Sunday, January 20, 2013

註の欠落について(市野川・宇城編『社会的なもののために』)

参加した座談をまとめたものが近々刊行されます。公式には1月21日発売ですが、ひょっとするとそろそろ書店に並ぶかも知れません。

市野川容孝・宇城輝人編『社会的なもののために』(ナカニシヤ出版、2013年1月21日発売予定)
○公式 http://www.nakanishiya.co.jp/modules/myalbum/photo.php?lid=918
○amazon http://amzn.to/109v1yF

座談における小田川の発言について、一カ所、かなり重要な脚注が欠落しています。具体的には267頁の "吉野作造における「社会の発見」" の部分。ここに次の脚注を追加しておいて頂けるとありがたいです。

飯田泰三『批判精神の航跡 近代日本精神史の一稜線』(筑摩書房、1997)第七章を参照。

言うまでもなく、飯田泰三さんの有名な御論文「吉野作造 "ナショナル・デモクラット" と「社会の発見」」小松茂夫・田中浩編『日本の国家思想』下、青木書店、1980の再録です。

日本思想史における「社会的なもの」を考える上で非常に重要な文献でもありますので、是非とも記載しようと考えていたのですが、うっかり失念しておりました。

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Monday, February 21, 2011

「分配的正義論の現在」セッション報告書

昨年秋の社会思想史学会「政治哲学の現在」セッションの報告書をやっと書き上げる。〆切は過ぎているのですぐにでも提出すべきだが、頭を冷やすために一日だけ寝かせよう。

報告書はこんな感じ。

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社会思想史学会第35回研究大会 「政治哲学の現在」セッション報告書
世話人:小田川大典(岡山大学)
司会:小田川大典(岡山大学)
報告:上原賢司(早稲田大学):国境を越える分配的正義
   遠藤知子(慶応義塾大学):デモクラシーと分配的正義
   山下孝子(慶應義塾大学、非会員):分配的正義と承認の政治
討論:五野井郁夫(立教大学、非会員)、小田川大典(岡山大学)

今回のセッションでは、アリストテレス以来、様々なかたちで論じられてきた分配的正義について、三人の報告者がグローバル・ジャスティス論、デモクラシー論、承認の政治の観点から報告し、小田川(政治思想史)と五野井郁夫(非会員、国際政治思想史)がコメントと討論を担当した。参加者は約50名と盛況であり、関心の高さが伺われた。

上原報告は、グローバルな分配的正義(より正確には基本的ニーズに関わる配分的正義)が先進諸国に課す再分配の義務の特質と、この義務を履行していない行為主体の存在(非遵守)の問題について、トマス・ポッゲの議論を敷衍しつつ、検討する試みであった。

ポッゲのいうグローバルな正義の観点からいえば、先進諸国(とその市民)が絶対的貧困に苦しむ世界中の人びとに対して負う義務は、「何らかの援助を行うべきである」という積極的義務というよりは、「危害(貧困)をもたらす行為に加担すべきではない」という消極的義務としての側面が強い。いわば、ポッゲの理想は、危害行為への加担を最大限回避することによる「最小不幸国際社会」の実現である。だが、現今のグローバルな制度的秩序は絶対的貧困を未解決のまま放置しており、先進諸国は、そのような秩序の形成、維持に関与している点において、貧困をもたらす行為に加担しつづけているといえる。そして、そのような危害への加担を免れることが事実上不可能である以上、どの先進諸国も例外なく「危害行為に加担すべきではない」という消極的義務を果たしえていない。そしてポッゲによれば、貧困をもたらす秩序への関与を避けられない以上、先進諸国には、結果的に発生した危害に対する補償という積極的義務が発生し、実質的には積極的な再分配の義務を果たすことが求められることになる。

だが現状においては、この積極的な再分配義務について、先進国の側に、非遵守の態度が部分的に見られる。また、こうした非遵守国の負担分を遵守国に追加的に課すことは負担として不公平である。消極的義務論を梃子に先進諸国に積極的な補償を求めるポッゲの議論は、この点で難問を抱えることになる。こうした問題の検討を踏まえ、報告では、先進諸国に求められる積極的な正義の義務として、実際の遵守を確保するようなグローバルな制度的枠組みの構築と、他国の遵守の有無に関わらず各国に要求される公正な再分配の義務、という二つのレベルに分節化して考えるべきではないか、ということが示唆された。

遠藤報告は、政治哲学の観点からデモクラシー(政治的平等)と分配的正義(経済的平等)の内在的な関係を明らかにする試みであり、具体的には『正義論』の社会的協働(social cooperation)の概念に注目し、ロールズの分配的正義論が原理と実践の両方において民主的な原理を含意していることを分析的に検証するものであった。

