品な感じ。「うちは河内どすえ」とか言いそう(京都弁?)。
  • 無理をいって『レイモンド・ウィリアムズ研究』第一号を頂きました。ありがとうございます( http://j.mp/8RAK8 )。個別的な文脈について触れないで様々なテクストから抜き出して自由に敷衍するのは、やっぱり文学研究独特のスタイルだなあという印象を受けました。そういえば大昔「ウイリアムズ『文化と社会』は、美的教養についての自虐的な衰亡史→「共通文化」復権の提唱というストーリーだから、イーグルトンの批判はあたらない」という報告を政治学会でやって「なんじゃそら」となったイタい記憶が。 http://j.mp/1ftCeG 『文化と社会』結論部で唐突に示されるネオリベラリズム批判(競争的序列化を支える「奉仕」と「はしご」への対抗)は、たしかに田崎さんの『無能な者たちの共同体』との近さを感じさせるんだけど、ぼくは違うと思う。"Working Class Culture," 1957 を再読しないと。学会当日の回想。質疑応答はぼく以外の、お二人の報告者に集中。ほとんど唯一のコメントは、ウィリアムズと面識があり、何度も直接議論したというHせんせいからの「きみは必死でまとめようとしているけど、彼はもっと fragmented なひとだと思うよ」。返答を求めない一方的なお言葉。そういえば途中で目がかすんでレジュメがちゃんと読めなくなったのもこの報告を行なったときだった。この直後、白内障と緑内障を併発。某業務で多忙を極めていたために眼科に行くのをさぼっていたから。どうにもウイリアムズについては悪い想い出ばかり。「文化」論では科研申請も連敗続きだったし。
  • 『少女ファイト』6特装版キター。表紙がルミコではなく由良木なのですが、本編のルミコ度が高いので残念という気にはならず(そもそも二次元属性はない)。これで『G線上』と繋がったわけですなあ。どちらも目下最も気になっている、いつまでも読み続けたい作品。
  • そういえば寝ぼけ眼でだが、動く東浩紀をはじめて見た。なんとなく芸人を思わせる体型とファッション、それに余裕の感じられないトークに好感を。若者にしか管理できそうにないシステムを構築することで年長者から主導権を奪えという話だったような。でも年長者が全力で抵抗したらどうするんだろう。
○Sun, Oct 25
  • あるひとの発言が、ただの思いつきなのか、深い思索に基づくものなのかは、そのひとがそれまでに話してきたこと、書いてきたことを踏まえて判断すべきだと思う。仮に長嶋一茂が金融問題について面白いことを言ったとして、慌てて彼の「頭のよさ」を云々したり、その意味を探るのは早計というもの。
○Thu, Oct 29
  • 「前略」とか「冠省」の代わりに「詠唱破棄」と書いてわかってくれそうな知人がいたらなあ。「君臨者よ、血肉の仮面、万象羽搏き、ヒトの名を冠する者よ、焦熱と争乱、海隔てて逆巻き、南へと歩を進めよ」なんて覚えてられないし。
  • 自分は果たして「100人いたら、100人にホメられたい」タイプか、つまりわずかでも無関心/無理解/批判があると我慢できないタイプかどうか(『Moon』54話)。不規則に現れる、ごく少数の突出した低い/高い評価にグラっとくるかどうか。もう少し揺るがぬ自負と気持ちの余裕があればなあ。
  • 体力のあるうちにやりたいことをできるだけやっておきたいのだけれど、いろんなことに手を出せば出すほど、仕事がどうしようもなく薄味になってしまう。たぶん40代半ばがピークだろうから、そのときに何をやるかちゃんと考えなければ。
○Fri, Oct 30○Mon, Nov 02
  • 先週末の学会で最も印象深かった会話。「odgさん、ぼくはねえ、サイクロン+メタルってありえないと思うんですよ。互いに力を減じてどうすんだっていいますかね」。「いや、ぼくはルナ+トリガーの方が許せませんよ。なんだか卑怯だし、それでマキシマムドライブとかありえねーっていう感じ。」
