Wednesday, July 08, 2009

Google Chrome OS

昨年末からこういう噂はあったのですが、ついに正式発表(「Google Chrome OS のご紹介」)。

この時期に発表ということは、要するに Vista どころか Windows 7 の導入についても、ちょっと保留しておいたほうがいいというか、もう一年ぐらい XP でしのぐことを本気で考えろということなんでしょうか。

| | Comments (0)

Wednesday, June 24, 2009

JB研@20090622

第一次大戦班にて「G・E・ムアとブルームズベリー・グループ」というお題で報告。強面の方々の前で90~120分で「自由に」といわれても……。歳のせいか、だんだんプレッシャーに弱くなってきたような気が。

某事典で「ブルームズベリー・グループ」を書いた際に、納得がいかなかったのは、「父親レズリーのヴィクトリア朝的な倫理観から解放された子供たちが、ケンブリッジ使徒会のメンバーと出会って……」的な説明をしてしまったことと、あとムア『倫理学原理』の処理。調べてみるとレズリーは「恥ずかしがりやだから勉強会に呼んでも発言してくれそうにない」(大意)という理由で入会を認められなかったものの、レズリーの兄のフィッツジェイムズも、その息子ケネスも使徒会のメンバーだったわけで、どうやらもうちょっと使徒会との関係をちゃんと整理しないとまずいのではないかと。使徒会の中にあった、ある一つの傾向――たぶんその核心にムア『倫理学原理』がある――が結実したのがブルームズべリー・グループで、しかもその傾向はほぼ全員が第一次大戦期に「良心的兵役拒否」を申請したということと結びついているのではないかというような方向性で議論を整理。

ブルームズベリー・グループがムア『倫理学原理』で結びついていたという見解を典型的に示しているのは有名なケインズの回想「若き日の信条」。それによればムア『倫理学原理』には、「宗教」を述べた第六章と、目的合理的な「道徳」を述べた第五章があるけれど、ブルームズベリーの若者は第五章を無視し、専ら第六章の「宗教」だけを受け容れた。ケインズいわく、

