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Thursday, August 07, 2014

三品理絵『草叢の迷宮 泉鏡花の文様的想像力』(ナカニシヤ出版、2014)

妻の単著が刊行された。タイトルは『草叢の迷宮:泉鏡花の文様的想像力』。泉鏡花の小説『草迷宮』についての博士論文と関連する論文を集めて編まれた論文集である。以下は配偶者によるささやかな販促の試み。

この本に何が書いてあるか、ひとことでいえば、泉鏡花は国木田独歩のそれとは全く別の「武蔵野」をみていたということである。河井酔茗の言葉を借りるならば、独歩のそれは「雑木林の武蔵野」で、鏡花がみていたのは「草の武蔵野」。図式的にいってしまえば、前者が世界を脱魔術化し、自然をありのままにみる写実主義者の武蔵野。そして後者は、自然の中に「文様」を見出し、「文様」の中に自然を見出すような幻想的・非写実主義的な「文様的想像力」で捉えられた武蔵野。「草の武蔵野」の具体的なイメージは本書のカヴァーに用いられている『武蔵野図屏風』――草叢の中に巨大な鞠のような月がごろん( https://twitter.com/odg1967/status/488516480569315328/ )――を御覧あれ。

鏡花の『草迷宮』は、冒頭に「杜若咲く八ツ橋」と「月の武蔵野」という近世に好んで描かれた二つの意匠が出てくるのだけども、そこに着目し、近代の自然主義が忘却した近世絵画の文様的自然観を鏡花が『草迷宮』において文様的想像力として再生し、彼独自のマニエリスム――この概念を使っていいのかわからんが宮下規久朗先生が副査として関わった博論なのでまあたぶん問題ないんだと思う――を確立したというのが本書第一部の概要。第二部では更に能楽の話も。全体として、伝統的な意匠を受容したことが、結果的に鏡花の作品にモダニズム的な特徴をもたらしたという洞察が述べられているような印象(まちがってたらすまん)。

本書全体の概要は序論と終章を立ち読みすれば容易に掴めると思う。『草迷宮』の詳細な梗概から始まり、内在的な分析(第一章)、近世絵画の意匠という観点からの分析(第二章)、文化史的な背景の分析(第三章)という組み立ての第一部は、ひょっとすると『草迷宮』研究入門として読めるかもしれない。本書ができたプロセスを知ってる者としては、修士課程の院生のレポートだった第一章から、第二章のブレイクスルー(まあ近世絵画との連関の発見はそう呼んでいいんじゃないかと)を経て、第三章の大風呂敷に至る流れはいま読み返しても大変スリリング(「大丈夫か?」的な意味で)である。第二部、第三部も面白いのだけども、まあそれは読んでからのお楽しみということで。

読後、読者が『草迷宮』を読むたびに本書のカヴァーを――タイトルの「草」に付された麗しいアホ毛と共に――想起せざるを得なくなれば、本書のもくろみは成功したということになるんだろうと思う。本書を読むと『草迷宮』に対する理解は根本的に変わるだろうし、二度と元に戻ることはない…………んじゃないかと期待したい。

家族としては、コピーとかお夜食作りとかそういえばいろいろ手伝ったよなーと恩着せがましいことも想起するのだけども、本書の完成が遅れたのは、肝心な時期に妻をわたしの実家の案件につきあわせてしまったからなので、ひたすら申し訳なく思わざるをえない。いろいろすまんかった。だけどおかげでなんとかのりきれた。こちらこそありがとう。

とはいえ、ついにできた、本が出た。家族としてはとても嬉しい。ひとりでも多くのひとが読んでくれると幸いである。

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