  • 備忘録。「日本におけるエマーソン的知識人を挙げるとすれば誰?」という問いにはとりあえず「宮澤賢治」「赤塚不二夫」というあまり根拠のない解答を。自然観だと前者。超越主義サークルのことを考えると後者(トキワ荘?)。でも、なんというかバカボンのパパって「民主的個人」っぽいような気が。
  • 今日は朝から学会関係のあいさつメール。某さんから「久しぶりに研究者の気分に」というメール。たしかに一年365日のうち、いったい自分が研究者だと思える日が何日あるかといえば、それは年々減っているのであった。
○Tue, Nov 03
  • 冬の想い出。高一の冬休みに灯油配達のバイトをしたことがある( 校則違反だが……)。酒屋のおっちゃんの軽トラの助手席に乗り、お得意さんのとこへ行ってポリタンクの詰め替え。酒屋の倉庫にはサン○リーが毎年配ってたやらしいカレンダー。欲しかったが「くれ」とはいえないうぶな男子高生だった。まだ宅配便のない頃だったのでお歳暮の配達もやった。いろんな家のいろんな玄関で「お歳暮でーす」とやると、中からいろんなひとが出てきて、人生いろいろだなと思った。瓶ビールをケースで買うのが一般的な時代だったので、二ケースを団地の五階まで配達。おっちゃん曰く「膝で持ち上げろ」。
  • 高ニの夏には某スーパーの調理場で総菜を作っていた。主な担当はゲソ唐とコロッケ。冷凍された巨大なイカを解凍し、包丁で吸盤を切り落とし、適当なサイズに切り分けるのが主務。パートのおばちゃんから「にーちゃん高校生か。就職決まったか」ときかれ、返答に困った。会話は技術なんだなと思った。
  • 気の抜けたペプシあずきの味は「冷めたお汁粉」ではなく「フルーツみつ豆」ではないかという鋭いご指摘を頂く。酸味の有無がポイント。なるほど。でもペプシあずきよりは「フルーツみつ豆」の方が格段に美味しいと思います。
  • 批判の矛先は議論に向けられるべきであって、ひとに向けてはだめなんだよということをむかし宮台真司が書いたもので勉強したような記憶が。まして、特定の世代に向けるのは論外ということになるんだろうなあ。
○Wed, Nov 04
  • 政治的に行動する癖に肝心なことについて口を割らないジェファソン。頭がよすぎて全能感に浸り、ついつい怪文書を書いて、人望を失っただけでなく、自分の派閥を解体に追い込んでしまったハミルトン。人望も決断力もあるのだけど、ハミルトンのような奴には必ずなめられるアダムズ。見事な三類型。ワシントンのようなカリスマが去った後、こういう三人が出てきて、結局いちばん強かったのはジェファソンだったという歴史物語が頭を離れない。
  • レヴィ=ストロース、20世紀の生き証人みたいなところもあった。決定版の伝記ってあるんだろうか。誰かが書くであろう追悼文のタイトルを予測。「悲しきレヴィ=ストロース」なんてどうですか。
  • 今頃日本語文献を渉猟しているのですが、日本語のジョージ・ケイティブ論って存在するんでしょうか。一応 http://ci.nii.ac.jp/ は調べたのですがいまのところ皆無。
○Thu, Nov 05
  • 約二時間半の高大連携業務(高校一年生十数名相手の学部概要説明+模擬授業)終了。さくっと終わったはずが、案外疲れが出る。頑張りすぎたか。体力の節約というか持続可能な使い方というのがどうにも苦手。
  • 「イーガー」「コーテル」は「一つ」「餃子」。くいてえなあ、ソーハンイーガーコーテル http://j.mp/bf0uU
○Sat, Nov 07
  • 35歳独身限界説( http://j.mp/2K70m8 )は、自分を振り返ると「結婚しているかどうかはともかく、35歳にはワークライフバランスを考えることができるようになってないとダメ」ということに尽きる。生活犠牲にしてまで自分の仕事にしがみつき出したら要注意ってことか。