私がケンブリッジ大学に入学したのは1902年のミカエルマス学期〔10月1日~〕であり、この第一学年の終わりには、ムアの『倫理学原理』が出版されている。……われわれにとって、この書物の与えた影響と、出版の前後に行なわれた議論とは決定的に重要なものであった。……当時形成されたものの感じ方……こそ、われわれの大部分に影響し、このクラブ〔ブルームズベリー・グループ〕に集団性を与え、われわれを外部から隔絶させてきた当のものであった。……われわれがムアから手に入れたものは、彼がわれわれの前に差し出したものの全体ではなかった。彼は片足を新天地の敷居の上にのせてはいたが、もう一方の足はシジウィックやベンサム流の計算、すなわち正しい行動に関する一般法則のなかに突っ込んでいた。『倫理学原理』のなかには、われわれの関心をいささかも惹かない一章〔第五章〕があった。われわれは、いわば、ムアの宗教〔第六章の「内在的価値」論〕を受け容れたが、彼の道徳〔第五章の実践的道徳〕を捨てたのである。それどころか、実際われわれの意見では、彼の宗教の最大利点のひとつは、宗教が道徳を必要としないところにあった。……神はわれわれの閉鎖的な世界の内部に住んでいた。「善くあること」〔意識の状態〕と「善を行なうこと」〔実践倫理〕との間には、あまり密接な関係はなかった。われわれの感じでは、実際は後者が前者を妨害する危険すらあった。しかし、本来の宗教というものは、近代の「社会的奉仕」を唱える擬似宗教とは全く違い、つねに高潔なものであった。たぶん、われわれの宗教が全く反世俗的であって、富や権力、名声や成功のどのひとつに対しても関心を示さず、全く軽蔑していたということがそれを完全に示している。
使徒会の「新人類」(死語?)ケインズとリットン・ストレイチーがムア倫理学の、「引きこもり」系「宗教」の部分だけを受け容れていた件についてはラッセルも同様の回想を。
ケンブリッジにおいてケインズとリットン・ストレイチーは共に私の世代よりも約十歳下の世代に属しているが、この十年間に精神の風土は驚異的に変わった。われわれの世代が依然としてヴィクトリア朝の人間だったのに対し、彼らはエドワード朝の人間である。われわれの世代は、政治や自由な討論による秩序ある進歩を信じていた。自信があれば、大衆の指導者になることを望んだかもしれない。しかし、その中の誰ひとりとして、大衆から孤立することを望むものはいなかった。ケインズとリットンの世代はペリシテ人〔俗物〕との親密な関わりを少しも望んでいない。むしろ彼らは、心地よい日陰でくつろぎながら隠遁生活を送ることを望み、善(the good)とは徒党を組んだエリートがお互いを情熱的に誉めあうことだと考えていた。この教説を、彼らはまったく不当にもG・E・ムアが考え出したものだと考え、自分たちがムアの弟子であると公言した。ケインズは回想録「若き日の信条」で当時の彼らがムアを賛美していたことにふれ、さらには、ムアの理論の大部分を無視しがちであったとも述べている。ムアは道徳にしかるべき力点をおいていたし、有機的統一の理論を用いることで、善を社会から遊離した一連の情熱的な瞬間によって構成されると考える見方を退けていた。しかし、ムアの弟子を自称していた者たちは、彼の教えのこの側面を見落とし、彼の倫理学を、もったいぶった女学校の感傷主義に貶めてしまったのである。
現実の社会から乖離してしまうほどに、「善を行なうこと」(手段的価値)を軽視し、「善くあること」(内在的価値)を重んじる「ムアの宗教」に該当するムアの記述は以下の通り。
さて、この絶対的孤立化(absolute isolation)という方法を用いて、こうした誤りを回避するならば、解答すべき問題は、倫理学についての論争から予期されるよりも、はるかに容易であるように思われる。……われわれの知識と想像の及ぶかぎりにおいて、類なき最高の価値を持っているものは、ある意識の状態(certain states of consciousness)であり、大まかな言い方をすれば、それは人間的な交流の快楽と美しい対象の享受(the pleasures of human intercourse and the enjoyment of beautiful objects)にほかならない。この問いを自らに向けたことのあるひとならば、おそらくだれひとりとして、人格的な情(affection)と、芸術や自然における美しいものの鑑賞とが、それ自体で善いということに疑いを挟むことはないだろう。また、何が純粋にそれ自体のための価値を持つかということを厳密に考えた場合に、なにか別のものがこの二つに含まれるものと同等に偉大な価値を持つなどとということを考えるひとがいるとも思えない。……実際、この単純な真理は世界中で認められていると言ってよい。これまで認められてこなかったのは、それが道徳哲学の究極的かつ根本的な真理だということである。すなわち、公的あるいは私的な義務を行なうことが正しいとされるのは、専らそれがこれら二つのために――将来、できるだけ多くの人格的な情と美の享受が存在することを目的として――行なわれる場合にかぎられるということ。この二つこそが徳の存在理由であるということ。これら二つの複合体の、構成要素や特徴ではなく、まさに全体こそが、人間の行為の合理的な究極目標と、社会の進歩の唯一の規準を形成しているということ。これらの真理は、見過ごされがちであったように思われる。(Chapter 6, §113)
「人間的な交流の快と美しい対象の享受」のみを最高の「内在的価値」を見なす美的な宗教から導き出される反戦平和の思想があるとすれば、真っ先に想起されるのは、使徒会とブルームズベリー・グループの両方に属していたE・M・フォースターの「私の信条」の有名な一節。
私は絶対的信条を信じない。……私は、「神よ、私は信じません――どうか許したまえ」をモットーとする。……それでも、私は「信条の時代」に生きないわけにはいかない。……私はその世界の中で自分の立場を守らなくてはならないのである。どこから考えることにしようか。まず最初は、個人的な人間関係である。……AがAでなくなり、BもBでなくなる可能性があっても、二人の人間の間には、依然として愛と誠実とがありうるのだ。生きていくためには、「人格」が確実なものであり実在するのだということにして、それに対する反証は一切無視しなければならないのである。……個人的人間関係は、今日では軽蔑されている。ブルジョワ的な贅沢であり、すでに過去になった幸福な時代の遺物だと見られて、そんなものは捨ててしまえ、それよりも何か政治的な運動とか主義に身を捧げろとせっつかれる。私は、この主義というのが嫌いで、国家を裏切るか友を裏切るかと迫られたときには、国家を裏切る勇気を持ちたいと思う。
というのが着手した段階での見立てで、この美的な宗教を掘り下げればブルームズベリーの反戦平和の思想についての議論は尽きるだろうと思ってたのですが、発表の直前に手にしたスキデルスキーの詳細なケインズ伝によれば、ムアの影響を専ら「人格的なもの」と解しているレヴィとかの研究は嘘っぱちで、ケインズはちゃんとムアの「道徳」の部分(第五章)も丁寧に読み、ちゃんと理解していて、それが『確率論』を経て『講和の経済的帰結』の平和論に繋がっているのだとか。しかも、あてにしていたクライヴ・ベルまでが「あたしがパンフレット『いますぐ講和を』で述べていたことは、大筋、ケインズがいってることと相通じている」とかテキトーなことを言っていることも発覚。いいのかクライヴ。

というわけで、結局、大筋としては、第一次大戦について、使徒会は賛否両論だったけれど、ブルームズベリー・グループはほぼ全員が反対(良心的兵役拒否)で、その際の思想的根拠となったのは、使い方に違いはあったけれど、やっぱりムア『倫理学原理』だった、というようなまとめに。ただ、ムアの宗教(第六章)を中心に展開しようと考えていたのに、スキデルスキーに圧倒されて道徳(第五章)からケインズ確率論へという、あまり得意でない話を中心にせざるをえなくなったことは不本意でした。第六章でいくには、やはりロジャー・フライとかヴァージニア・ウルフ読まないとダメなんでしょうか。