ロールズにおいて社会的協働は、分配的正義の枠組みとして位置づけられている。社会的協働における互恵的な関係はそれに関わる人びとの共通の利益を生むが、協働によって発生する余剰(cooperative surplus)としての社会的・経済的利益は、個々人を道徳的に平等な存在として認めるかたちで分配される必要がある。だがその一方で、この分配的正義の原理は、個々人を平等に扱うものとして人々が公的に同意できるものでなければならない(そうでなければ互恵性 reciprocity が成立しない)。

報告では、このように分配的正義の原理が公的に同意可能でなければならないという条件において、ロールズの分配的正義論が原理的にも実践的にもデモクラシーを前提としていることを示すことが試みられた。正義の原理の公的同意可能性は、人びとが自らの政治政策に対して理性的に判断をし、正当化するという民主的な社会を前提としている。また、何が正義に適った制度や政策であるかについて論争が避けられない以上、個々人を平等な存在として扱うには、公的な正義の原理と照らし合わせてそうした政策を政治的に正当化するプロセスが不可欠である。以上の理由から、分配的正義にはデモクラシーの原理と実践とが構成的に内在していると考えられる。

分配的原理とデモクラシーの原理とを切り離せないということは、分配的正義の枠組みであるところの社会的協働の関係が、同時にデモクラシーの枠組みでもあることを意味している。報告では、このことの含意として、分配的正義とデモクラシーの内在的関係を踏まえるならば、社会的協働に携わることを通じて分配的正義の対象となる人びとには、民主的な権利も付与されなければならないということが示唆された。

山下報告は、ナンシー・フレイザーとアクセル・ホネットが90年代以降に分配的正義論批判として展開した承認論(「承認の政治」論)についての検討の試みであった。

報告によれば、ロールズの分配的正義(distributive justice)論は本来、たんなる経済的資源の配分をめぐる配分的正義(allocative justice)論に対する批判を出発点としており、経済的資源のみならず自由や権利やシティズンシップ等をも含む「基本財」全般の分配を念頭に置いた政治制度をめぐる原理的な構想であった。だが、特に格差原理をめぐる議論に見られるように、ロールズの分配的正義をめぐる議論においては、経済的資源やそれに準ずるものについての分配に比重が傾きがちである。フレイザーは正義概念の分析を通じて、再分配(redistribution)によって応答すべき経済的不正義とは次元を異にする文化的不正義の存在を指摘し、後者に対しては「承認」(recognition)によって応答すべきだという「視点的二元論」を唱えた。だが、フレイザーの承認論は、当初こそ多文化主義的な差異への配慮という再分配政策と緊張関係にある主張に力点を置いていたものの、「承認を再考する」(2000年)以降は、平等な道徳的主体としての地位の承認を重視する普遍主義的な「地位モデル」へと転回し、結果的に「社会的地位」をめぐる分配的正義論という性格を強め、ロールズ的な平等主義的リベラリズムとの距離を狭めることになった。

フレイザーの議論が「再分配だけでなく承認も」という二元論であったのに対し、ホネットの承認論は、ロールズのいう「背景的正義」の更に背後にある資本主義社会特有の価値体系(「基礎的で包括的な道徳カテゴリー」)として承認関係を捉え、分配的正義の問題をあくまでも「承認関係」を構成する「第三類型」(あるいは第二類型を含む)と位置づける(承認に特化した)壮大な「道徳理論的一元論」であり、そこから導き出されるのは、主体の日常的な不正義経験(「屈辱および尊敬の欠如という現象」)を起点としつつ、相互行為によって資本主義社会の承認規範を問い直すというつつましい提案であった。

このように、しばしば「再分配対承認」論争と呼ばれてはいるものの、フレイザーやホネットの承認論は、決してロールズ分配的正義論に対する一方的な批判ではなく、むしろそれを補い、深めるための議論であり、分配的正義論と承認論は、制度のあり方を根本的に問い直す作業と不正義に対する日常的な感覚の陶冶を両輪とする政治哲学という知的営為にとって、どちらも不可欠の知見であるというのが報告の結論であった。

紙幅の都合もあるので討論者からのコメントはそれぞれ一点ずつの紹介にとどめる。まず上原報告について、小田川からは、ポッゲの議論にはいわゆる国内類推(中央政府のある国内政治の議論を国際社会という無政府状態に類比的に適用すること)特有の困難が伴うのではないかという指摘があり、五野井氏からは、非遵守常態化の改善のためのグローバルなルールとして、財の一部移転を可能にしつつある国連ミレニアム開発目標など世界政治の現状の進展に引きつけて論じる必要があるのではないかという指摘があった。遠藤報告について、小田川からは、政治的平等と経済的平等(分配的正義)の内在的な繋がりは両者の現実的な結びつきを必ずしも担保しないのではないか(たとえばデモクラシーが所得格差などの経済的不平等を拡大する可能性はないのか)という指摘があり、五野井氏からは、ロールズの議論は、結局のところ先進諸国の圏域に内在的であり、それ以外の圏域では困難である可能性が高く、ゆえに国境を越えた社会的協働の適用範囲としては理論的な幅が狭くならざるをえないのではないかという指摘があった。山下報告について、小田川からは、報告では経済的正義論(再分配)と文化的正義論(承認)の収斂の可能性が示唆されていたが、フレイザーの当初の議論のように両者を切り離して論じることにも一定の理論的な強みがあるのではないかという指摘があり、五野井氏からは、ホネットのつつましい提案には、分配的正義と承認の政治だけではなく、トマス的な意味での交換的正義論にも通じる可能性が認められるのではないかという指摘がなされた。