  • 木村俊道さんから古賀敬太編『政治概念の歴史的展開』第三巻を頂いておりました。ありがとうございます。扱われているのは、徳、平和、共同体、ナショナリズム、パトリオティズム、コスモポリタニズム、抵抗権、専制、例外状態。 http://twurl.nl/jo784b
  • iPod Touch 用に、巻き取り可能なプロテック プッシャーリンク iPod専用USBケーブルを購入。安いし便利。http://j.mp/9QC0I
  • ぼくの毒舌も、基本的には認められたい欲求の裏返し、というか欲望丸出しです。病識はあるのですが……。( http://ow.ly/A2vp )しかし、ルソーが指摘するように、あらゆる学芸の基底には必ず「認められたい欲求」があるんですよねえ。だから、問題は「認められたい欲求」の有無じゃなくて、そういう非合理な情念が、理性的な思考とか冷静な判断の障害になるところまで過剰になっているかどうかでしょうなあ。「認められたい欲求」の過剰で、議論が支離滅裂になったり、他人の批判に耳を傾けることができなくなったりすると危険信号。
  • そういえば「俺がルールブックだ」発言で有名なプロ野球審判の故二出川延明さんは、誤審を指摘された際「気持ちが入ってないからボールだ」とか「〔誤審を裏付ける〕写真の方が間違っている」と反論したという。こういう情念の過剰がぼくは大好きだ。http://j.mp/X4m1g ちなみに「おれがルールだ」発言は、プロレスのレフェリーとして有名なミスター高橋だったように記憶している。http://j.mp/2ykhTC

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Wednesday, September 23, 2009

Twitter LOG 20090919_0921

消えると困るものだけログを集約。twtr2srcを活用。
○Mon, Sep 21

  • 08:12社会運動史に詳しい某さんが、労組執行部を経験しないと管理職に出世できないという日本の企業文化について、島耕作を例に説明してくれたことがあるのですが、いつ頃の『課長島耕作』(あるいは『ヤング島耕作』?)を読めばいいのだろうか……。
○Sun, Sep 20
  • 23:38年会費二万円ぐらいで、特定の分野の基本図書と雑誌論文をすべてオンラインで読めるというサービスがあればいいのになあ。先月から QUESTIA を使っているのですが、卒業論文までを想定したサービスらしく、なんだか物足りないなあと。
  • 23:32Burke, _the Sublime and the Beautiful_ のわずか数行(第1部第17節の "ambition" の最後の部分)の解釈に費やされた(贅沢な)一日ですた。結論がでないけど、今日はもう寝よう。
○Sat, Sep 19
  • 21:52行安茂先生から『道徳教育の理論と実践』教育開発研究所、2009を頂いておりました。ありがとうございます。「小学校・中学校の学習指導要領「第3章 道徳」の「第2 内容」の諸価値の関連を自己実現の観点から体系的に検討することを試みた道徳教育論」。強靭な観念論。たぶん教員研修用の教材。
  • 21:37中山竜一さんから『ヒューマニティーズ法学』http://j.mp/QQLOj を頂いておりました。ありがとうございます。井上達夫編の『現代法哲学講義』http://j.mp/ImtiY とは真逆とさえいえる、実定法学嫌いの若者に「法学もそんなに悪くない」と語りかけるための入門書。
  • 16:04山室信一先生から『明六雑誌』(下)を頂いておりました。ありがとうございます。本文に付された詳細な註もさることながら、約70頁の解説「『明六雑誌』の思想世界」は必読。全部は無理っぽいですが、いくつかの論争を選んでゼミで一年間かけて読んでみたいなと。http://j.mp/q10BF