質疑応答では、いつも(?)と違って歴史系のひとばかりで、議論の方向性が微妙に違ってて苦労しましたが、戦争賛美に向かいがちなモダニストの中で、例外的にブルームズベリーの連中が反戦平和の立場をとれたのはなぜだろうというこちらの問題意識は理解していただけた模様。ただ、細かい事実よりも、何か特定のテキストの解釈に議論を集中するという、いかにも思想史な報告スタイルは、この共同研究では必ずしも一般的ではないのかもしれません。しかし、ムア『倫理学原理』の解釈を軸にしないと、なんというか、話がまとまらんのですよ。

終了後、少人数で懇親会。久しぶりに年長者のお話を。どこも大変なのですね。

| | Comments (0)

Tuesday, June 16, 2009

堤林剣『コンスタンの思想世界――アンビヴァレンスのなかの自由・政治・完成可能性』

慶応大学の堤林剣さんから『コンスタンの思想世界――アンビヴァレンスのなかの自由・政治・完成可能性』(amazon)を頂いておりました。ありがとうございます。書店泣かせのタイトル(どの分野の棚に置いていいか分からない)ながら、本格派中の本格派というべき見事な政治思想史研究。某懇親会でうかがったお話によれば、この見事な簡潔さは相当量を削られた結果とのこと。もったいないお話です。部数も少ないというお話ですので、個々人レベルでの購入よりも、できるだけ多くの図書館への配架が望ましい作品ですね。

あとがきによれば、フォンタナとダンの指導下で、定評あるホームズとフォンタナのコンスタン研究に対する批判を念頭に置きつつ博士論文をお書きになったとのこと。よく潰されなかったなあといいますか、ほぼ同世代ながら、院生時代に身近に接した方々がことごとく留学(あるいは在外研究)で何らかのダメージを受けているのを見て育った者としては(途中で逃げ出して帰国したとか、留学先でいかにも「日本人だったら、このテーマぐらいしかでけへんやろ」的な指導を受けて人格から何から変わってしまったとか、そのまま音信普通になってしまった等々)いろいろ胸にこみ上げてくるものがあります。堤林さんの背中を見て育つ慶応の院生が妬ましくなりました。

管見の限りでは日本初の本格的なコンスタン研究書だと思うのですが、ミル研究者の魂もわしづかみにする内容で、特にコンスタンのペルフェクティビリテ論――ある種の卓越主義――が現代においてどのような有意性を持つのかについて書かれた「むすび――アンビヴァレンスの残響のなかで」は、「コンスタン」を「ミル」に、「ペルフェクティビリテ」を「カルティヴェイション」に置き換えると、多くのミル研究者がなんとなく考えていることを代弁しているように思います。

まだまだ道は遠いですが、ぼくも頑張らナイト。

| | Comments (0)

Saturday, June 13, 2009

貧乏性と貪欲さと

某所から小規模な仕事の依頼。ついつい快諾。しかし、受けてから、なんだか自分がそういう中途半端なところに位置づけられつつあるのだろうかという妙な気分にも。

某同僚に、そういう態度を「貧乏性」といわれた。確かにそうだ、貧乏性だ。

先日某氏とも少し話したように、どの分野の話かは特定しないけれど、閉鎖的な文化の業界だと思う。専任職の公募こそ増えては来たものの(一昔前は「公募」そのものがほとんど皆無だった)、執筆とか非常勤講師といった「お仕事」は、その大半がコネで決まっているのではないだろうか。その筋にコネがないと書かせてもらえない某商業誌、会員数の多さを考えた場合に明らかに不自然としか思えない「常連」執筆陣のいる某学会誌。学会の仕事から非常勤講師のポストまで、あまりにも一部のひとだけに集中しているように思う。そんな中、アウトサイダーがどういうルサンチマンを抱えているかということを、たぶんインサイダーの方々はほとんど知ることはないだろうと思う。そういうひとって、自分が「常連」であることがアウトサイダーの目から見てどんなに不自然にみえるのか気づくことはないだろうし。

論文集への誘いも非常勤講師の話もほぼ皆無の地方弱小大学院にいたせいか、学会には自分で紹介者を探してでも入って、自分から報告のエントリーをしなければ何もやらせてもらえないという妙な切迫感と、専門と何の関係もないものの翻訳とか事典の項目執筆といった小さな「お仕事」に対しても「わたしのような者で構わないのでしたら」と喰らいつく貪欲さがいつの間にか身についてしまった。喰らいついて失敗し、人間関係が壊れたこともあるし、そういう態度を「田舎者の厚かましさ」と謗られたこともある。なんとも面倒くさい話ではあるのだが。