三人の報告者が制限時間を守ったにも関わらず、司会の不手際のため、壇上での討論に想定外の時間を費やし、結果的にフロアの参加者の方々との討論のための時間を十分に確保することができなかった。フロアとの開かれた討論を重視するというセッションの趣旨からいえば、これは極めて遺憾なことであり、世話人・司会者として猛省する次第である。

その短い質疑応答の時間に、二人の会員から重要な質問とコメントを頂いたのでここに記しておきたい。まず横浜国立大学の有江大介会員からは、①上原報告で提示された「最小不幸国際社会」(この表現そのものは司会者が整理のために用いたものであるが)などの幾つかの議論は、ロールズが批判しているはずの功利主義の思想であるが、グローバル・ジャスティス論は功利主義に思想的に近いものと理解してよいかという質問と、②山下報告で(Samuel Fleischacker, A Short History of Distributive Justice, 2004 をもとに)整理された分配的正義の概念史には事実誤認があるのではないかというコメントを頂いた。また岡山大学の新村聡会員からは、①三人の報告者が分配的正義をどのようなものと捉えているのかが不明瞭であり、それぞれの定義を報告の冒頭で示すべきであったというコメントと、②現代日本における分配的正義をめぐる具体的な諸問題、たとえば必要原則と貢献原則の問題や、応益負担と応能負担の問題についての議論が皆無なのは残念であったというコメントを頂いた。時間的に応答は不可能であったが、今後の議論に繋げていきたい。

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どうだろうか、すこぶる面白いセッションであったことはうまく伝わっているだろうか。まとめを書きながら「このセッションが面白くなかったとかいう奴、爆発しろ」とかぶつぶつつぶやいてたんですが。

これ、報告者が報告を論文にしてたら、その書誌情報とか載せるべきだろうね。

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Sunday, November 15, 2009

ソシアル研@20091114

ソシアル研。前半は日本におけるソシアル。二重構造。〈払えるけど払わないひとびと〉の勢力をどう評価するか。地方にいるせいか、無定型なソシアルに希望を託すという発想に共感を持てるかといえば、正直ビミョーである。ホッファーでも読んでみるか。

後半。雇用はソシアルを支えうるのか(たぶんBIはポスト雇用ソシアルなんだろうからそっちに話が行かなかったのが残念)。物格と人格との悲しい弁証法。既に得ている財産や雇用をもとにした連帯の困難。既に得ているものにとらわれず〈未だ持たれざるもの〉に依拠した新しい連帯のかたちを探る必要?

懇親会。それでなくても話題の乏しい人間なのに、某さんの奥様と話す羽目に。実地調査をもとにメディアとかカルスタのことをなさっているとか。「最近テレビで稲増龍夫せんせいを見なくなったけれど……」とかピントの外れたことを口走ってしまう。専門家の観点から「サブカル談義はたんなる内輪話の空間を作るだけで、ソシアルな、つまり他者へと開かれたコミュニケーションには繋がらない」というようなお話も。だけどぼくの俗流ローティ系エスノセントリスト魂の声は「それでもわれわれは何らかの内輪話から始めるほかないのでは」と。

某さんとのコリーニ談義はもうちょっと続けるべきであったか。コリーニについて誰かとしゃべる機会なんてほとんどないだろうし。残念。「メディア」という苦手な言葉を耳にして稲増せんせいの顔しか頭に浮かばなかったことがそもそもの敗因であった。

誇り高き nerd というか geek としては「サブカル談義が理性の公共的使用を可能にしたというのが『公共性の構造転換』のいちばん面白いところではないのですか」とか言いたくなるですよ。

そういえば、一瞬だが、豪傑君に紳士君が意見するみたいな場面があった。ああ「三酔人だ」というのが表情に出てしまったらしく、紳士君 (某さん)に「odgさんはどっちなんですか」と問い詰められる(というほどのやりとりではなかったのだが)。いや、お二人の議論を「三酔人」と見てしまった時点でぼくとしては南海先生的立場をとらざるをえないですよ。(実をいえば、豪傑君の方がちょっとおいしいかなと思うことはありますが……。)

読まなきゃダメといわれたもの。牧原憲夫『客分と国民のあいだ』 http://bit.ly/1pJ6Hc

翌日。割とたくさん飲んだし、せっかくの日曜日なのに早起き。老人化しているんだろうか。よく泊まる宿の近くの食堂というか居酒屋で朝食。隣のテーブルでは不思議な感じの男女が朝から酒盛り。いつもいくコンビニが閉めていた。