  • 11:15前川真行さんから富永茂樹編『転回点を求めて 1960年代の研究』を頂いておりました。ありがとうございます。「つまり世俗性を犠牲にすることでしか……道徳を構築することができないそのような場所」(318頁)。ラショーさんのディラン論にも驚愕と感動を。http://j.mp/PsyPv
  • 10:48必要があって齋藤直子『〈内なる光〉と教育』。カヴェルの序文にパットナムの推薦文という文句のつけ難いデューイ&エマソン論の日本語版。どうしてこんなに読みづらいのか。カヴェルと教育哲学研究には、政治学者には容易に理解できない何かが潜んでいるのか。http://j.mp/1wLIqf
  • 10:26捨てるためのメモ。50代使命説?選挙特番に山口二郎、翌々日(20090901火)の朝日朝刊に齋藤純一「情がふくむ理」。文体も内容もますます平易に。アラフォー世代はスリーナインの日(20090909水)朝刊に八名の「若手政治学者の目」。「わたしたち市民は」文体の消失。
  • 09:13還暦過ぎのシュミットの『ハムレットもしくはへカベ』(1956)。母〈ヘキュバ=ガートルード=メアリ・ステュアート〉の疑惑に苦悩する息子〈ハムレット=ジェームズ〉。読みどころは「悲劇性の源泉」。ゼミで読もうかと思ったが品切れでとんでもない値段が。http://j.mp/3Ah0DG
  • 02:05バーク論は、エルンスト・カッシーラーとイアン・ハリスとマジョリー・ニコルソンをどう共存させるか、あとアイルランド啓蒙という論点をどう盛り込むかで苦戦中。脳内ではできているデューイ学会のペーパーの作業再開は来週。しかし今日はもう寝よう。
  • 01:46Stephen K. White, _The Ethos of a Late-Modern Citizen_, 2009. やはりこのひとは基本的に包摂したいひとなのね。http://j.mp/3NLSFW
  • 01:15とはいえ、頂いた本についてのコメントは自分用のノートでもあるので、余裕ができ次第(いつやねん)、ちゃんとブログにも書こうと思っています。
  • 01:12ちゃんと書かなきゃと思うあまりブログに書きそびれてしまいそうなことは、140字という字数制限のあるヒュイッヒヒーで「えいっ」と書いてしまおうかと。
  • 01:05酒井さん@ナカニシヤ出版から佐伯啓思・柴山桂太編『現代社会論のキーワード 冷戦後世界を読み解く』を頂いておりました。ありがとうございます。ネオリベ、ネオコン、第三の道、帝国、金融革命、原理主義等々、15のキーワードで世相を斬る面白テキストブック。就職(面接)試験用?
  • 00:59田村哲樹さんから『政治理論とフェミニズムの間 国家・社会・家族』昭和堂、2009を頂いておりました。ありがとうございます。「国家」→「権力と抗争」→「集合的意思決定」という整理で主権国家の存在の希薄化を感じさせつつも、「非家父長制的」な国家の可能性は手放さないのですね。
  • 00:15宇野重規さんから御編著『トクヴィルとデモクラシーの現在』東京大学出版局、2009を頂いておりました。ありがとうございます。元ネタは2005年に開催された生誕200周年記念国際シンポですが、時代もトクヴィル研究を求めているのでしょうか。表紙イラストが古屋兎丸でないのが残念。
  • 00:07田中拓道さんから小野塚知二編『自由と公共性 介入的自由主義とその思想的起点』日本経済評論社、2009を頂いておりました。ありがとうございます。「介入的自由主義」の思想史。仏は廣田明さん、英は高田実さん、田中さんは仏英の「社会的包摂と自由の系譜」を比較。勉強させて頂きます。
  • 00:01飯島昇藏・佐藤正志・太田義器編『現代政治理論』おうふう、2009。佐藤正志せんせい、太田義器さん、高田宏史くんから頂いておりました(「自由」章は既に森達也くんからコピーをもらっていました)。ありがとうございます。よい教科書、必読の基本書。

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