しかし、自分の関心とは半ば無関係にやってくる「お仕事」にとびつく貧乏性と、多少人間関係を悪くしてでも自分の関心で何か面白いことをやろうとする貧乏性は、ちょっと違うような気もする。人間関係を好転させるのはたぶん前者なんだろうけど、大事にしたいのは後者。厚かましいとか態度がでかいといわれようとも、面白いことをやりたいというエゴだけは手放したくない。

某学会で研究奨励賞の設置を提案したのも、どういう論文が面白いか(逆に言えば、どういう論文が面白い論文と見なされないか)ということを年に一回ぐらいは幹事会で認定した方がいいのではないかと思ったからだ(そうすれば、たんなる無難な論文以上の、面白い論文を書こうというひとが増えるだろうし)。公募論文という制度は、「こういう論文だったら掲載してもかまわない」という選別のためだけでなく、「面白い論文というのは、こういう論文のことだ」という選別のためでもあってほしいと思う。

| | Comments (3)

Monday, May 25, 2009

政治思想学会@20090523_0524

上京した金曜日、進行中の某企画の打ち合わせ。迷惑かけてすんません、がんばりますという感じで宿に戻る。

初日。いろいろ悩んだ末に宿で書類書きを済ませ、午前のシンポは最後の辺りから参加。

昼。理事会。ぼくは理事ではなく、専ら監査とホームページ管理を業務とする「監事」です。おまちがえのないように。

なんだか、一応、理事会レベルでは途中の段階のものを何度もチェックしてもらったはずなのですが、いまごろになってデザインとかの面で苦情が出ているとかいう噂を耳にしています(どこで、どなたが、ということについてはとりあえず特定しません)。何度もご意見は求めたはずですし、ご指示があれば対応させて頂きますので、ぼくの知らないところでごちゃごちゃいうのはやめて頂きたいものです。お仕事を通じて尊敬している方々について、こういうことがきっかけで失望せざるをえなくなるなどということが万が一あるとすれば、それはとても悲しいことです。

敢えてデザインについてぼくのこだわりを反映させて頂いた点をひとつ挙げておくと、某所でのご指摘がもっともだと思ってましたので、今回、日本語版と英語版のページへのリンクに国旗のアイコンを使うのをやめました(旧版も見れるようになってますので比較して頂いて結構です。なお、旧版を残しているのは、苦情が出た場合にすべてもとに戻すためです)。

午後、幾つか企画の打ち合わせがあったのと、いろいろげんなりすることがあったので、迂闊にも聴こうと思ってたシンポをほとんどききのがしてしまいました。

総会後に某企画打ち合わせ。某くんの某書について、ローティはともかく、どうしてバーンステインに言及してないのだとかきこうと思ってましたが、こういう半端なタイミングでは無理。さて、某企画、本番はどうなることやら。

懇親会。何にもたべれなかったので、ひたすら飲んでおりました。ふだん話す機会のない方々と話せたのが収穫です。無事に帰りましたし、どうやらちゃんと飲み代も払っていたようですが、二次会の途中から記憶がありません。人間関係に疲れると大阪弁が出るのですが、大阪弁全開だったということなので、自分的にはきっとなにかあったのでしょう。二次会の店を出るときに『はじデモ』のひととお話しする機会を得たので、あなたはまだ小野伸二に希望を託しているのですかという失礼な問いかけをしたようなしなかったような。いや、近年の熟議ブームについてご意見を伺いたかったのですが、あたくしの方がもうべろんべろんになってたので到底無理。

宿でぶったおれるように眠り、早朝4時ぐらいに覚醒。アルコールは残っておらず、分解能力だけはまだ大丈夫だと安心(?)。司会があたっている午前のセッションのペーパーを読み、報告者の紹介文をつくる。ええと、Readに登録しておいて頂けると、こういう場合非常にありがたいです。

二日目。雨の中会場へ。自由論題分科会B。三時間で三つの報告をまとめてやっていた方式を改め、今年度は一時間ずつ区切って、休憩と移動の時間を入れる方式に。しかし、ということは……一時間の自由論題を三つ連続で司会するということになるわけですかそうですか。

第一報告は国学。「柳田」「折口」は濁らずに「やなぎた」「おりくち」なのですね。あと保田。共通点は、ある種の古代論としての国学の復権。本来の姿の国学には、「弱さ」への視点があって、しかもコミュニタリアンに通じるところがあるという結論(だったと思う)。久しく「取り扱い注意」だった古代論の再生という点では、日本版の「共和主義ルネサンス」ということになるのでしょうか。とはいえ、たとえば古代の知恵としての共和主義は、いまだに「取り扱い注意」であるし、それをコミュニタリアンと近づけて捉えることには諸々の危うさが伴うとぼくは思いました。国学ルネサンスはどうなんでしょうか。復権した方がいいんだろうか、国学。