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Friday, September 18, 2009

『社会思想史研究』33号(2009年)

届きました。版元もAMAZONもまだですが……。

特集は「福祉国家・社会国家の思想再訪」(五本の論文にコメントが四つ)で、非常に勉強になります(コメントは……なんというかコメンテイターの人柄がよく出ているように思います)。公募論文は四本で(カント、モリス、ハーバーマス、サンデル&テイラー)、なかでも高田宏史「価値多元論と世俗主義」は、サンデル&テイラーの世俗主義についての論文ですが、サンデルのエンハンスメント論(The Case against Perfection)――サンデルの重要な仕事だと思うのですが、日本語での紹介はあまりされていないような気が――についてのまとまった記述を含んでいるので、生命倫理なひとも読んでおいて損はないと思います。(ただ、英文タイトルは、"Two Cases for Value Pluralism: Sandel and Taylor on Secularism" とかの方がよかったんじゃないだろうかと。)

書評はなんと16本。政治思想関係でも、ポーコック『マキァヴェリアン・モーメント』、福岡安都子『国家・教会・自由』、宇野重規『トクヴィル』、田中拓道『貧困と共和国』、遠藤泰弘『オットー・フォン・ギールケの政治思想』、齋藤純一『政治と複数性』についての実に――いや、ほんとーに――読み応えのある書評が収録されています。あと「社会的なもの」関連だと、藤本建夫『ドイツ自由主義経済学の生誕』が書評でとりあげられている辺り、要チェックでしょう(副題は「レプケと第三の道」!)。なんだか、これ一冊でいまの流行(?)がわかる、って感じです。

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Sunday, September 13, 2009

ソシアル研@20090912

ソシアル研。あまりちゃんと準備できませんでしたが、New Liberalim 研究における Collini 1979 について報告を。三行でまとめると:

George Dangerfield: The Strange DEATH of Liberal England!
Peter Clarke, E. H. H Green and D. M Tanner: The Strange SURVIVAL of Liberal England?
Stefan Collini: The Strange DEATH of MORAL England!
DNBの「ホッブハウス」はフリーデンによるものですが、これが面白くて、要点は
  1. ホッブハウスは息子ともども「鉄男」だった。
  2. グレアム・ウォーラスによれば、ホッブハウスはものまねの天才で、よくひとを笑わせていた。
  3. ホッブハウスは非常に筆が速く、ホブスンによれば『マンチェスター・ガーディアン』時代、一年間に論説やら書評やら合計322本の記事を書いたことがある。(ホッブハウス研究というのは、一次史料とのたたかいになりそうですね……)
問題提起としては、ホッブハウスにおける「社会的なもの」の認識を支えていたのは、コリーニのいう「モラル・イングランド」特有の社会有機体説とか進化論とか観念論だったわけですが、それは何かを顕わにする一方で、確実に何かを隠蔽していたわけで、この「社会的なもの」認識における可視化と不可視化の問題をどう考えるかということと、あとは「モラル・イングランド」が死んじゃったら、そういう「社会的なもの」認識も説得力を失うんじゃないのかってことぐらいでしょうか。

前日無理をしたせいか、咳がひどく、お酒の回り方もいつもと違っていて、岡山行きの最終の新幹線に乗ったはずなのですが、気がつくと新大阪のホームに下車してぼーっとしておりました(自分の行動ながら説明がつきません)。というわけで帰れなくなったので、慌てて新大阪の某ホテルへ。なにやってんだろうか、俺。

約一週間ほど New Liberalism の勉強をしてましたが、本日からバーク研究をしばらくやります。バークメモリでフォームチェンジ!(←仮面ライダーWをみている)

という訳にはいかないのが現実で、まず机の近辺の本の山を崩して、また別の山を作らないと……。

段ボール箱にしまっていた本を入れたら本棚が一杯に……とお悩みの方がおられるようですが、もう一度段ボール箱に戻せば本棚は空きますよ。問題はその段ボール箱をどうするかですが……。

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Thursday, September 10, 2009

Collini 1979 on Hobhouse

某研究会に備えて、Collini, Liberalism and Sociology, 1979 をがりがりと読む。

研究史的にいうと、Peter Clarke, Lancashire and the New Liberalism, 1971 以降、自由放任主義と社会主義のどっちでもない、福祉国家とか社会政策と親和的なニュー・リベラリズムの可能性を、その昔、自由党ががんばっていた時代にもう一度探ってみようという研究――中心となるのが二人の「ホッブ」(ホッブハウスとホブソン)――が70年代にたくさん出たらしく(代表的なものとしてはフリーデンの一連のニューリベラリズム研究)、そういう動向を受けてリベラリズムと社会学の交錯をホッブハウスに探るというのが、このコリーニの本。