第二報告はペイン。憲法学になんとなく似た感じの概念のさばき方。ペインは無神論者のアジテーターであったという見方が示され、ちょっと会場が盛り上がる。制限時間を過ぎた辺りから大御所が次々とクリティカルな質問を連発。仕方がなく、司会者権限でやや唐突な「宙づり」に。

第三報告はケンブリッジ・プラトニスト。その影響が語られる割には、実物の中身が見えにくい17世紀イングランドのカルテジアンたち。敢えてその内実を示そうという努力は評価されるべきだと思う。しかし、政治思想史ということでいうならば、やはりホッブズ主義との線引きとか、後代への影響という(やや外在的な)観点から迫らないと難しいのではないかと思う。あと、一人か二人に絞らないと整理しきれないのではないかと。というのも、一人ひとりがそれなりに大物の思想家だと思うので。

だいたいこの三つで一日分の気力を使い果たしました。

理事会。お弁当はサンドイッチ。さすが青山。いろいろ要望を出しましたがダメでした。この業界でもたぶん十年以内に論文の引用回数が評価の対象になるだろうし、それを考えると論文を早くから電子化して広く流通させることが必要だとぼくは思っているのですが……。パスワードが外部にもれたらどうするんだとかいうご心配をなさる方もおられるようですが、手間をかけてパスワードを盗んでまで論文を読みたいひとがいるのであれば、それはむしろ歓迎すべき事態ではないのかという気が正直しております。誰かに読まれてしまう心配よりも、誰にも読まれない心配の方がぼくは大きいのですが、どんなもんなんでしょうか。

午後のシンポはフェミニズム。ペーパーをもらってざっとみて、ドラゴンの報告だけ拝聴。原稿の組み立て方、読み方、時間の使い方において非常に見事なご報告だったと思います。第三報告の後藤浩子さんは非常に手堅いアイルランド思想史の研究者だと思っていたのですが、フェミニズムについて論じ始めると、正直なところ、ぼくはついていけなくなります(ご本も読ませて頂きましたが、正直、かなりしんどい本だと思います)。

途中で抜け、某所でかなり本格的な打ち合わせ。「うーんとね、えーと、何か足りないんですよ、もっと何かが欲しいんです」というあまりにざっくりした指示を次々に出すひどい編者。自由の「概念/構想」、平等と「正義」、シティズンシップの「シティズン」(市民)、グローバル・デモクラシーと「デモクラシーの輸出」。しかし、贅沢は言えるうちにできるだけ言っておかないと。あと、少々の無理はきいてくれそうなひとたちなので、要望だけはたくさん出させて頂きます。教員としての経験があるというのも非常にありがたいです。

終了後、なんとなく中途半端な交流会に。専らテクストの解読をもとに組み立てられた議論が何らかの(たとえばアカデミック?な)力を持つのはどういう場合か、というような話を(なぜか)イベリコ豚屋で。(逆にいえば、力を持たない場合、というか、そうやって半ば脳内で構成された議論が「ヒョーロン」として一蹴されてしまうのはどういう場合か、というような話にも。)

この厄介な問題について、odgさんはかなり頑固な原理主義的立場をとっているのではないかというようなことを言われたので、なんというか、必死に弁解(弁明?)。

まず、テクストに対する敬意がない、というか、テクストの内的/外的な整合性を明らかに踏み外した解読にもとづいていることが判明している議論については、少なくともぼくは「それはないだろう」という非常に強い違和感を禁じ得ないです。

例をあげるとすれば『自己内対話』についてのある一定の方向性を持った――したがって内部的には整合的だと思いますが……――解読に基づいて展開されている間宮せんせいの丸山眞男論。ぼくがいつも「そういう読み方はいくらなんでも無理ではないですか」的に言及している件については、都築勉「丸山真男論の現在」(『政治思想研究』創刊号、2000)の註9(32-33頁)に言及がありまつ。都築勉せんせいの御本も、丸山の『自己内対話』も、間宮せんせいの丸山論も、刊行されてすぐに読んでいた一人として、確か朝日新聞の文化欄で都築せんせいが書いていた間宮せんせい批判(「丸山はアーレントではないだろ」――大意)には大いに禿同でした(そもそも『自己内対話』というのは、とっても面白い遺稿ではあるのですが、丸山眞男の思想を論じる際の資料としては、取り扱い注意の代物だよねーというようなことを、確かほぼ同時期に進行していた新版の漱石全集の編集方針――あれはたぶん失敗扱い……ですよね?――とかも眺めながら考えていたようにおぼえています)。

つぎに、ぼく的にしんどいのは、思想家本人の書いたものの「力」のようなもの――なんとも意味不明な書き方で恐縮ではあるのですが……――を損なってしまうぐらい強烈な図式にすべてをのみこんでしまうような――整合性を最優先するような――読み方でしょうか。思想家の書いたテクストとテクストの間の、諸々の隙間というか、場合によっては不整合を、コンテクストや諸々の内的連関のようなものに目を配りながら何とか理解しようという苦労――たとえばそこに思想家自身の「思想形成」とか「揺らぎ」を有意なかたちで読み込む等々――を吹き飛ばすような、大胆で無限包摂的な図式を用いている議論には、やっぱりついていけないという違和感があります。