しかし、エピローグ(副題は「道徳的なイングランドの奇妙な死」)で、第一次大戦でホッブハウスがぐだぐだになるところとか、結末の部分を読むと、どうやらコリーニは、ホッブハウスのニュー・リベラリズムに現代的な可能性を探るのは無理っぽいということを言いたい模様。コリーニの英語は難しいのだけど、訳を試みると最後のところはこんな感じ。

しかしながら、第一次大戦後の世界を眺めつつ、ホッブハウスは、依然として、たとえば女性の地位の向上、労働者階級のための福祉、植民地の人々の解放などの中に進歩の兆候を見いだした。これらのことは、進歩がまだ完全に停止してはいないことを示していたのである。もしも最悪の事態が起こり――ホッブハウスの目にはいつもそう見えていたのだが――「われわれの文明的な秩序」が「内部からの暴力によって解体した」としても、西洋の文明は「精神の発展が進む方向を確定するのに十分な」思想の遺産を残すに違いないとホッブハウスは確信していた。だからこそ、彼は再び次のように結論づけることができたのである。
現在の文明のありようにわれわれがどのような希望と恐怖を抱こうとも、この逆境についての検証を踏まえつつ、私は次のような結論にたどり着いた。すなわち、人間の進歩が理性的に自らを導き成熟へと向かうという捉え方を、その歩みが全く新しい性格を帯びようというときにも保持し続けることは、正しいことなのだ、と。
こうした思想は1927年において既に古びていたし、それから50年がたったいまとなっては、ほとんど滑稽ですらある。ホッブハウスがなしとげた他の思想的成果も、いまとなってはこれと似たり寄ったりである(原文は Nor have Hobhouse's other intellectual achievements worn much better. となってるんですが、これでええんでしょうか?>識者)。しかし、現在、彼の作品は社会思想や政治思想の歴史に関心のある人びとの関心を大いに引きつけているし、この時期のブリテンのこうした理論の、いかにもな「弱さ」を同時代のリベラルな政治理論の「個人主義」的側面や社会学の「実証主義」的側面のせいだと説明することは流行にすらなっている。リベラリズムと社会学という二つの活動には、ホッブハウス以外の人びとからも、数多くの貢献がなされたといえよう。しかし、全般的にみて、この両方に決定的な貢献をもたらしたのは、やはりホッブハウスであった。また、確かに、この二つの言葉の様々な意味のいずれかにおいては、ホッブハウスの政治理論には個人主義の要素があったし、ホッブハウスの社会学には実証主義の要素があったといえよう。しかし、いまや確認しておくべきは、この二つの言葉は、ホッブハウスの作品の中心的な理論的方向性を特徴づけるには、あまりに不適切なものであったということである。特に、この二つの言葉では、道徳的な集団主義と観念論的な目的論というホッブハウスの思想の核心――私はそれを示そうと試みてきた――を捉えることができないのである。しかしながら、もう一つ、確認しておかなければならないのは、私に、ホッブハウスに再び高い評価を与えようとか、彼の方法への回帰を提唱するという意図は全くないということである。それどころか、むしろ私の目的は、彼の思想が、もはやわれわれにとってはどうでもよくなった一連の前提の中に埋め込まれており、もはやわれわれにとってはどうでもよくなった問題群に向けられたものであったということを強調することにあった。とりわけ、彼の理論は、当時において特別な重要性を持っていた道徳的な態度と、相互に支え合っていたのである。こうしたことを踏まえると、この時期のブリテンの社会思想や政治思想についての通説のうち、少なくともホッブハウスの作品についての従来の解釈に――暗示的にであれ明示的にであれ――依拠しているものについては、再検討を行う必要があるのではないだろうか。また、リベラリズムと社会学の関係についての現代的な問題関心にとって有益な示唆を求めるのであれば、どこか別のところに目を向けた方がいいのではないだろうか。(原文は Taken together, these considerations suggest the need to reassess the established accounts of social and political thought in Britain during this period, at least insofar as the depend, inplicitly or explicitly, upon the prevailing interpretation of Hobhouse's work. They also suggest that we would do better to look elsewhere for illumination on our present concerns about the relationship between Liberalism and sociology. なんですが……。コリーニの英文は難しいなあ。)
ひらたくいえば、ホッブハウスが真剣に受けとめていた観念論的な共同体論とか社会進化論的な歴史観って、正直、現代人にはキツいんで、リベラリズムとか社会学に未来を託すのであれば、ホッブハウスだけはやめといた方がええんとちゃますか、ということかと思うのですが。

ホッブハウスに現代的な可能性を探ろうという人たちは、こういう読み方にどう反応するのだろうか。てゆーか、エピローグまでコリーニの英語につきあわされたとすれば、「おまえ、いくらなんでもそれはないだろ」というリアクションがあってもいいような……。

あと、「社会的なもの」は「道徳的な何か」がないと続かないってことか?(道徳的な観念論に依拠してるからだめなんだという見解もあれば、依拠しているからすばらしいんだという見解もあるんでしょうが……。)

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Friday, August 14, 2009

ソシアル研@20090808_0809

羊たちの沈黙……ではありませんでした。

7月末〆切の翻訳最終稿は提出したものの、7月中旬〆切の某書評(大物)に気を取られながら(というか、まだできてないのですが……)、8月第一週までは試験監督、某会議、そして何といってもオープン・キャンパス。しかし、オープン・キャンパスについては、司会の情報委員長、学部長、教務委員長、アルバイト学生の指導教員は相変わらず大変なものの、それ以外の教員は比較的仕事が減っているというか、受付とか誘導とか業者への依頼とかは事務方が全部やってくれるので、約半日拘束されるだけ。某会議は……。この委員会、どっちへ向かうのだろう……。

その間に、7月末〆切の報告書。某学会の自由論題の件。三つの報告の様子(報告の概要と質疑応答の模様)を一頁にまとめなければならない。報告者の方々に事前にまとめていただいたものを切り貼りすればできるだろうと思っていたところ、まとめ方も文体も三人三様で、結局、こちらですべて書き起こす必要があると判断。当日の配布資料と関連資料(国学とペインとケンブリッジ・プラトン派に関するもの)を読み、当日の様子を想いだしながらなんとか書き上げ、三人の報告者に内容をチェックしてもらってから編集委員長の某せんせいにメールと郵送で送付。苦労した割りに中身はいまひとつ(掲載は『政治思想研究』次号)。

その傍らで、8月7日必着の某学会の報告要旨。報告者三名のシンポジウムのようなものなので、相互調整の必要ありと判断し、残りのお二人にメール。幸い、お二人がご専門(教育哲学、倫理学)に徹して下さるというので、こちらはいかにも政治理論な方向で……と考えるものの、しばらくデューイ研究から離れていたので、Alison Kadlec, Together Again: Dewey's Critical Pragmatism, 2007 (ルー大柴とパットナムを合わせたようなタイトル)とか Robert B. Talisse, A Pragmatist Philosophy of Democracy, 2007 を読む。とりあえず、シュクラーの総括(Judith N. Shklar, "Redeeming American Political Theory," APSR, 85.1, 1991 を踏まえて……という感じで報告要旨を書く。デモクラシーの過程的性格を強調することに伴う非決定性についてということと、デューイの見解と多元主義との相性の悪さについて、という感じか。苦労しながら何とか書き上げ事務局にメールで送信。

頭が落ち着かないうちに、初盆の準備。お寺の都合で法事の日程が早くなり、帰阪して対応。某親族宅で生後四ヶ月のロシアンブルーと戯れる。猫もいいものですな。

帰宅後、某事務局に「すいません、この調子ではまだしばらく書評は書けません」というお詫びのメールを出し、羊の会の報告原稿の準備。何を書いていいのか困っていたが、某さんと某さんの報告がメールで届いたので、それを読みながら自分の立ち位置を探る。まあ、政治理論・政治思想史の観点から「社会的なもの」認識の歩みについて一つの見通しを提示するしかないのですね。(というわけで、合宿初日は欠席させていただきました。すんません。)なんとか日曜の早朝に書き上げ(いつも原稿が仕上がるのは報告当日)、大雨の岡山を出発。

二日目はUさんの「境界線」の話からの予定でしたが、いろいろ変更があったらしく、Iさんの「ネオリベラリズムと社会的な国家」から。事前にペーパーを読んできたことを前提に、二つの「生-権力」の形式としての19世紀的な「旧自由主義」とオルドー学派の「ネオリベラリズム」を対比しつつ、しばしば口にされる「ネオリベか社会民主主義か」という対立軸がオルドー学派の「社会市場主義」から一歩も外に出ていないことを指摘した上で、そうした(オルドー学派によって既に論じつくされたといってよい)「新自由主義の言語の循環」から脱却する可能性を新たな「経済的統制」や「連帯」(この視点はオルドー学派には見られなかった)に見出すことは可能かという問題提起を(あくまでもぼくの理解した範囲ででの要約ですが……)。

難しいなあと思ったのは、果たして正統性問題以外の、有効性とか合理性の問題を、たとえば政治理論研究は扱えるのかどうかということでしょうか。福祉国家や経済政策のありようについて政治理論が論じれるのは、それがどのような正統性を持ちうるのかという問題とか、それが政治的意味空間における「強制のない、自由な意思決定」の障害になるかどうかといった正統性とか公共性問題のみで、それが果たしてうまくいくかどうか――つまり、経済体制として合理的で、有効な経済政策を実施しうるのかどうか等々――については、結局のところ、経済学や社会政策学の方々にお任せするしかないような気が。