これも例を挙げろということであれば、笹倉せんせいの「緊張」本でしょうか。丸山のテクストの中にある諸々の不整合とか隙間を粘り強く読み解いていく中で現れてくるのは本当に「緊張」という語で語られるべき代物なんだろうかというのがぼくの疑問です。

間宮せんせいの丸山本と同じく、ぼくの周りにいる、ぼくよりも遙かに優秀な読みの力を持っている方々の何人かが笹倉せんせいの『ノート』を絶賛しているので、正直、不安を覚えることもなくはないのですが、この二冊に対する違和感は、ぼくが勉強してきたことの根幹のひとつであるような気がしております。胸に手を当てて考えるに、「このテクストはこう読まなければならない」という正解原則は持ってないつもりですが、「こういう読み方はないだろ」という誤解排除原則は幾つか持っているようです。

ぼくがテクストをどんなふうに読み、さばき、議論を組み立てているかについては…………実はほとんどだれも知らないのではないかという不安もあります。それについては、大昔の仕事ですが、ぼくが書いた思想史の論文で、アーノルドのテクスト(ノートブック、初期の詩、詩劇『エトナ山のエンペドクレス』、批評論集、『教養と無秩序』等々)やミルのテクスト(『自伝』、『論理学体系』、『自由論』、『代議制統治論』等々)の中の諸々の不整合や隙間とぼくがどうつきあってきたか(幸い、この二人についての研究史には、鋭い読みとひどい読みの実例が山ほどありました)ということを確認して頂くしかないのですよね。まあ、比較的うまくいった方かなと思えるのはこれでしょうか。ぼくが研究者としてどんな奴か確かめてやろうというひとは、とりあえずこれを読んで下さい。いまのところ、フルスイングといえる仕事は、たぶんこれぐらいしかないのです。

以上、短期間に多量の情報に触れたせいか、混乱もあるのですが、とりあえず忘れないうちにメモ。

あ、某くんに「あそこで山本七平はないだろう」という突っ込みをいれましたが、これについては詳論が必要。

なんだか所属先がどこかとか、単著があるかないかとか、博士の学位を持ってるかどうかとか、職位とか、学会の役員をやっているかどうかとか、そういうつまらないことではなくて、お互いが考えたり書いたりしたことへの好奇心と敬意だけでつきあえる人間関係って、年齢と共に難しくなってくるのですね。感受性というのは少しずつ変わっていくものだし、昔のように共通の何かに一緒に心を動かすようなことができなくなってしまったのであれば、その結果、楽しい「談話」もできなくなるということなのかもしれませんが、なんだか寂しい話です。

| | Comments (2)

Monday, May 18, 2009

『イギリス哲学研究』第32号(2009)

昨年度末に刊行され、その後郵送されてたのを見落としていたことに今頃気づく。

論文は、ロック(小城拓理)、スミス(矢島壮平)、ヘア(佐藤岳詩)、ロールズ(池田誠)、バーリン(森達也)。書評は『イングランド国教会』(山田園子)、『統治と功利』(井上彰)、『バークリ』(一ノ瀬正樹)、『ウィトゲンシュタインにおける言語・論理・世界』(米澤克夫)、『バーリンの自由論』(森達也)、『国家・教会・自由』(梅田百合香)、『海賊版の思想』(嘉陽英朗)、『王はいかに受け入れられたか』(岩井淳)、『マインドサイト』(冲永宜司)、『マキァヴェリアン・モーメント』(小林麻衣子)、『ロック政治論集』(三浦永光)、A Secular Age(辻康夫)、Adam Smith, Radical and Egalitarian(渡辺恵一)、Thought and Reality(中釜浩一)、The Riddle of Hume's Treatise(久米暁)、Made with Words(和田泰一)、Hobbes and Republican Liberty(犬塚元)、Thomas Ried's Theory of Perception(中才敏郎)。「学会展望」(というか、これ「研究動向」だと思うのですが……)はスコットランド啓蒙(篠原久)。

論文も力作ぞろいですが、この豪華な書評を読むためだけにでも買う価値ありです。ただ書店では売ってないので、事務局に直接問い合わせるしかないでしょうなあ。来年3月末の研究大会の会場に行けば受付で購入できるとは思いますが。図書館の所蔵状態もいまひとつだし。

目次情報は……というか、公式ウェブの更新って、どうなってるんでしょうか。最終更新が「2008年4月30日」となっていて、昨年度末の研究大会の情報も結局公開されずじまいだったし、理事会で問題になってないはずがないんですがなにかあったんでしょうか。

このまま出版社に委託せず、同人誌的な発行形態を維持するのであれば、せめて電子化して(以前、校正の際にPDFをメールでおくってもらったことがあるので、おそらく最終版のPDFファイルが作られているはず)ウェブ公開するとか考えないと、他の思想史系学会誌に比べて読まれる可能性が低くなってしまうと思うのですが。まあ、学会内で読む分にはちゃんと配布されているわけですから、これでいいんでしょうが、学会誌を多くのひとに読んでもらおうという熱意についていえば、正直なところ、かなり低いという印象があります。『イギリス哲学研究』と『イギリス哲学・思想事典』の全文を電子化してウェブ公開すれば、日本のイギリス思想史研究の底上げにつながると思うのですが(年報の書評のウェブ公開は本の売り上げにも貢献するでしょうし)、そういうのやった方がいいとかいう意見は出ないんでしょうか(まあ、昔やろうとしてストップをかけられた経験のある者がいうべきことではないのかもしれませんが……)。

| | Comments (0)

Sunday, May 10, 2009

あたまがいたい

週の半ばから妙な発熱と頭痛に悩まされる。まさか……と思って内科に行ったものかどうか悩んでいる間に熱は収まったので流感ではなかった模様。しかし、頭痛がひどいのと悪寒がするので(寒い……ですよね?)飲み残していた頭痛薬を飲む。一年前に処方されたものの残り物ですが、ちゃんと効きました。頭痛薬ってどのぐらいもつのでしょうか。八角だけでなく石油からも作れる(けど、それではお金にならないから関係者がなかなか動こうとしない――というようなことはもっと報道すべきだと思うのですが……)というタミフルは七年ぐらい備蓄ができるそうですが……。

風邪的なものでないとすれば、考えられるのは神経痛か眼精疲労。後者だとすれば、いろいろ怖い経験もしたので土曜日でもやっている眼科を探し、診てもらうことに(岡山市に住んでいる最大のメリットは病院の数の多さ。午後にも診察時間があり、土曜日もやっているところが結構あるし、どこも比較的すいている。受付から支払いまで一時間以内で済むことも多く、待ち時間だけで数時間なんてことを経験することがなくなった。大阪とか神戸では結構あったように思う)。幸い、眼圧は上がっておらず、ひと安心。担当医がひとりで機器を巧みに扱い、眼球の写真撮影。「この辺が白内障で、この辺が網膜変性」と即物的でわかりやすい説明。「変性部位」という言葉にひどく萌え、ついつい「変性部位は触診で特定してください、朝田先生!」とか口走ってしまいそうになる。変性については、とりあえず飛蚊症がひどくなったら再診の必要ありということ。白内障については、まだ年齢的に手術は避けたほうがいいとのこと。とても感じのいい、よい眼科でした。処方してもらった目薬もよく効いているみたいだし。難をいえば、待合の雑誌が女性向けのものばかりで、週刊文春がなかったことぐらいでしょうか。

早く終わったので、内科、皮膚科を巡回。

というわけで、研究会にも行かないで、頭痛薬のんで寝てました。対応しなければならない事務的なことも幾つかありましたが、まだ半分ぐらい。月末の学会@青学への流感の影響の件ですが、開催校の方針が修正されたので、あとはまあこういう対応でいいのではないかと思いますがどうでしょうかと一応メールで報告。週末ということで「これでいいと思います」という返事は皆無なのですが、クレームも皆無なので、たぶんこれで十分なのでしょう。しかしまだ様式C-19という大物に手をつけてないわけで。いや、たいした書類ではないんですが、専門を異にする大部隊での共同研究だったので、たぶん苦労するだろうなと思いながら手をつけてこなかったものなので、気が重いというかなんというか。

夕方、GWの移動中に観た蜷川版『コリオレイナス』(DVDを移動中に観た)について相方と電話でしゃべる。武将コリオレイナスの栄光と挫折の物語。問題となるのは、コリオレイナスと民衆の関係と、コリオレイナスと母親の関係をどう描くか。ブルーム的にはコリオレイナスと民衆の関係がこの話の核心で、それはいわば『ジュリアス・シーザー』的問題だということになるわけですが、蜷川版のポイントは母親で、白石加代子の怪演を観れば、この話がある種の子殺しの物語であることは明らかだというような話を。

そういえば、読みのプロセスで出くわす「ここがよくわからない」という箇所こそが、作品の核心に迫る最大の手がかりであるというトマス・クーンの教えは、頂いていた山岡龍一『西洋政治理論の伝統』(amazon)でも強調されていたはずであった。この見事な通史(ほぼ同世代で、政治思想史の通史をひとりで書き上げたのは山岡さんがはじめてではないかと思う)についてもなかなかエントリを書けないでいる(まだちゃんと読めておらず、ぼくの中では「文章の端々に著者の博識と人柄が伺われる好著」的なコメントの段階です)。自分の研究どころか、頂いたものへのレスポンスもできてないというのはなんというか。

あたまがいたいと、考えることはろくでもないことばかり。

| | Comments (0)