しかし、厄介なのは「社会的なもの」についての考察は、正統性問題だけでなく、つねに何らかのかたちで合理性や有効性の問題に踏み込まなくてはならないということでしょうか。つまり、「社会的なもの」の発生を踏まえるならば、政治理論研究は「生政治」の領域に不可避にコミットせざるをえないというか。

約三時間の議論の後、昼食の休憩をとって午後の部の報告を担当。「社会的なもの」認識の歩みについて、内田義彦の『社会認識の歩み』と比較しつつ(なんやそら)。

内田の『社会認識の歩み』は、社会科学的認識が、社会の一構成員としての責任感というか、自らが政治社会の集合的意思決定にコミットしているという自覚をもたらすという話。それに対し、ウォリンが『政治とヴィジョン』で述べているところによれば、「社会的なもの」の認識は、政治的意思決定が、それに先立つ「社会体系」によって根本的に規定されているという認識、すなわち、政治的意思決定にコミットすることがほとんど何の意味も持たないという無力感――「なんとかしてくれ、偉い人」的な――をもたらす。このように政治の外部に圧倒的な影響力を持つ「社会体系」の存在を認めるのが「社会的なもの」の思想だとすれば、この思想を最も明快に定式化したのは、驚くなかれ、ジョン・ロックだとウォリンは述べている(いわば「社会的な」契約の理論とは、「作為」ではなく「自然」の論理であった!)。そして、このように政治の外部に規範的な「社会体系」の存在を認め、その圧倒的な影響力を強調する思惟様式は、ヴィクトリア期に「社会有機体説」として発展する。実際、スペンサーの社会有機体説は、彼の極端なリバタリアニズムの思想的根拠であった。……というふうにヴィクトリア期に至るまでの「社会的なもの」認識史をざっとサーヴェイし、それが代議制デモクラシーにどのような課題を突きつけたか、ミル父子の代表制論を比較しつつ整理。結論としては、「社会的なもの」認識は、代議制デモクラシーに、「社会的」問題への応答とシティズンシップの再編という新たな課題を突きつけることになったというようなお話。

ぼくが参加した二日目の議論も相当テンションが高かったのですが、初日から参加した方々はこれが二日間、研究会だけでも十数時間続いたわけで、なんとも大変な研究合宿ですた。世話人に該当するUさんとIさんの仕切りはあったとはいえ、ほぼ同世代のメンバーばかりということもあり、ほとんど何の遠慮も要らなかったことが大きかったのではないかと。(あと、打ち上げに行く途上で、どこかで見覚えのある方をおみかけしたのですが、Sせんせいによると、どうやら竹○健太郎せんせいだった模様。面識は全くないのですが衝撃だった『サルまん2.0』最終回の続きを読んだような気分に。)

幸い配偶者の出張と重なったので、代休の月曜日は久しぶりに京都で休息。動き回る気力もないので、宿でマンガでも読むかとアバンティの書店へ行くと、『悩む力』の姜○中先生サイン会開催中……。なんとなく見物している配偶者をよそに、こちらは昨日の飲み会で話題になった青野春秋『俺はまだ本気出してないだけ』を三巻まで、島本和彦の回想録?『アオイホノオ』を二巻まで、あと読みたかった村上たかし『星守る犬』(amazon)を購入。ひまわりの群生する野原で朽ち果てた自動車の中に、死後一年の中年男性の遺体と、それに寄り添うように横たわる、死後三ヶ月の老犬の遺体。このロード・ムービー設定だけでご飯三杯はいけてしまうわけですが、後半の物語も読むと、どうやら描かれているのは、悲しい中年男の最期ではなく、かなり多くの中年男が自らも選びたいと夢見ているであろう理想的な末路のような気が。

帰宅後も疲れてぐったりしているわけですが、

採点(〆切:非常勤先17日、本務校20日)
某コメント(20日)
某文書(20日)
書評(月末)
報告用フルペーパー(月末)
論文(月末)

大丈夫なんだろうか……。

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Monday, July 20, 2009

ソシアル研@20090711

Sさんのご報告「大阪における借家人運動と〈社会的なもの〉の上昇」を聴きに同志社大今出川Cへ。暑いせいか、なんとなく「同志社大、今、出川C」と読点をうちたくなる。

逸見直造を中心に大阪における借家人運動の展開について。借家人運動の中で見出された、大阪の下層階級の、国家的なものへの包摂――財産あるいは雇用に基づくシティズンシップ――を拒絶する、ある種の過剰さの行方とは?