Thursday, May 07, 2009

Yoichiro Murakamim and Thomas J. Schoenbaum eds., A Grand Design For Peace And Reconciliation

ICUの千葉眞せんせいから、Yoichiro Murakamim and Thomas J. Schoenbaum eds., A Grand Design For Peace And Reconciliationamazon)ほか、抜き刷りで、英語論文二点、日本語論文二点、その他五点を頂いておりました。ありがとうございます。

ただでさえご多忙にも関わらず、信じられない生産力に圧倒されております。ぼくなどはこの一ヶ月ほどは何件かの企画書と報告書の作文、今週は勤務先の全学パンフレットと学部パンフレットのとりまとめ(本日は朝から最後の追い込みで、先ほどようやく全てのファイルと仕様書をCDに焼いて事務に提出したところ)でいっぱいいっぱいで、頂いたもののタイトルを列挙する余裕すらありません(その中には齋藤先生の複数性本とか石川アダムズ本の書評もあれば、加藤周一の追悼文もあり、読まなければならないものばかりです)。

千葉せんせいにはいつも教わってばかりなのですが、どうすればこんなにたくさんお仕事ができるのか、今度ゆっくりきかせて頂きたいと思います。

この程度でめげてないでがんばれよ、俺。

| | Comments (0)

佐藤方宣編『ビジネス倫理の論じ方』

著者一同の皆さん(佐藤方宣さん、髙橋聡さん、原谷直樹さん、中山智香子さんとは面識がありませんが、中澤信彦くん、太子堂正称くん、板井広明くんとはずいぶん長いつきあいです)から、佐藤方宣編『ビジネス倫理の論じ方』(amazon)を頂いておりました。著者一同の皆さん、どうもありがとうございます。勉強させて頂きます。(そういえば版元には「叢書【倫理学のフロンティア】」の一冊として田中朋弘・柘植尚則編『ビジネス倫理学』(amazon)もありました。合わせて読ませて頂きます。)

添え書きに「経済思想(史)研究の「リハビリテーション」のための小さな一歩」という言葉がありました。こうしたかたちで「ビジネス」と「倫理」を問い直す作業を、たんなる経営学や応用倫理学へのすり寄りとしてではなく、「経済思想(史)研究の「リハビリテーション」」として実践していくことはとても難しいことではないかと個人的には思うのですが、ひょっとするとそこには「経済」の思想ということの難しさがあるのかもしれません。

どうすればいいんでしょうね、リハビリテーション。

追記 思想(史)研究の役割についてのぼくの考え方は、経済思想史研究の大家であった内田義彦が『作品としての社会科学』で述べたことから一歩も先には進んでいません。

なお、ぼくの内田理解についてはこのエントリこのエントリを参照して頂けるとありがたいです。

| | Comments (0)

施・黒宮編『ナショナリズムの政治学 規範理論への誘い』

慶応大学の松元雅和くんから『ナショナリズムの政治学 規範理論への誘い』(amazon)を頂いておりました。ありがとうございます。サブタイトルと担当編集者から察するにポスリベの続編という位置づけなのかもしれませんが、京大佐伯啓思せんせい系と慶応系で作ったナショナリズム本だということの方が重要なのかもしれません(なんのこっちゃ)。ポスリベの続編というよりも、シティズンシップ研究会編『シティズンシップの教育学』(amazon)の続編という感じもしなくはないです。

まだ読む余裕がないのでコメントは後ほどということになりますが、佐藤くんの共和主義論文のタイトルが非常に気になっています。ようやく普及しつつある「時間の政治学」ですが、この概念、ポーコックが共和主義思想の中のある動向についての一般的な呼称として用いたにすぎないもので、まとまったかたちで「時間の政治学」を展開した思想家はほとんどいないし、詳細に展開するにはかなり苦労するであろう代物です(厚見さんの『マキァヴェッリの拡大的共和国』で「時間の政治学」という言葉が用いられている章においてすら、その内実についての詳細な議論は回避されています――だから「時間の政治学」を現代的な観点から論じるには相当な覚悟が必要だということです)。敢えて有効な補助線を挙げるなら(というかぼくは結局いつもそっちへ逃げているわけですが)アーレントの『人間の条件』をうまく換骨奪胎するという手がなくもないのですが、うーんと、註をみたかぎりだと、アーレントは出てきてませんね。

なんとなくナショナリズムの概説書が(一時期のリベラリズムみたいに)流行りそうな感じです。書斎の窓で知りましたが、有斐閣から『ナショナリズム論・入門』(版元)が出るそうです。アルマですから、これは「ナショナリズム論」のような科目が開講され(て)るってことですよね。ぼくも特殊講義的な講義でやってみようかという気になりますが、リベラリズム論ならともかく、ナショナリズム論で十五回っていうのはなんだか抵抗感があります。

| | Comments (0)

«『岩波講座 哲学 10 社会/公共性の哲学』