あと、付された年表(1896-1923)も非常に興味深く拝見。1920(大正9)年の正月に、大阪毎日、大阪朝日が社会連帯主義の記事を掲載したことなど。この時期には凡そ、吉野作造における「社会の発見」(1905→1920)が含まれている。久しぶりに本棚から取り出し、飯田泰三『批判精神の航跡』(amazon)所収の名論文「ナショナル・デモクラットと「社会の発見」」をぱらぱらし、吉野の偉さは「憲政の本義」論文ではなく、20年の「社会の発見」以降の作品に求められるべきだと確信。幾つかメモも残しておきたいが、いまはちょっとその余裕がない。

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Sunday, March 15, 2009

路上からの政治

昨日の宴席で話題になった五野井くんの「路上からの政治――「排除」と戦う芸術家たち」(岡山では、朝日新聞、2009年3月14日朝刊の「異見新言」)を一日遅れで読む。

感想。地方都市で暮らした経験しかないからかもしれないが、「路上」に「開かれた希望」があるという確信は、ぼくには持てない。

昔ちょっと論争になったのだけれど、ぼくは「あらわれの空間」というやつは、いろんなもので囲い込んで、必死の覚悟でいろんなものを排除しないと維持できないものだと考えている。路上が政治や芸術に満ちた「公共空間」となる可能性は否定しないけれど、それは「公共空間」に囲いが要らないということではないと思う。「言語と行為」の自由(≒理想的発話状態)は、一方で「知識ない奴は黙れ」とか「低学歴は黙れ」とか「誰かの紹介状がないなら出て行け」といった類の抑圧的なノイズ(その最たるものが自主規制だと思う)を排除しないと成り立たないし、他方で相互性を破壊するようなエゴも排除しなければならない。つまり、一方で殴り合いの制約となるノイズを排除しつつ、他方では殴り合いというノイズも排除しなければならない。公共圏であれ、親密圏であれ、路上であれ、「包摂と排除」の論理から自由な空間なんて存在しないのではないだろうか。

それと「みんな」という言葉は、具体的な認知という(必要な)手間を省くようでちょっと苦手だなあ、などと、新年度の某講義のどこかで観ようと予定している『クライマーズ・ハイ』(NHKドラマのDVDもよかったけど、やっぱり映画版DVDの方が迫力があっていいなーというのがあたくしの評価)の、映画版では省かれたエピソードのことなどを考えながら、「路上」的思考の難しさ――それは「路上」的思考が重要であるからこそ発生する――について小一時間。

ここで「みんなの問題」と呼ばれているものは、「社会的な」問題と同義なのだろうか?

メモ書き的になりまつが、「社会問題」の認知史というのは、ポリティカル・エコノミーの抽象性に対する違和感に端緒を持ちつつ(例:ポリティカル・エコノミー対モラル・エコノミーという図式)、それでもポリティカル・エコノミーと何らかの折り合いを付けていくプロセス(だから、通説に抗し、自然科学的なものとモラル的なものとの折り合いを探る営みとしてイギリス観念論を位置づけるという某書の見立ては傾聴に値するというか)なのであって、そうした反ポリティカル・エコノミーの具体的認知(要するに身をもって排除を体感すること)と、ポリティカル・エコノミーとの何らかの折り合い(にもかかわらず社会政策による包摂の可能性を探ること)とが「社会問題」認知史を構成しているとすれば、そこに「路上」の公共圏はどう関わってくるのだろうか。

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ソシアル研@20090314

約一週間の遠征(?)の最終日、王様のご報告を聴きに京都へ。Castel, Robert, Les métamorphoses de la question sociale: une chronique du salariat, Paris, Gallilard. について。

難しくって、話を追えたかすら怪しいのですが、全体としては〈社会問題≒雇用問題〉(への対応)の変容を、

キリスト教的〈後見支配〉の中世――「この世に用なき者ども」という処遇(≒ネガティヴな個人主義?)

〈契約〉の近代――リベラリズム(ポジティヴな個人主義?)

〈社会的地位〉の後期近代――ネガティヴな個人主義(→福祉国家的なものの不可避性)

というふうに辿って、ある意味で「新しい中世」が訪れつつあるというような話だというふうに理解したのですが、議論は現在のカステルの立ち位置に集中。カステルは、労働と雇用を社会編成の中心においているので、ベーシックインカム(勤労義務なし)よりはワークフェア(勤労義務あり)に近いラーンフェア(学習義務とか訓練義務?)の立場をとるというような理解でよかったのだろうか……。

一応、英訳もあるのでつね。勉強しまつ。

どうも話がかみ合わなかったのですが、そんなに難しいことをいっているわけではなくて、要するに、なぜ「社会的なもの」という問題設定が必要なのかということは、実は現代の「格差」とか「分断」を短期的に眺めるだけではよくわからないのであって(少なくともぼくは現代を眺める際の様々な問題設定の中で「社会的なもの」が突出して重要であるということはそれほど自明ではないと考えています)、最低でも過去200年ぐらいの「社会問題」認知史――「社会問題」「社会(科)学」「社会政策」形成史――を辿る必要があるのではないかというのがぼくの言いたかったことです。あと、「社会科学形成史」といわず「社会学形成史」といったのは、まあいろいろ意見はあるのでしょうが、「社会科学」という言葉に何というか歴史化を拒むような何かがあるような気がしたからでつ。

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